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野村萬斎「開会式は…簡素化する」「コマーシャリズム化した五輪を、元に戻すチャンス」【本紙単独インタビュー】

2020年12月15日 06時00分

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東京五輪や自身の活動について話す野村萬斎

東京五輪や自身の活動について話す野村萬斎

 狂言界のスーパースターには、揺れ動く東京五輪がどう映っているのか。新型コロナウイルスの感染拡大により開催が1年延期された。国際オリンピック委員会(IOC)は簡素化した新たな五輪の形を模索している。開閉会式の演出を総合統括する狂言師の野村萬斎(54)が本紙の単独取材に応じ、狂言とスポーツを重ね合わせつつ、1年後へのビジョンを語った。
     ◇    ◇
―五輪は延期となった。開閉会式に関わる立場としても、衝撃だったのでは
 野村萬斎「不可抗力じゃないでしょうか。五輪という概念より、一人一人が未曽有の状況をどう受け止めるのかが先決だった。第1波が終わり、今は第3波と言われている。そういう中でコロナとの共生感が少しずつ出てきて、また何とか目指そうということなんだと思う。いろんな議論があるのは承知しているが」
 ―コロナは人類が初めて見舞われた厄災だ
 「大きな意味では、地球が疲れていて、人間に吹き出物ができるがごとくに地球に現れたのかなと。吹き出物は外からは治らない。体の中から直さないと。環境問題も含めて。そういう警鐘なのかなと。地球を人体として考えれば、そういうことなのかな」
 ―開会式も簡素化の対象となっている。演出も少なからず変わるのでは
 「それは大変ですね。僕一人でやっているわけではないが、各セクション、各スタッフがいろんなことで関わってきて、それがご破算になる部分もある。そういう痛みも伴いながらも、やっぱり歓迎される式典じゃなければいけないし、コロナの中で、あえてやる式典を意義あるものしたい。それが式典に関わる人間の思いじゃないか」
 ―具体的にどう変わるのか
 「内容はお楽しみに。ただ皆さん言っているように簡素化する、シンプルにする。個人的には、いろいろな意味でコマーシャリズムがのった五輪を、元に戻すチャンスにしたらいいかなと僕は思っている。理念を再び取り戻す。五輪、パラリンピックをやる意味は何なんだと。この機会にそうなると素晴らしいのではないか。五輪自体はアスリートがしのぎを削る勝負の世界。優劣はつけるけど、人間として平等という理念が基本的にある。ただのお祭り騒ぎではない」
 ―前回の東京五輪が印象に残っていると
 「1964年の東京五輪をあらためて見たとき、驚きました。運動会、甲子園と変わらない感じ。みんなが心を正して、折り目正しく礼儀正しく行進して、緊張感を持っていた。ブルーインパルスはあったけど、派手なアトラクションはなく。みんなが精神性をもってそこに集まっている感じ。今は入場する選手もカメラを持ったりして、よくわからない感じもある」
 ―五輪と言えば、フィギュアスケート男子の羽生結弦と親交がありますね
 「(主演した)陰陽師という映画が好きだったんでしょうか。エンディングの僕の舞は回転技があったりもして、音楽性と舞のニュアンスを非常に気に入ってくれた。『SEIMEI』という作品にするとなったとき、スポーツとしてはこうあるべき、狂言としてはこうあるべき、陰陽師とはこういうことです、僕らはこういうつもりでやっていますと申し上げた。空間と時間をどう操るか。そういう意識で」
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