TDKは、完全ワイヤレスイヤホンや補聴器、ウエアラブル機器などに向けた電源用インダクターを発売した(ニュースリリース)。特徴は2つある。1つは、電源回路の変換効率を高められることだ。使用する電源回路の条件によって異なるが、例えば、+3.6V入力、+1.8V/100mA出力のときに89.4%と高い変換効率が得られる。「従来の電源用インダクターを使った場合に比べると変換効率を約3ポイント高められる。その分だけバッテリー(電池)駆動時間を延ばせる」(同社)。もう1つは、外形寸法が1.0mm×0.6mm×0.7mm(いわゆる1005サイズ品)と小さいことである。インダクタンス値は2.2μH。「インダクタンス値が同じ従来品に比べると、基板上の実装面積を約63%削減できる」(同社)としている。

完全ワイヤレスイヤホンなどに向けた電源用インダクター
完全ワイヤレスイヤホンなどに向けた電源用インダクター
(出所:TDK)
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新製品の変換効率特性と外形寸法
新製品の変換効率特性と外形寸法
(出所:TDK)
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 金属磁性材料と薄膜コイルを組み合わせたタイプの電源用インダクターである。シリーズ名は「PLEシリーズ」。新製品はPLEシリーズとして発売する最初の製品である。以前から同社は、このタイプの電源用インダクターとして「TFMシリーズ」を製品化している。これはスマートフォンやタブレット端末など、比較的大きな電流が流れる電源回路に向けたもの。一方、今回の新製品は、このTFMシリーズに2つの技術的な改良を加えることで、流せる電流は若干減少するものの、変換効率の向上に必要な高インダクタンス値化と、外形寸法の小型化を実現した。同社によると「金属磁性材料と薄膜コイルを組み合わせたタイプの電源用インダクターにおいて、1005サイズで2.2μF品の製品化は業界初」という。なお定格電流(Isat)は600mA(標準値)である。

新製品(PLEシリーズ)と従来品(TFMシリーズ)の比較
新製品(PLEシリーズ)と従来品(TFMシリーズ)の比較
(出所:TDK)
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 1つ目の技術的な改良は、製造プロセスである。「ハードディスク装置(HDD)用薄膜ヘッドに向けた薄膜コイルの製造で培った技術を適用することで、コイル積層時の位置精度をTFMシリーズに比べて約30%高めた。これによって、薄膜コイルの多層化が可能になり、小さな外形寸法で高いインダクタンス値が得られるようになった」(同社)。TFMシリーズでは2層だったが、新製品は4層である。「技術的には6層まで増やせる」(同社)。

 2つ目の技術的な改良は、金属磁性材料である。採用した金属磁性材料は、Fe(鉄)を主な材料とし、それに複数の金属を混合させたもの。今回は、使用した複数の金属の具体名は明らかにしていないが、それらの組成比を最適化することで透磁率を高めると同時に、損失係数を削減したという。透磁率を高めることは、高インダクタンス値化と小型化の両方に貢献し、損失係数の削減は電源回路の変換効率の向上に寄与する。さらに高インダクタンス値化と損失係数の削減はQ値の向上につながる。

 このほか、完全ワイヤレスイヤホンでの使用を想定して、電源用インダクターの内部構造を工夫した。具体的には、電源用インダクターから発生する磁束方向をグラウンド(GND)に対して平行にした。一般に、電源用インダクターのコイルは、実装面に対して水平に作り込むため、発生する磁束はGNDに対して垂直になる。その結果、GNDに渦電流が発生し、ノイズ電圧が誘起される。完全ワイヤレスイヤホンのGNDは小さく、そのノイズ電圧によって動作が不安定になるという課題があった。そこで新製品は、コイルを実装面に対して垂直に作り込んだ。これで、磁束はGNDに対して平行に発生するようになり、GNDにノイズ電圧が発生して、動作が不安定になることを防いだ。ただし、デメリットもある。1005サイズ品としては、実装高さが0.7mmと若干高くなることだ。

新製品は実装面に対してコイルを垂直に配置
新製品は実装面に対してコイルを垂直に配置
(出所:TDK)
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 新製品の型名は「PLEA67BBA2R2M-1PT00」である。インダクタンス値の誤差は2.2μH±20%。直流抵抗(DCR)は510mΩ(標準値)。Q値は1MHzにおいて19、4MHzにおいて23と高い。「新製品では、構造の工夫と材料の改良でQ値を高めたことが電源回路の変換効率向上に大きく貢献した。完全ワイヤレスイヤホンの電源回路では、高効率化のため、通常動作時でもPFM(パルス周波数変調)制御方式を採用するケースが増えている。PFM制御方式では、直流電流はほとんど流れず、高周波電流がたくさん流れる。このため直流抵抗よりもQ値の影響の方が大きい。新製品はQ値が高いため、電源回路の高効率化が可能になった」(同社)としている。

 直流重畳特性は下図の通りである。「インダクタンス値が30%減少する電流値は600mAである。これ以上の電流を流しても、インダクタンス値が急激に低下しない。すなわち良好な直流重畳特性を実現したといえる。透磁率が高く、損失係数が小さく、磁気飽和しづらい金属磁性材料を採用したことが大きく寄与した」(同社)。

新製品の直流重畳特性
新製品の直流重畳特性
(出所:TDK)
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 新製品の量産は2021年3月に始める。量産当初の生産規模は500万個/月を計画している。サンプル価格は20円。今後、同社はPLEシリーズの製品ラインナップを拡充する予定だ。「2021年度(2021年4月〜2022年3月)には2製品を追加する予定である。インダクタンス値が2.2μHよりも大きな製品と小さな製品を1つずつ用意する考えである」(同社)。