特集

カルチャープラス

カルチャー各分野をどっぷり取材している学芸部の担当記者が、とっておきの話を報告します。

特集一覧

今、カツベンが熱い! 活動写真弁士は"絶滅"していなかった 周防監督も映画化

  • ブックマーク
  • 保存
  • メール
  • 印刷
活弁の実演をする片岡一郎さん=2010年9月10日午後3時34分(片岡さん提供)
活弁の実演をする片岡一郎さん=2010年9月10日午後3時34分(片岡さん提供)

 今、カツベン(活弁)が熱い! 昨年公開された周防(すお)正行監督の映画「カツベン!」でその存在を知られるようになった「活動写真弁士」。無声映画の上映中、スクリーンの脇でセリフや情景を独自の語り口で説明する職業的説明者だ。トーキーの到来とともに弁士は仕事を失った。当たり前のようにその一言で片付けられがちだが、どっこい、弁士は現在に至るまで「絶滅」したことはないのだ。【上村里花/西部学芸グループ】

 映像のデジタル化により、必ずしも映画館でなくても上映ができるようになったことで、弁士の活動の場は広がった。今では、関東の澤登翠(さわとみどり)さん、関西の井上陽一さんという東西の第一人者以外にも、2000年代にデビューした30、40代の若手弁士たちがそれぞれの個性を打ち出し、活躍している。それが、片岡一郎さんであり、坂本頼光(らいこう)さん、山崎バニラさん、大森くみこさんら「ミレニアル世代」の弁士たちだ。「過去の芸の再現ではなく、今を生きる芸をやっている」。そう豪語する現代の弁士たちの世界を紹介したい。

吉本興業がライブ

 無声映画全盛期には全国に8000人近くいたとされる活動弁士だが、現在、プロとして活動しているのは全国で十数人。関西に井上さんと大森さん、残りはほぼ関東だ。とはいえ、十数人がプロの弁士として生活している。東京や関西では日常的に活弁付きの無声映画上映会が各所で開催されている。さらに、若手弁士たちはより多くの人に活弁を知ってもらおうと、活動の場を広げるとともに、活弁に親しんでもらう工夫も凝らしている。

 映画祭の名物企画から発展し、吉本興業が昨年から月1回開催しているライブ「活弁でGO!」(配信あり)。お笑い芸人たちが活弁に挑戦し、活弁の可能性をさまざまな形で見せる企画で、弁士の片岡さんは当初からレギュラー出演している。11月は、無声映画の古典「月世界旅行」(1902年、ジョルジュ・メリエス監督)の活弁をお笑いコンビ「すゑひろがりず」が担当。天文学者たちの月旅行を「かぐや姫」の後日譚(ごじつたん)に設定を変えて語り、笑いを誘った。一方、片岡さんは、すゑひろがりずのコントのアテレコ(吹き替え)に挑戦。全く違うネタにアレンジしてみせ、会場を沸かせた。最後には「サロメ」(1923年)で正統派の活弁を聞かせ、魅了した。

 企画を担当するプロデューサーの立川直樹さんは「全てが予定調和的で金太郎あめのようなエンタメが大勢を占める現代で、瞬発力が求められ、一番個性が出るのが活弁。人間力を感じる分野」とほれ込む。「企画は、活弁の技術を現代に持ってきたらどんなことができるかの実験。今度は一流のジャズミュージシャンを呼んでやりたい」と構想は膨らむ。観客の反応も良く「次第に広がっているのを感じている」とも。片岡さんも「観客は出演芸人さん目当ての若い女性が多いが、勘所良く笑ってくれ、活弁が伝わっている手応えがある」と話す。

新作無声映画をクラファンで

 一方、関西の女性弁士、大森くみこさんは、女優の辻凪子さんらと共に、活弁を入れることを前提とした新作無声映画「I AM JAM ピザの惑星危機一髪!」をクラウドファンディングを活用して製作予定だ。通常、活弁の公演は、過去の無声映画に活弁を付けるスタイルだが、「さらに幅広い層に見てもらいたい」と製作に踏み切った。

 辻さん演じる主人公の少女ジャムが、ピザの惑星に行き、惑星を救うためにピザのピースを探して旅をするSFファンタジー作品だが「社会問題なども絡めながら、子供も大人も楽しめる作品にしたい」と意気込む。活弁の楽しさを感じてもらうためにさまざまな仕掛けを加える予定だ。「弁士と画面上の登場人物が会話するようなシーンや、スクリーンからジャムが現実世界に飛び出してくるような趣向も検討中」

 10月から製作費のクラウドファンディングを始めた(12月31日まで)。500万円が目標で、現在は約136万円(9日現在)。ただ、目標額に達しなくても、集まった額で製作は進めるつもりで「来年中の公開を目指したい」。

他流試合、そして全国へ

 12月3日、東京・浅草の浅草演芸ホールの高座に坂本頼光さんの姿があった。落語芸術協会の定席(公演)で、落語の合間に出演し、活弁を披露した。片岡さんと同世代で「ライバル」として対比されることの多い坂本さんは、早くから落語の寄席に出ていたほか、落語家らとの二人会などで、演芸ファンにも名前を知られてきた。

 意外にも東京の定席寄席は初登場だったというが、大阪の寄席・天満天神繁昌亭には8年ほど前から出演している。昨年公開された、周防監督の映画「カツベン!」では主役の成田凌さんや共演の永瀬正敏さんらの活弁指導を担った(片岡さんは主人公のライバル弁士役、高良健吾さんらの指導を担当)。

 坂本さんは、2000年に21歳で弁士デビュー。プロ5年目ぐらいからは意識的に「弁士以外の仲間を作ってきた」と振り返る。幸いにも技術の進歩で、DVDプロジェクターさえ持って行けば、どこでも上映ができる。積極的に落語家や講談師、お笑い芸人らとの会に出演してきた。坂本さんの代名詞ともなっている自作アニメ「サザザさん」が生まれたのも、この「他流試合」のためだった。「濃いお笑い芸人さんたちの間で勝負するにはインパクトの強いものが必要だった」

 活弁を映画ファン以外に広めた功績は大きく、「今後は、さらにいろいろな土地に伺いたい」と意欲を見せる。

 このほか、大正琴の「弾き語り弁士」という独自のスタイルを追究する山崎バニラさんなど多士済々だ。映画を生かす正統派の澤登翠さん、情感を大切にする関西弁士の美学を受け継ぐ井上さんを筆頭に、個性豊かな若手弁士たちがそろった現代の活弁界は黄金期を迎えているのかもしれない。

九州でも上映会

 関東や関西で活弁が盛り上がる中、九州でも新たな動きが出ている。パインウッドカンパニー(東京都、松戸誠代表)が昨年12月から長崎で活弁付きの無声映画の定期上映会を企画。第1回は澤登さんの活弁で「オペラ座の怪人」を上映し、好評だった。新型コロナウイルス禍で今年は見合わせたが、来年1月23日、長崎市立山の長崎歴史文化博物館で第2回を開催予定だ。コロナ対策で席数を減らす代わりに昼夜2回公演とし、今回も澤登さんの活弁とギターとフルートの生演奏でキートンの喜劇「セブン・チャンス」とチャプリンの短編を上映する。

 企画を担当する同社の高橋健一郎さんは「長崎は九州で最初に活動写真が上映された場所。澤登翠という一流の弁士と生演奏で、この地から活弁の魅力を発信していきたい」と語る。今後も年4回程度、開催する意向だ。

 また、北九州市小倉北区の創業81年の老舗映画館「小倉昭和館」でも昨年、映画「カツベン!」の上映に合わせ、麻生八咫(やた)、子八咫親子による活弁の実演上映を実施した。樋口智巳(ともみ)館主は「今後も機会があれば、ぜひ活弁の実演は企画したい」と意欲を見せる。

 さらに、福岡市でも今年、市民有志による活弁付き上映会を企画する「博多活弁パラダイス実行委員会」(大井実代表)が発足した。「活弁というエンタメを広く知ってもらいたい」と福岡で定期的な活弁付きの上映会開催を目指す。

 第1回として、13日午後2時半から、福岡市博多区の福岡アジア美術館8階・あじびホールで、坂本頼光独演会を開く。坂本さんの活弁で、マキノ省三監督の「忠魂義烈・実録忠臣蔵」やチャプリンの短編など計4本を上映。実行委事務局は「活弁は今に生きる芸。多くの方に体験してもらいたい。次回はぜひ生演奏も入れ、九州ツアーを企画したい」…

この記事は有料記事です。

残り2456文字(全文5595文字)

あわせて読みたい

この記事の特集・連載

この記事の筆者

アクセスランキング

現在
昨日
SNS

スポニチのアクセスランキング

現在
昨日
1カ月