組織の中で共有されている暗黙の価値観や習慣、クセ――。明確に言葉にはできないけれど、組織の行方を大きく左右する組織文化。今回は、新刊『ウィニングカルチャー 勝ちぐせのある人と組織のつくり方』著者の中竹竜二さんが、一橋大学大学院国際企業戦略研究科の楠木建教授に、組織文化の本質について話を聞きました(構成/新田匡央)。

楠木建教授が解説!「組織文化とは組織や集団の持つ好き・嫌い」今回、話を聞いた一橋大学大学院国際企業戦略研究科の楠木建教授

中竹竜二さん(以下、中竹):私はこれまで、フォロワーシップやリーダーシップなど、人材育成をメインに活動してきました。加えて、組織マネジメントとして目標設定や準備、振り返りなどのスキルやメソッドを伝えてきました。リーダーシップと組織マネジメントを両輪として、チームを強化したり、企業を良くしたりしてきたわけです。

 しかし、組織にはその二つだけではどうにもならない、目に見えない氷山の最下層に横たわる根底的な課題があることに気づきました。

 最近では、コーチングの世界でも組織文化が注目されはじめました。ところが、そのメソッドはまだ開発されていません。そこで、この分野にいち早く踏み込んでみたいと思って、『ウィニングカルチャー 勝ちぐせのある人と組織のつくり方』を執筆しました。楠木先生には、改めて組織文化を経営学の観点から定義していただきたいと思っています。

楠木建教授(以下、楠木):なるほど。「組織文化」という響きは、文化というだけあってすごくふわっとしていますよね。だからこそ何でも「それって組織文化だよね」で片づけられてしまう面もあるかとは思います。最も意味のある定義は、「その組織で共有されている『何が良くて、何が悪いか』という基準」だと思います。

中竹:「何が良くて、何が悪いか」。

楠木:この組織ではこういうことがいいことで、こういうことが悪いことで、こういうことが正しくて、こういうことが間違っているという、その組織に属する人々に局所的に共有されている価値観だと思うんです。

 組織文化の対語は、「文明」です。「文明」と「文化」という対がもっとも分かりやすいと思っていて、同じ価値観でも、社会的なコンセンサスとして普遍的に共有されているものが「文明」と呼ばれています。いま世界を襲っているコロナ禍が、昔の欧州のペストやスペイン風邪のパンデミックと少し違うのは、当時と比べると人命第一という風潮が強まっている点です。人命よりも大切なものがあると強く主張する人はあまりいない。普遍的なコンセンサスが成立しています。

 つまり文明は一方向的なものです。文明が指し示す方向に世の中がどんどん進歩していきます。その結果として普遍的な価値観が共有されることになります。

 もう少し身近なところでいうと、「時間に遅れてはいけない」という価値観、これは「文明」です。文明が遅れている国にはその観念がありません。

 僕は幼少期を南アフリカで過ごしましたが、アフリカの経済開発では、文明的な要素が問題になることが多々あります。技術が遅れているのであれば、単に技術を移植すればいい。技術移転それ自体はそれほど難しくはありません。アフリカの人々は、ほかの大陸と遜色ない程度に知的な人々ですから。

 ところが、「この工場は朝9時に始まるので、それまでに来てください」ということを徹底させるのが非常に難しい。しかし程度の問題こそあれ、100年経てばおそらく、もう少し浸透するのではないでしょうか。文明とは、スピードの差こそあれ、このような一方向的な性格を持っています。