米巨大IT「FAMGA」のAI戦略 買収で読み解く
米巨大テック企業「FAMGA」が2020年に買収したAIスタートアップは計13社だった。各社とも少なくとも1社は買収した。
FAMGAの優れた製品・サービスの多くはAI企業の買収から誕生している。アップルの顔認証システム「Face ID」や、グーグルによる傘下の英ディープマインドを通じた医療分野への貢献などが主な例だ。最近のAIスタートアップの買収は、巨大テックの成長戦略や製品に対するビジョンを示している。
例えば、アップルは音声アシスタント機能「Siri(シリ)」など既存の中核製品を改善するために、スタートアップを買収し続けている。一方、フェイスブックはAI買収をテコに、スマートグラス技術など初期段階のプロジェクトの基盤を築いているようだ。今回のリポートでは、FAMGA各社の最近の買収から巨大テックのAIの未来を読み解く。
1.フェイスブック、AIを活用してAR/VR向けの地図を作製
フェイスブックが20年に買収したAI企業3社のうちの2社は、機械学習と映像解析技術を活用して地図作製や位置特定の技術を開発している。
フェイスブックのAR/VR(仮想現実)部門「フェイスブック・リアリティー・ラブズ(FRL)」は19年9月、現実世界の3Dマップを構築するプロジェクト「LiveMaps(ライブマップス)」を発表した。FRLによると、これは「未来のAR体験を支える中核インフラになる」という。
フェイスブックは20年2月、英ロンドンに拠点を置くスタートアップ、スケープテクノロジーズ(Scape Technologies)を買収した。スケープテクノロジーズは映像解析ソフトウエアを使って画像データベースを解析し、カメラの画像から3Dマップを作製する。
さらに20年6月には、AIを活用して地図を作製するスウェーデンのマピラリー(Mapillary)も取得した。マピラリーは15億点近くに上る世界中の道路の画像を活用しているという。映像解析技術を使ってこれらの画像をまとめ、最新の地図やストリートビューを作製する。
リアルタイムの道路状況を示す地図の作製技術は多くの分野に影響を与えそうだ。例えば、スマートフォン用の地図アプリなどナビゲーションツールに活用できる。走行がよりスムーズで、周囲と交流できるロボットや自動運転車も可能になる。
だがフェイスブックの場合、地図作製企業2社の買収はAR/VR事業の要としての役割を担うことになりそうだ。
フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)は20年9月、21年にスマートグラスを発売する計画を明らかにした。初代版にはAR機能は搭載されないが、いずれ搭載されるだろう。
バーチャルマップをAR/VRの中核として使うことで、フェイスブックはデジタル広告看板を実用化し、観光や旅行を充実させ、視覚障害者の移動を支援するなどユニークな機能を提供できるようになる。
2.アップル、音声アシスタント「シリ」に注力
アップルは様々な業界のAIスタートアップを買収しているが、20年のAI買収の大半は音声アシスタント「シリ」の強化策として位置づけられている。
アップルは10年に米シリを2億5000万ドルで買収し、音声テクノロジーの分野にいち早く参入した。それ以降、この分野はアマゾンの「アレクサ」やグーグルの「グーグルアシスタント」などからの攻勢にさらされている。このため、アップルはシリの言語理解と精度を改善するためにスタートアップを買収し続けている。
米ループベンチャーズが19年に実施した研究によると、シリは基本的な指示への返答では好成績を収めたが、「ペーパータオルをもっと注文して」などEC(電子商取引)に関連した質問の実行精度では競合他社に劣っている。
アップルは20年4月、ネット通販でのシリの言語理解機能を改善するため、アイルランドの音声認識スタートアップ、ボイシス(Voysis)を買収した。
その1カ月後には、データセットのエラーを自動で識別・修正するAIプラットフォームを開発するカナダのインダクティブ(Inductiv)を買収した。インダクティブの技術者チームは手動でのデータクリーニング(データ修正)を減らしながらシリの言語理解の精度を改善するために、シリの会話や訓練データをAIを使って修正する技術の開発に取り組んでいるとされる。
アップルは20年1月、AI研究の非営利組織(NPO)「アレン人工知能研究所(AI2)」から分離独立した米エックスノア・ドット・エーアイ(Xnor.ai)を買収した。エックスノアはエッジで実行する機械学習モデルの開発を手掛けている。
3.マイクロソフト、サイバーAI製品を発売し、映像分析を改善
マイクロソフトは20年にAIスタートアップ2社を買収した。1社は全く新しい製品の開発、もう1社は既存製品の強化に貢献している。
マイクロソフトは20年6月、米マサチューセッツ州に拠点を置くサイバーセキュリティー企業、サイバーX(CyberX)の買収を発表した。このスタートアップは機械学習モデルを訓練し、IoT機器のマルウエア(悪意のあるプログラム)の活動を認識してデバイスの動作のリスクレベルを採点する。
マイクロソフトはサイバーXの機能を20年7~9月期に発売したオンプレミス(自社保有のコンピューター)、クラウド、ハイブリッド環境に対応したサイバーセキュリティー製品「Azure Defender for IoT」に搭載した。
一方、20年7月には米オライオンズ・システムズ(Orions Systems)を取得した。オライオンズは顧客の動画のタグ付けや管理を支援し、特注の映像解析システムを強化するのに役立った。
マイクロソフトはオライオンズ・システムズを「Dynamics 365 Connected Store(ダイナミクス365 コネクテッドストア)」に統合した。この製品はセンサーやカメラで収集した店内のデータをAIで分析し、小売りの業務を改善する。ダイナミクス365はオライオンズ・システムズの映像解析技術を活用し、店内での消費者の行動を分析し、店内のスペースの最適化を支援する。
4.グーグル、AI企業の買収は依然控えめ
グーグルは過去のAI戦略ではM&Aを柱としていたが、同社が20年に買収したAIスタートアップは米アップシート(AppSheet)1社だけだった。アップシートはアプリ内検索で使う自然言語処理(NLP)、データ抽出に活用する光学的文字読み取り機能(OCR)、機械学習を使ったデータ分析など、ノーコード(プログラムの知識不要)のアプリ開発サービスを提供する。
この買収はクラウドのアプリケーション開発をなるべく既存のシステムを改修せずに実施するというグーグルのビジョンの一環だ。
グーグルによるAIスタートアップ買収ペースの鈍化は、グーグル全体のM&Aの減少を反映している。
だからといって、グーグルはAIの取り組みを減速しているわけではない。傘下のAIに特化したファンド、グラディエント・ベンチャーズの20年の投資は過去最高に達した。
一方、グーグルと傘下の投資会社グーグル・ベンチャーズは20年に多くのAIスタートアップに出資した。音声AIを使ったメンタルヘルスケア用ロボットを手掛けるインドのワイサ(Wysa)や、がんの精密医療の米テンプス(Tempus)などが主な例だ。
5.アマゾン、自動運転技術に特化
アマゾンはこれまで、巨大テック5社の中でAIスタートアップの買収意欲が最も低かった。だが、最近の自動運転技術開発の米ズークス(Zoox)の買収は、アマゾンが自動運転車に力を入れつつあることを示している。
アマゾンは20年6月、ズークスを13億ドルで買収した。ズークスは車両とハードウエアの設計だけでなく、映像解析ソフトとシミュレーション訓練システムの開発も手掛ける。
グーグルから分離独立した米ウェイモやアップルの自動運転プロジェクトからの攻勢にもかかわらず、アマゾンは自動運転では巨大テックのライバルよりも大きなメリットを得られる。
例えば、アマゾンはラストワンマイルの配送、倉庫ロボット、その他の物流用の自動運転車から直接恩恵を受ける可能性がある。その他にも、自動運転技術を手掛けるユニコーン(企業価値が10億ドルを超える未上場企業)の米オーロラ・イノベーション(Aurora)への投資や、自動運転トラックの米エンバーク・トラックス(Embark Trucks)との提携により自動運転に力を入れる姿勢を明確にしている。
ズークスは主にロボタクシーの開発に力を入れているが、アマゾンはズークスの映像解析システムをアマゾンの車両やロボットインフラに搭載するだろう。同様に、ズークスのシミュレーション運転技術を活用し、自動運転車プロジェクトの拡張可能な訓練ソフトウエアを開発する可能性がある。
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