サッシャ・フリューホルツ氏は防音用のパッドが貼られた小さな部屋で深呼吸し、耳をつんざくような叫び声を上げた。フリューホルツ氏がそこにいた理由には、ビートルズが関係している。
ノルウェー、オスロ大学の認知神経科学者であるフリューホルツ氏は、1960年代のビートルズのコンサートを収録したビデオが頭から離れなかった。音楽が激しくなると、観客は本能的に喜びの反応を示し、金切り声や叫び声を上げる。「これらの人々にとっては、この圧倒的な高揚感を表現する方法がほかにないのです」
いかにももっともな観察だが、これまで人の叫び声に関する科学研究はほぼ例外なく苦痛の表現に焦点を当てており、この点がフリューホルツ氏を悩ませていた。そこで、ネガティブなものからポジティブなものまで、根底にある感情の種類によって人の叫び声を識別できないかとフリューホルツ氏らは考えた。氏らの研究チームは痛み、怒り、恐怖、喜び、快楽、悲しみの感情に基づく叫び声を録音して音響的に分析。研究結果を4月13日付けで学術誌「PLOS Biology」に発表した。
予想外の発見もあった。叫び声を聞いた人の脳は、警告とは見なされない喜び、快楽、悲しみの叫び声を、痛み、怒り、恐怖の叫び声より容易に認識し、効率的に処理していたのだ。すべての動物にとって、叫び声は周囲に危険を素早く伝える重要な手段と考えられている。今回の研究で、なかでも喜びの叫び声が最も強い反応を誘発した理由は謎だ。
フランス、リヨン大学の音声研究者カタジナ・ピザンスキー氏によれば、人の非言語的な発声に関する研究は比較的新しいという。人に関する初期の研究のほとんどは、動物界ではほかに類を見ない発話や言語に焦点を当てていた。「それこそが人間らしさです」。なおピザンスキー氏は今回の研究に参加していない。
しかし最近では、叫び声、笑い声など、ほかの動物の発声に似た非言語的な声に着目した研究も増えている。人は驚くほど多様な音を表現しており、その音響的な多様さが人のコミュニケーションの進化を理解する鍵になるかもしれない。
「私たちがどう違うかを理解するには、私たちの共通点を調べる必要があります」とピザンスキー氏は話す。
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