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デリー市民はハロウィンで本気の仮装をみせる
北アイルランド第2の都市であり城塞都市としても名高いロンドンデリーは、10月31日に特別な一日を迎える。この街のハロウィンは“世界一”と称されるほど大規模なイベントで、毎年各国から約12万もの人を集めるからだ。
“DERYY HALLOWEEN 2019”は10月26日からさまざまな催しを始め、10月31日に世界最大級のハロウィンパレードを迎え閉幕。ハロウィン当日は木曜であったが、子供から大人までが休日となり、みな昼間から仮装に向けて大忙しにみえた。
日本からこのハロウィンに参加する場合、衣装をもっていくのもいいが、手ぶらで向かっても何ら問題はない。街にはハロウィン衣装専門の店が数件あり、スーパーマーケットや薬局、屋台など、あらゆる所で衣装を販売している。ひとつ言えるのが、派手過ぎるくらいでちょうどいいということ。筆者は魔女の衣装で十分と思ったが、夕方に中央広場に出ると自分が一番地味だと知り、急遽顔を緑に塗りたくった。
31日の16時、広場はすでにティム・バートンのアニメの実写版の世界になっていた。一番目立っていたのは全身を白とグレーでコーディネートした4人家族。白髪のカツラに白塗りメイクで、地獄の貴族といったムードを醸す。聞けば衣装からヘッドドレスまでほぼ手作りというのだから、気合いの入り方が違う。ほか、ゲイシャガールズにスパイダーマン、セクシー系悪魔、ジョーカーなど装いはさまざまだ。
加えて市が出演を依頼した仮装パフォーマーたちも徘徊しているので、街全体が妖しいおとぎの国と化している。仮装した人々は写真を撮られるのも慣れたもので、成り切りに徹してか本格仮装の人ほど自撮りをしていなかったのが印象的だ。
なぜ、ロンドンデリーはハロウィンの街となったのか?
正直、ロンドンデリーはミーハーなものとは縁遠い、なかなか渋い街だ。北アイルランド第2の都市とはいえ、街の中心部は1時間もあれば歩いて回れてしまう。そのような街が、なぜ世界一のハロウィンスポットになり得たのだろうか?
そもそも、ハロウィンとは古代アイルランドのケルト人が10月31日に行なっていたサウィン祭が起源だ。サウィン祭は一年の収穫を祝うケルト人の大晦日であるとともに、死者を供養する祭りだった。
10月31日は現世と来世の境界が薄くなる日といわれ、死者の魂が蘇り、さまよったのち家に帰ると信じられていたのだ。中世になるとケルト文化は衰退していくが、祖先を供養する心を継承するために、死者になりきって仮装したのがハロウィンの由来とされている。
ちなみにハロウィンといえばカボチャだが、もともとアイルランドではカブのランタンを作り死者を供養していた。しかし18〜19世紀にアイルランド人が移民としてアメリカに渡ったところ、カブがなかったためカボチャで代用して今のスタイルが定着した。
そんなハロウィンの歴史的背景も深い地で、“DERYY HALLOWEEN”がオフィシャルのイベントとして発足したのは北アイルランド紛争まっただ中の1980年代半ばのこと。1985年、あるパブのオーナーが仮装をドレスコードにしたハロウィンパーティーを企画した。社会が不安定な時代、人々は純粋に楽しい時間を求めていたのだ。
常連やその友人が仮装をして集まりパーティーは大盛り上がりとなったが、最中に爆破警報があり店から避難しなければならない事態となった。祭り気分が冷めやらない彼らは仮装をしたまま通りに出て他のパブへ移ると、ユーモアある装いの客の登場に場が盛り上がった。その宴が噂となり、翌年、他のパブでも仮装パーティーが行われるようになり、1987年には市が開催するオフィシャルなハロウィンイベントが始まった。
以降、来場者を増やし続け、いまでは米英の大手メディアも絶賛する注目イベントに。成功の鍵は、デリー市民がハロウィン仮装を心から楽しんでいるからだろう。プロのパフォーマーに負けない本気度で、市民が祭りを盛り上げる演者になっているのだ。仮装した女性に「デリーにとってハロウィンとは? 」という質問を投げかけると、誇らしそうにこう答えた。
「私たちにとって、ハロウィンは1年で最も大切な日なんです」
この街の10月31日は特別に長い
陽が暮れると、ハロウィンムードは最高潮に達する。壁画も建物もハロウィン仕様にライトアップされ、19時からはフォイル川沿いで目玉となるパレードがスタート。龍や蛇をかたどった巨大神輿が登場し、子供から大人までの仮装集団が踊り歩き、時おりとり憑かれたように雄叫びをあげる演者も現れた。ハロウィンにして、“WAKE UP TO CLIMATE CHANGE”というメッセージを掲げた集団が通るのはいまの時代ならではだ。
パレードが終わったあとは、花火が打ち上げられてフィナーレ。BGMにオアシスやピンクなどの誰もが知る名曲が流れ、すべての人がうっとりしながら花火を眺める時間は平和そのもの。そして、花火が終わるとみな三々五々に帰ったように見えたが実は違った。
21時前後に “DERYY HALLOWEEN 2019”が終演したあと、人々は仮装した格好のままパブやクラブに繰り出すのだ。別人を演じる一日をより長く味わいたいとばかりに、夜更けまでギネスやウイスキーを飲み、踊り、お喋りを楽しむ。ロンドンデリーの長いハロウィンが本当に終わるのは夜中の3〜4時だ。
明けて11月1日の朝10時。帰国前にもう一度街を散歩しようと外出して驚いたのが、昨夜の祭りがなかったかのように街が清掃され、すっかり日常に戻っていたこと。その切り替えの早さが、ハロウィンの夜をいっそう幻想的な記憶にしたのだった。
そんなハロウィンのおかげで、ロンドンデリーでの3泊はこれまでにはないユニークな旅として心に刻まれた。いつの日か再び、仮装をして顔面を緑に塗ったままアイリッシュウイスキーを飲んでみたいと思う。
2020年、人々はソファでハロウィンを楽しむ
例年どおりであれば、今ごろロンドンデリーの街はハロウィンの飾り付けで溢れかえっている。街の人々は何を着るかにアイデアを巡らせ、パレードの準備に忙しかっただろう。
しかし、世界が一変した2020年、彼らはいつもと違う方法でハロウィンを楽しもうと決めた。6月に改定版のプログラムが発表され、10月1日には規模縮小の花火大会の中止が発表された。今年もヨーロッパ最大のハロウィンが行われるはずだった街は、静けさに包まれる。
そんななか、“DERYY HALLOWEEN”の実行委員会はハロウィンを祝うためのさまざまなオンラインイベントを企画。死者のメイクアップ講座や音楽やダンスのライブ配信などが行われる予定だ。HPには、「直接ハロウィンに参加できなくても心では参加できる」と綴られ、こんな一文もあった。
「2021年に向けて面白いことを考えていきましょう!」
歴史ある城塞都市が魅せる幻のひとときは、今年も再来年以降も健在だろう。今週末は彼らの怪しい夜を覗いて、ハロウィン気分を味わってみては?
http://derryhalloween.com
https://www.visitderry.com
文・大石智子