全ての小中学生に1人1台の端末。GIGAスクール構想の先に愛媛県新居浜市が掲げる「個別最適化」した教育

2021年3月1日掲載

  • 新居浜市はGIGAスクール構想実現の取り組みにおいて端末を調達し、市内の全小中学校で児童、生徒に1人1台配付
  • 学校現場での端末の利活用を推進するため、全小中学校の教員に向けた研修会を実施
  • 新居浜市は「制約されない学び」「個別最適化された学び」「創造性を育む学び」「エビデンスに基づいた取り組み」「校務の効率化」を教育ビジョンとして掲げる。

2019年12月、文部科学省が打ち出した「GIGAスクール構想」。タブレットやPCを学校教育の場に導入する「学校版DX」がコロナ禍の今、早期実現を求められている。

一方で公の教育では、全ての子どもたちに平等に教育の機会が与えられなくてはならない。端末を1人1台配付するのは必須。加えて、教師のICT活用指導力の向上、授業プロセスの見直しと、文字通り現場の抜本的な「改革」が必要だ。

企業のDX案件と同じく、必要性は感じつつもひと筋縄ではいかない。そんなGIGAスクール構想において、いち早く端末の整備に取り掛かり、端末の配付を完了し、着実に改革のプロセスを進めているのが愛媛県新居浜市だ。

目次

市内の全小中学校に1人1台のセルラーモデル端末を配付

2020年11月、新居浜市はソフトバンクから端末を調達し、市内の全小中学校に1人1台を配付した。配付された端末は全てLTE通信機能を備えたセルラーモデルだ。

「他の自治体では小中学校で同じ端末を整備することが多いようですが、新居浜市では子どもの発達段階を考慮して異なる端末を選定しました。

子どもたちが初めて触る端末として、小学生には直感的に操作できるiPadを。一方で、卒業後にPCに触れる機会が多くなるであろう中学生には、Chromebookが適していると判断しました。

今回、ソフトバンクさんの協力により、iPad 、Chromebookともにセルラーモデルを準備できました。

さまざまな家庭があり、ネットワークの状況にも違いがあります。しかし、端末自体に通信機能が備わっていれば、全ての子どもたちが公平な環境で学習することができます」(神野晃嘉氏)

Society5.0時代に求められる生きる力。そして異なる環境や能力の子どもたち。これからの時代の子どもたちを育てるGIGAスクール構想の方針として、「多様な子どもたちを『誰一人取り残すことのない、公正に個別最適化された学び』の実現」を、文部科学省は掲げている。

個別最適化された教育。この言葉には2つの意味が含まれる。1つは学習の効率化の視点だ。

「これまでの授業では、全ての子どもが同じ問題を解いて同じ内容を進めていました。ICT端末を利用した学習であれば、それぞれの子どもに応じた問題の難易度を設定することや、学ぶべき分野に重点的に取り組むということもできます。

子どもたちの習熟度が決して同じではないクラスで、同じ内容の授業をすると、それぞれの子どもの習熟度によっては授業をつまらないと感じてしまいます。

個々に学習の内容を合わせられることで、子どもたちは生き生きと学習できるのです」(守谷憲二氏)

一方で、ダイバーシティの観点からも教育の現場のICT化や個別最適化に期待がかかる。

「現在、特別支援教育の研究が進み、様々な特性の子どもたちが日常生活の中でそれぞれに困りごとをもっていて、うまく学べていなかったことがわかってきました。

視覚優位の子どももいれば、聴覚優位の子どももいる。みんな一斉に授業を行うことで、これらの子どもたちが置き去りになってしまっていたのです。

ソフトバンクさんとは特別支援教育や不登校の子どもたちに向けての教育の取り組みもご一緒していますが、将来AIの開発がもっと進んだりICTによって彼らに適したコミュニケーションや学習方法を提供できれば、学ぶのが困難な状況の子どもたちを減らせるかもしれません。新居浜市のスローガンである『誰ひとり取り残さない教育』の具現化にはAIも鍵になると思います」(神野康一氏)

教育現場の意識改革への取り組み

県による共同調達を待っていた自治体も少なくない中、独自で端末を調達し、GIGAスクール構想において一歩先に出た新居浜市。

しかし、企業の多くのDX案件がそうであるように、ツールが導入されただけでは道半ばに過ぎない。次に必要になるのは学校現場の先生方の意識改革だ。

「ICT、つまりデジタルツールはこれまでの学校の文化にはなかったものです。

学校にICTの利活用を根付かせる。ここが大きな課題の1つです。これまでもさまざまなツールが教育の現場に持ち込まれましたが、いつの間にか使われなくなったものもあります。

しかし、これからの時代を生きる子どもたちを育てるためには、どう考えてもICTは欠かすことができません。そのためには、まず教員から変わらなければなりません」(神野晃嘉氏)

新居浜市教育委員会はソフトバンクから講師派遣を受け、2021年1月、市内小中学校の全教員約600名を対象とした研修を実施した。

小学校の教員に対してはiPadの基礎講座を。中学校の教員に対してはChromebookおよびG Suite for Educationの基礎講座を実施した。

「講師の方が、最初に分かりやすく端末を使って何ができるのかを示して、研修を進めてくださったので大変好評でした。教員の皆さんもこんなことができるのかと、興味を示してくれました。

デジタルツールが苦手な教員もいましたが、教員どうしで教え合うなど、とても良い雰囲気だったと思います。アンケートの結果も『良かった』という感想がたいへん多かったです」(守谷氏)

好評に終わった研修会。しかし、指導員として直接教員と会話をすることの多い神野康一氏はICTの定着に向けては「新しいものへの興味」で終わってはいけないと警鐘を鳴らす。

「研修の様子を見る限りでは、皆さんとても前向きに取り組んでくれていました。でも、それは新しいものへの珍しさや興味から。そのモチベーションはずっとは続きません。忙しい時期になればICTの活用まで手が回らなくなるという教員もいるでしょう。

ICTによって、彼らの業務がどう変わるのかを明確に示す必要があります。例えば、テストの作成、採点、評価、子どもへのフィードバックまで任せることのできるシステムを導入するなど。そういう改善が進めば、ICTで何ができるだろうという前向きな議論が起こるようになります。

今、教員の業務は多岐にわたり、本当に多忙です。それらの業務の一部をICTによって教員の手から離してあげることができれば、一気にICT化が進んでいくように思います」(神野康一氏)

また、一連の取り組みについて神野康一氏は「ソフトバンクとタッグを組めたことが大きい」と語る。

「他の自治体はPCやタブレットなどの物を調達して終わってしまうことも多い。導入に向けての総合的な支援を受けられる体制ではありません。

今回、ソフトバンクをパートナーとして選定したのは、私たちのソフト面でのこだわりに対して総合的な提案をしてくれたから。新居浜市としてのビジョンを共有しながら子どもにICTを提供するための大きな流れをつくれたことは、とても意味のあることだと思っています」(神野康一氏)

新居浜市のGIGAスクール構想へ向けたロードマップ

新居浜市では、今後どのようにGIGAスクール構想を進めていく計画なのか、新居浜市教育委員会教育長の高橋良光氏は次のように語る。

「端末を配付し、教職員への研修を実施するなど、今年度は下地づくり。令和3年度からが本格的なはじまりだと考えています。

1年目は教員にも児童生徒にも、とにかくICT機器を使ってもらい、機器に慣れてもらう助走期間になると思います。そして2年目には、ICT機器によって本格的に新居浜市が掲げる教育のビジョンを実現していきたいと考えています。

私たちの掲げるビジョンの1つ目は、『制約されない学び』。つまり、遠隔オンラインに象徴されるような時間や距離に制約されない環境です。

2つ目は『個別最適化された学び』。誰ひとり取り残さない。特別支援教育の対象となるような児童生徒も、不登校により自宅で勉強する児童生徒も、その子の学びのスピードや特性に応じた学びの実現が不可欠です。

3つ目が『創造性を育む学び』です。1つの事柄をいくつもの視点から考える、プロジェクト型の学習。タブレットを活用することで主体的かつ対話的な学習が可能になり、大きな効果を発揮するだろうと思います。

4つ目には『エビデンスに基づいた取組』を進めたいと考えています。教職員の経験というものは非常に重要です。一方で、ICT機器を使用することでエビデンスを蓄積することができます。このようなビッグデータに基づいた取組は新たな視点を提供してくれるでしょう。

それから5つ目。最後に『校務の効率化』です。ICTは教職員が抱えている多忙な業務を改善していく大きな力になり得ます」(新居浜市 教育委員会教育長 高橋良光氏)

新居浜市もまた、他の多くの都市と同じように少子高齢化が深刻化している。労働人口はゆるやかに減少。石油化学などの工業都市としての側面を持つ新居浜市だが、それらの産業を担っていく次世代の育成は喫緊の課題だ。

新居浜市長の石川勝行氏もGIGAスクール構想に期待を寄せる。

「少子高齢化の問題は待ったなしで対応しなければならない新居浜市の重要課題。その鍵を握るのが持続可能な社会の実現です。

持続可能な社会の実現には、先進的なデジタル技術の利活用が必要不可欠です。このGIGA スクール構想によって整備されたICT機器が学校現場から社会に浸透し、定着していくことで、誰もが幸せを実感できる新居浜市になることを期待しています」(新居浜市長 石川勝行氏)

新居浜市では、近年、スマートシティへの取り組みを推進している。2019年10月、新居浜市とソフトバンクはスマートシティの推進に向けた包括的な連携協定を締結。地域の抱える、交通、経済、防災、高齢化などのさまざまな課題に対してICTをベースにデータ利活用を促進していくことに合意した。

データ利活用のためのプラットフォームや地域ポイントの構築。市内のバスのロケーションシステムの実証実験、高齢者と子どもの見守り実証事業など。これまで、さまざまな取り組みを推進してきた。

今回ソフトバンクが全面的な支援を行っているGIGAスクール構想実現に向けての取り組みだけではなく、連携協定による新居浜市のスマートシティの推進も今後さらに進んでいく。
「新居浜市はさまざまな企業の先端技術の開発拠点でもあります。このGIGA スクール構想の実現に向けての取り組みに、スマートシティと一体で取り組むことで、これからの新居浜市の子どもたちが情報化社会の中でたくましく育っていくものと考えています。

これからの時代を生きる子どもたちにとって、ICT機器は鉛筆や消しゴムと同じく、教育にはなくてはならないツールとなることでしょう。今回の取り組みが新居浜市の子どもたちの未来を保証していく取り組みになればと期待をしています」(新居浜市長 石川勝行氏)

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