楠木建 一橋大学教授「経営の王道がある。上場企業経営者にぜひ読んでもらいたい一冊だ」と絶賛、青井浩 丸井グループ社長「頁をめくりながらしきりと頷いたり、思わず膝を打ったりしました」と激賞。経営者界隈で今、にわかに話題になっているのが『経営者・従業員・株主がみなで豊かになる 三位一体の経営』だ。
著者はアンダーセン・コンサルタント(現アクセンチュア)やコーポレート・ディレクションなど約20年にわたって経営コンサルタントを務めたのち、投資業界に転身し「みさき投資」を創業した中神康議氏。経営にも携わる「働く株主®」だからこそ語れる独自の経営理論が満載だ。特別に本書の一部を公開する。

オムロンはなぜ、営業利益60億円の<br />車載部品事業を手放したのかPhoto: Adobe Stock

「思い入れのある事業を売るのは、断腸の思い」

 2019年10月31日をもって、オムロンが営んでいた車載部品事業が日本電産に譲渡されました。譲渡金額は約1000億円です。

 車載部品事業はオムロンを支える五つの事業の一つでした。約1300億円の売上で60億円を超える営業利益も出していました。ROICも10%を継続的に超える水準でしたから、超過利潤もきちんと出ていた事業です。

 車関連ビジネスは今後も成長が見込める分野とされ、数多くの会社が部品事業に参入している事業分野でもあります。拡大・成長を目指すことはあっても、売却の対象にする領域ではないはずです。

 私は発表の直後に、山田義仁CEOとやり取りをしました。「断腸の思いでしたが、社長にしかできないこととして決断しました」とおっしゃっていたことが印象的でした。山田CEOはなぜ断腸の思いをしてまで、事業を売却するという、大きなリスクを伴う決断をしたのでしょうか。以下は、私が独自に山田CEOに行ったインタビューの一部です。

 車載部品事業は、これまでも現在も、オムロンにとって重要なビジネスです。売上・利益は多少伸び悩んではいますが、利益率やROICもきちんとした数字を出しています。いまだけをとってみれば、決して悪いビジネスではないのです。


 でも、今後この事業領域はどうなるのでしょうか。ゲームのルールはどうなっていくのでしょうか。私はこの事業領域における最も大きな変革は、自動車部品のモジュール化がどんどん進むこと、具体的には、現在70個ある電子制御ユニットが三つのビークルコンピューターに集約され、その先にはハードとソフトの分離が行われることだと考えています。


 現在、オムロン得意の制御技術は、電子制御ユニットに内蔵されて価値を発揮していますが、オムロンを含むすべての電装部品メーカーは、生き残りをかけた変革の渦に巻きこまれ、誰もその渦から逃げられないはずなのです。


 そういった大きな変革が進む事業で勝ち残れるのはどんなプレイヤーでしょうか。私はエンドゲームでは、すべてを持つメガティア1か、ある分野で突出したスーパー・ティア2しか生き残れないと考えています。そして、オムロンがスーパー・ティア2になるには、膨大な開発リソースの投入が必要になるはずです。


 もしオムロンがそこまでの膨大な投資を仕掛けていくことができないのなら、車載部品事業をナンバー1に位置づけ、かつスーパー・ティア2になれる可能性のある企業に事業譲渡することがベストな選択であると結論づけました。そして、オムロンの事業に一番価値を見出してくれた日本電産様に事業譲渡を決めたのです。


 思い入れのある事業を売るというのは、断腸の思いです。でも、日本電産のモーター技術とオムロンの制御技術を組み合わせれば、最強のモーターモジュールが作れる可能性があります。そのほうがこの事業に真摯に取り組んでくれている社員の幸せにも繋がると思い、事業譲渡を決断したのです。オムロンの取締役会も、この大きなリスクを伴う私の意思決定を支持してくれました。

 いかがでしょう、「エンドゲームはどうなるのか」という事業観や、「この事業を最もよく運営できるのは誰か」というベストオーナー思想が詰まった、経営トップにしかできない判断だと思いませんか。こういう思考は、思い入れのある事業を突き放して捉えなおすという姿勢なしには、出てこないとも思うのです。

 そして、取締役会が山田さんのリスクを伴う経営判断をしっかり支持したことも、「集団意思決定におけるリスクテイクはどうあるべきか」に対する模範的な回答になっていると思います。

(本原稿は『経営者・従業員・株主がみなで豊かになる 三位一体の経営』の内容を抜粋・編集したものです)