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一人一台端末で学校教育は本当に変わるのか? 【GIGAスクールの成否を分けるもの(1)】

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
(写真:アフロ)

 小中学校等に児童生徒一人一台の端末(ノートパソコン、タブレットなど)と高速インターネット環境を整備する動き(「GIGAスクール構想」)が進んでいます。

 やっと、ICT活用で世界的にも最も遅れていた日本の教育現場が、この2021年には大きく変貌するかもしれません。ですが、そう楽観視して、大丈夫でしょうか?

 先日の朝日新聞(1/18)では、「iPad届いたのに制限だらけ 学校間で広がるIT格差」という見出しで、端末が配布されても、メールや表計算ソフトすら使えない制限がかかっている自治体もあり、ICT活用が進んでいない学校現場の一端を報じています。

 今回と次回に続く記事では、GIGAスクール構想が進んでも、問題、課題はたくさんあること、多くの関係者がその解決に向けて動き出す必要性が高いことなどについて解説します。

■99%の自治体で、3月までに小中学校の端末整備は進む。

 長年の懸案でしたが、コロナ禍にあって、全国の小中学校でのICT環境整備は急速に進みつつあります。文科省調査によると、年度内に児童生徒一人一台端末の整備を行う自治体は99%に及ぶ予定で、校内での高速インターネット回線の整備も進みます。高校については、1人1台端末の整備を2020年度内に整備する予定のところは12県、21年度以降に整備予定は2県、1人1台の整備目標がない自治体は21道県などであり、都道府県ごとに差がある状況です。

写真はイメージ
写真はイメージ写真:アフロ

 日本の生徒の多くは、友達とのやりとりや娯楽目的ではICTをよく活用していますが(SNS、YouTubeなど)、学習用としてはあまり利用していない実態であることは、実はコロナ前からもわかっていました。OECD・PISA2018では、学校の授業でデジタル機器を利用する時間を尋ねていますが、国語、数学、理科において日本の生徒(調査対象は高1)は利用しないという回答が約8割で、利用時間はOECD加盟国中、最下位です(図)。

図 1週間のうち、教室の授業でデジタル機器を利用する時間

出所)文部科学省・国立教育政策研究所「OECD 生徒の学習到達度調査2018年調査(PISA2018)のポイント」
出所)文部科学省・国立教育政策研究所「OECD 生徒の学習到達度調査2018年調査(PISA2018)のポイント」

 こうしたなか、コロナ禍で多くの学校関係者や市民がICT活用の必要性や効果を実感しつつあるのは、チャンスとも言えるでしょう。日本の子どもたちの情報活用力等が向上することが期待されています。

■日本の教員にはデジタル機器を活用するスキルも、それを高める時間も不足。

 ところが、通常業務に加えて、コロナ対応もあって、先生たちは一層忙しくなっており、授業準備をする時間が足りないという声が約8割に上るという調査もあります(妹尾昌俊「with/afterコロナ時代の学校づくりと働き方に関する調査」。2020年6月実施。下記の記事参照)。

参考記事)妹尾昌俊「このままでは、メンタルを病む先生は確実に増える 【行政、学校は教職員を大事にしているのか?(3)】

 次のデータは、先ほどと同じPISA2018調査ですが、校長(日本の場合は高校)に尋ねた結果の一部です。ちょっと細かいグラフですが、日本がどこにあるか見つけられますか?

図表「教員は、指導にデジタル機器を取り入れるために必要な技術的スキルと教育的スキルを有している」と回答する校長の割合(「その通りだ」、「まったくその通りだ」の合計)

出所)OECD, A framework to guide an education responset to the COVID-19Pandemic of 2020より抜粋(強調箇所は引用者)
出所)OECD, A framework to guide an education responset to the COVID-19Pandemic of 2020より抜粋(強調箇所は引用者)

図表「教員には、デジタル機器を取り入れた授業の準備のために十分な時間がある」と回答する校長の割合(「その通りだ」、「まったくその通りだ」の合計)

出所)前掲と同じ
出所)前掲と同じ

 日本は、両方のデータで右下の端、不名誉な最下位です。つまり、教員のICTスキルに自信をもっている校長は少ないですし、ICTを活用した授業の準備をする時間も足りていないと多くの校長は感じているのです。

 これは日本人らしい謙虚な姿勢だとか、日本の教育は目指す水準が高いせいだといった解釈の余地もなくはありませんが、前述のとおり生徒のICT活用はワーストクラスですし、日本の先生たちが世界で一番忙しいことは別の国際比較調査でも明らかです(小中学校教員についてですが、後述するOECD・TALIS)から、そうした解釈は妥当とは言えません。危機感を高めるべきだと思います。

 なお、ICT教育に限った問題ではありませんが、「研修などの職能開発の日程が自分の仕事のスケジュールに合わない」と回答する中学校教員は、日本では87.0%にも上りますが、これはOECD平均54.4%を大きく上回り、調査国中一位です(OECD・TALIS2018)。小学校教員も84.3%がそう答えていて、やはり一位です。

 忙しいということを言い訳にばかりしてもいけないと思いますが、ICTのように大変速いスピードで技術が変わるものも多い中、教師のスキルや知識のアップデートがまったく追いついていないという問題があります。それは、先生たちや校長、教育委員会らの姿勢や意識のせいという要素もあるかもしれませんが、多忙過ぎるという問題が深刻なことにも目を配る必要があります。

■広がる3つの格差

 おそらく、いま日本の学校では、たとえ同じ義務教育であっても(あるいは事実上ほとんどの生徒が進学する高校教育においても)、もはや、日本全国同じくらいの水準の教育を受けられるというものにはなっていません。煽りたいわけではありませんが、少し冷静に考えても、いまの状態を放置していては、以下の3つの意味で、格差が広がっていくと、わたしは見ています。

 第一に、ICTの活用に積極的な自治体(教育委員会)とそうではない自治体との間の差です。別の記事で紹介しますが、熊本市のように、子どもたちのICT活用にほとんど制限をかけずに、自由に使っていくなかで学びを深めている地域がある一方で、冒頭で紹介した新聞記事などにあるように、基本的なソフトやクラウドサービスすら使わせない自治体もあります。もしくは、パソコン端末は校内の保管庫に置いておいて、授業中はごくごくたまにしか使えなかったり、家庭への持ち帰りを禁止したりしている自治体もあります。

写真はイメージ
写真はイメージ写真:アフロ

 地域ごとに差が出てくるのは、中央集権的ではないからなので(地方自治)、必ずしも悪いことばかりとは言えません。とはいえ、ICT活用が遅れている地域の子どもたちを放置していて本当にそれでいいのでしょうか。同様に公立と私立との差、あるいは私立学校の間の差も大きくなっているようです。

 第二に、教師間の差です。ICTが苦手な先生のもとでは、GIGAスクールになっても、授業等で使うのは多少のネット検索での調べ学習やプレゼンソフトの練習程度などにとどまってしまうかもしれません。現に、直近までの過去を振り返っても、多くの学校のパソコン教室はあまり日常使いにはなっていません。識者のなかにはGIGAスクールで整備される端末が「文鎮化」する(置いておくだけのものとなる)と危惧する声もあります。

 さらには、ZoomやMicrosoft TeamsなどのWeb会議は世間でずいぶん広がったと思いますが、学校の教職員のなかには、そうしたICTに慣れて、自主的にオンラインセミナーなどに参加し、知識やスキルを磨いている人もかなりいる一方で、Zoomなんて使ったこともないという人もまだまだたくさんいます。こうした例から示唆されるのは、ICT活用スキルの差の問題だけでなく、さまざまな情報や知見に明るいかどうかという差が広がっている問題です。

 コロナ前のデータとなりますが、わたしは先生たちの学びが二極化している実態を調査しました(詳細は妹尾『教師崩壊』PHP新書をご覧ください)。日頃から本を読んだり、外部のセミナーなどに参加したりしている量は、ずいぶんと教師間で差があるのです。学び続けている先生も一定数いますが、学びをストップしてしまっている人も多数います。おそらく、多忙な日々がこの傾向を悪いほうに助長します。コロナ後は、地理的な条件にかかわらず、セミナーなどを受けやすくなったのはいいことですが、教師間格差も広がっている可能性が高いと思います。 

 第三に、家庭環境の影響による格差です。教育委員会も学校もICT活用にあまり熱心ではないところの子どもたちは、家庭の影響を受けやすくなります。民間のオンラインサービス(学習アプリやプログラミング教室などたくさんあります)などを保護者が子どもに推奨したり、子どもを励ましたりして、学びが進む家庭がある一方で、そうはいかない家庭もあります。公教育には、家庭による格差を縮める(あるいはせめて、広げない)機能が期待されていると思いますが、学校が消極的では、事態は悪化します。

写真はイメージ
写真はイメージ写真:アフロ

■なんのための一人一台端末なのか?

一人一台端末の整備自体は、ゴールや目的ではなく、むしろ出発点ないし通過点、あるいは道具・手段であったはずですが、教育委員会等のなかには、忙しい日々のなか、ここ数ヶ月は、調達することばかりに目が向いてきたところもあるかもしれません。

 あの休校(臨時休業)のときのように、子どもたちの学びが事実上止まってしまうような事態にはしたくない、そう多くの方は(教育委員会も、教職員も、保護者等も)思っていると思います。ですから、端末やネット環境の整備は進んでいるのでしょうが、端末をまずは配って、あとは学校で、各先生方が工夫してください、と半ば放置に近いかたちの教育委員会(多少の研修くらいはしても)。そして、トラブルになるとややこしいので、いろいろルールや制限は付けますよ、といったやり方では、おそらく、子どもたちにも、教師にも「こんなに面倒なんだったら、無理に使わなくていいや」とそっぽを向かれてしまう未来が見えてきます。そうした結果、先ほどの3つの格差が広がってしまいます。

 わたしたちは、いまいちど、なんのためのICT教育なのか、なにを実現したいのか、どんな学びにしたいのか、そうした原点を確認し、現実の実態を直視していく必要があると思います。

◎妹尾の記事一覧

https://news.yahoo.co.jp/byline/senoomasatoshi/

教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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