2020.11.15
# 本

マイノリティを多様性と置き換えて「思考停止」するメディアへの違和感

赤坂真理『愛と性と存在のはなし』の中身

モテたい理由』『愛と暴力の戦後とその後』など、これまで日本の語り得ないもの論評してきた作家の赤坂真理氏の『愛と性と存在のはなし』がこの度上梓された。

「そもそも性的マジョリティなど存在しない」という立場から、これまで誰も具体的に語ることのなかった、「セクシュアル・マイノリティ」「LGBT」「性同一性障害」「セクハラ」「草食男子」などを論考し新たな性愛の地平を開いている。そんな本書のなかから、今回は特別に第5章の一部を抜粋し公開する。

トランスの女友達

Mはわたしの、数年来の女友達である。数年のつきあいにしては、やけに濃い。なぜこんなになんでも話すのか、わからないほどだった。

いや、わかる気がする。

女友達、と言うべきなのだろうが、厳密にはわたしは彼女を女友達とは思っていない。MはMだ。

「トランス女性」とMは自分を言う。第三章で出てきた、元エロ本カメラマンの男性。それが彼女だ。元は男だが、なぜかそこが楽だし、そこにときめくという相反した気持ちがMに対してはあった。

移行途上、行ききっていないトランスだと、自分を言っていた。

手術をしていない。男性器を持っていて、ホルモン治療だけを受けている。ホルモンだけで胸はふくらむ。摂ると膨らみはじめて、おおむね二年くらいでその変身プロセスは終わる。「人生の途中で少女からやり直した感じ」とMは言う。

ふくよかな体つき、豊かな胸。顔の皮膚の質感に少し男のなごりを残しつつ、どこまでも角のない丸っこい身体は、すべっと、ふわふわしている。背が高めの人だったのだろう。

骨格が大きく大柄な女性という感じ。男としても美形だったと思う。人によっては元男と気づくかもしれない。人によっては、大柄な女性と思う。

 

声も手術したので、男性の声ではない。ちょっとハスキーな、男女どちらともとれる声。本人は声を出すときに、男に聞こえないかというのがとても心配で、考えることなしに声を出すことがないという。声を変えたとき、声のアイデンティティ・クライシスになったと言っていた。

逆のホルモンを摂り始めると、あるとき、引き返せるポイントを超える。もとの性の身体には戻れなくなる。

戸籍の性別変更は、日本では「性別適合手術」を要件とする。だから戸籍は男性のままだ。自分の好きな女性名に正式な改名はした。男性名で呼ばれるのが苦痛なので変えたい、という理由で申請することができる。

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心配事は、年をとって病気になり、介護施設などに入ったとき、男性として扱われて男性の部屋に入れられたりすることだという。

Mは戸籍のためだけに手術を考えて、すでに十年くらい経っている。そのためだけに手術するのはやめてほしいというのが、大事な友達に対してのわたしの意見だ。未知のリスクが高すぎる。身体的にもだし、後悔したときどうするかという知見はない。後悔している人がいないと思えないのだが、それが聞こえてこない。

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