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「それでも僕たちは『濃厚接触』を続ける」 全盲の人類学者がそう語る理由

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国立民族学博物館の広瀬浩二郎准教授=東京都千代田区で、内藤絵美撮影
国立民族学博物館の広瀬浩二郎准教授=東京都千代田区で、内藤絵美撮影

 「3密」「ソーシャルディスタンス」「リモート」……。新型コロナウイルスは人々の暮らしから、集い、触れ合うことを奪った。そんな中、全盲の人類学者で国立民族学博物館(民博、大阪府吹田市)の広瀬浩二郎准教授がこのほど、新著「それでも僕たちは『濃厚接触』を続ける!」(小さ子社)を出版した。挑戦的な書名にこめた真意とは?【オピニオングループ/小国綾子】

視覚障害者の暮らしは「濃厚接触」の連続

 ――コロナ禍で「3密」を避ける中、人間の距離感が変化しています。音楽や演劇、スポーツなどの風景も様変わりしました。そんな時代にあえて「『濃厚接触』を続ける!」と宣言するのは、なぜですか。

 ◆新型コロナウイルスの感染が拡大し始めた今年春ごろ、このままではいわゆる「濃厚接触」が全否定されてしまうのではないか、と強い危機感を覚えました。

 そもそも僕たち視覚障害者の暮らしは、「濃厚接触」の連続で成り立っています。点字に触れ、情報を入手し、街に出れば人々のサポートを受けることも多い。

 また、民博で「さわる文化」の研究を続けてきた身としては、このままでは「さわる文化」が衰えてしまうのではないか、と案じたのです。

「さわる文化」を守れ

 ――「さわる文化」ですか。

 ◆僕は言葉を新しくつくるのが好きなので、「食文化」になぞらえて、「触文化」とも呼んでいます。これは僕が民博に就職した後、誰もが楽しめる博物館「ユニバーサル・ミュージアム」を模索する中で深めてきた概念です。

 一方、現代は視覚優先の時代です。「より多く、より速く」という価値観に最も適した感覚機能が視覚だからです。

 ――確かに。モノの大きさや長さは、目で見れば一目瞭然。文字による情報伝達は量とスピードにおいて圧倒的に便利です。

 ◆博物館は長い間、視覚優位、視覚偏重の空間でした。しかし、僕はここに触覚を取り込むことで、博物館のパラダイムシフトを目指しています。

 「より多く、より速く」という価値観に適した視覚の対極にあるのが、触覚です。触覚を働かすには時間が必要です。「まだか、まだか……」と根気強く触れ、対象物に迫る。身体動作と時間を伴う行為だからこそ、より深く記憶に刻まれるのです。

 しかも触覚は、目が見える人、見えない人、耳が聞こえる人、聞こえない人、どんな人でも働かせることができる。手が動かない人でも別の体の部位で触れることはできる。

「見常者」も「触常者」も

 ――なるほど。よりユニバーサルな感覚機能、と言えますね。

 ◆「ユニバーサル」といえば、まず課題になるのは「アクセシビリティー」です。だから博物館であれば、車いすに対応した施設を整備し、点字パンフレットや外国語パンフレットを用意して視覚障害者や外国人に対応する。あるいは手話通訳者を手配し、聴覚障害者に対応する。

 つまり、視覚や聴覚などを「使えない」人々が「使える」ように配慮するのが、「アクセシビリティー」という発想です。

 しかし、僕の考える「ユニバーサル・ミュージアム」では「使わない」自由や解放感をも引き出したい。触覚を働かせることのできる展示を導入することで、「見常者」も「触常者」も、誰もがスリルを感じ、楽しめるような展示の可能性を模索したいのです。

 ――「見常者」と「触常者」?

 ◆これも僕の造語です。目の見える人のことを「見常者」、目の見えない人のことを「触常者」と呼ぶことで、「健常者/障害者」といった区分のはらむ上下関係から自由になれるのではないか、と。

 ――広瀬さんは、漢字を使った「当て字」の造語がお得意ですよね。点字は基本「カナ」でしょう? だからこそより自由で柔軟に、漢字で新しい言葉をつくれるのかも。

コロナ禍で失いかけた目標

 ――ところで、コロナ禍で、博物館の展示方法は影響を受けましたか。

 ◆民博では春からタッチパネル展示を休止したり、展示室のベンチをなくしたり、そういった処置を取りました。今は徐々に元に戻しつつあります。タッチパネル展示であっても、事前事後に手指消毒をすれば問題がないことが分かってきました。

 僕にとって、コロナ禍で受けた最も大きな影響は、2020年秋から民博で開催するはずだった特別展「ユニバーサル・ミュージアム――さわる!“触”の大博覧会」と企画展「見てわかること、さわってわかること――世界をつなぐユニバーサル・ミュージアム」ができなくなってしまったことです。

 「15年余りの研究・実践の集大成」として打ち込んできた目標が消えてしまった。

 ――「さわる」展示の集大成と意気込んでおられました。ショックだったでしょうね。

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