カリフォルニアからウーバーが消える日
シリコンバレー支局 白石武志
ウーバーテクノロジーズとリフトの米ライドシェア2強がお膝元のカリフォルニア州で事業モデルの存続の危機に直面している。労働者保護に取り組む州政府が両社のサービスを担う運転手らを独立した個人事業主ではなく従業員として扱うよう求める訴えを起こしたためだ。雇用形態の変化を嫌う両社は住民立法によってルール自体を書き換える対抗策に動いている。
個人事業主扱いを問題視
「ウーバーとリフトは法律を破っている。我々はそれに歯止めをかけるつもりだ」。ネットを介して単発の仕事を請け負うギグワーカーらを保護する州法に違反したとして両社を訴えたカリフォルニア州政府側の主張は辛辣だ。ベセラ州司法長官らは声明で「彼らは国民にウソをつき、運転手にウソをついている」とまでこき下ろした。
州政府側はウーバーとリフトがサービスを担う運転手を従業員ではなく独立した個人事業主に分類することで最低賃金の保障を回避したり、失業保険や残業代などの負担を免れたりしてきたことを問題視している。アナリストの試算ではその額はウーバーの場合で年5億ドル(約530億円)超、リフトは年2億9000万ドルに上る。
新型コロナウイルスの感染拡大も両社への風当たりを強めた。トランプ米政権と連邦議会が3月に決めた約2兆ドルの経済対策は、失業保険に加入していないギグワーカーであっても失業給付を受けられるようにした。有権者の間では両社が本来負担すべきだった費用が納税者に転嫁されたとの不満がくすぶる。
州政府が訴えの根拠とした州法「AB5」は今年1月に施行したばかりの新しい法律だ。ライドシェアや料理宅配サービスなどの普及に伴って州内で100万人規模に膨らんだギグワーカーらの権利を守るため、企業がギグワーカーを個人事業主として分類するには「会社の通常業務の範囲外の仕事をしていること」など3つの条件を満たすことが必要だと定めた。
一審が争われたサンフランシスコの州上級裁判所は8月10日、州政府側の主張を受け入れ、ウーバーとリフトのライドシェアサービスは3条件を満たさないと結論付けた。両社に対し、10日後から運転手を従業員として扱うよう求める仮命令も出した。
自治体はサービス停止を懸念
数十万人とされる州内の運転手をわずか10日間で個人事業主から直接雇用の従業員に切り替えられるはずもない。リフトは8月20日に「本日午後11時59分をもって州内のライドシェア事業を停止する」と表明。ウーバー幹部も雇用形態の見直しには数カ月かかるとの見通しを示した。
慌てたのが州内の各自治体だ。住民の足や仕事が奪われ、新型コロナで傷ついた地域経済にさらなる打撃が加わるとの緊張が一気に高まった。サンノゼとサンディエゴの両市長は「ギグワーカーのほとんどがライドシェアの収入を失う」との声明を発表。二審を扱う州の控訴裁判所が20日に一審の仮命令について追加の猶予期間を与えたことで、両社のサービス停止は土壇場で回避された。
ギグワーカーを各社の従業員とすることで労働者としての権利を保障しようとする州政府の熱意は、空回りしている側面もある。個人事業主としてライドシェアサービスに従事する場合、時間や場所を自由に選べるというメリットもあるためだ。ウーバーによると州内の運転手の5人に4人は個人事業主として働くことを希望しているという。
落としどころ見えず
こうした声を政策決定に生かそうと、ウーバーとリフトは料理宅配大手の米ドアダッシュなどとともに住民立法によってギグワーカー保護のルールを修正する構えだ。11月3日の米大統領選の投票日に実施される州の住民投票で新たな法案を成立させることで、自社のサービスにAB5の規制が及ばなくすることを目指している。
ウーバーやリフトなどが成立を目指す「プロポジション22」と呼ぶ法案では、運転手に最低賃金を上回る収入を約束するなど、ギグワーカー保護にも配慮した。ウーバーによると州内のライドシェアサービスを担う運転手の72%がプロポジション22を支持しているという。
ただ、住民投票に先立つ10月には州政府との訴訟の二審が本格化する。規制当局を向こうに回した裁判でウーバーやリフトが形勢を逆転するのは難しいとみられている。控訴裁が一審と同様に運転手の雇用形態の見直しを命令する可能性もある。
ウーバーとリフトは16年から17年にかけてテキサス州オースティンで地元自治体の厳しい配車規制に反発し、サービスを約1年停止することで規制を撤廃させたこともある。リフトの広報担当者は「運転手の独立性と利益のために闘い続ける必要がある」と述べ、今回も一歩も引かない構えだ。対立の落としどころは見えず、カリフォルニア州からライドシェア車両が消える日が訪れかねない情勢が続いている。
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