<地球異変>風前の英石炭火力、再生エネルギー急成長

2020年8月13日 05時50分

英南東部・ブライトン沖で、巨大な風車で電気を生むランピオン洋上風力発電所=藤沢有哉撮影


 英国南東部・ブライトンの沖合15キロほど。乗船した小型ボートから、きらきら輝く風車群が見える。海底から延びる海面上の高さ約80メートルの支柱先端で、長さ55メートルの羽根3枚が風を受けて回っていた。(ロンドン・藤沢有哉、写真も)
 116基の風車を備えるランピオン洋上風力発電所は年間、約35万世帯分の使用量に相当する電気を生む。一方、発電時は二酸化炭素(CO2)を排出しないため、化石燃料と比べ約60万トン分の削減効果があるという。見学ツアーガイドのポール・ダイアーさん(56)は「洋上風力発電への関心の高まりでツアーは盛況。発電所は街の自慢さ」とほほ笑んだ。
 英政府はここ10年ほどで再生可能エネルギーによる発電を急増させた。国土が海で囲まれ、強風も吹くため、特に洋上風力に力を注ぐ。
 代わりに主要電源の地位を追われたのが石炭。石炭火力は19世紀終盤から産業、生活を支え、8年前も電源全体の4割を占めた。だが今年4月9日、新型コロナウイルス禍で経済活動が停滞すると、北アイルランド地方を除く英本土で石炭火力発電所が停止。67日間続いた後、整備のため一部が動いたが再び止まった。
 約140年前に石炭火力による発電が導入されてから、これほど長期に及ぶ停止は初めて。産業革命発祥の地、英国の工業化を支えた石炭を巡る記録的な事態を可能にした再生エネ発電への急速な転換は、なぜ起きたのか。英政府はどのように道筋をつけたのか、探る。

再生エネに英政府は積極投資

 英国での再生エネルギーの台頭は2009年、英政府が当時加盟していた欧州連合(EU)の指令で、20年までに総エネルギー消費量の15%を再生エネで賄うとの目標を示してから本格化した。その後も石炭火力発電所の24年秋までの全廃や、50年までの温室効果ガス排出量の実質ゼロ化などを掲げ、脱石炭を目指す。
 事業者を増やそうと、設定した売電額と市場価格との差額を補填ほてんする制度を創設。再生エネを促進する投資銀行もつくり、投資額34億ポンド(約4700億円)の半分近くを洋上風力関連に投下した。新規参入と技術開発が進み、政府は「5年以内に電源の2割が洋上風力になる」と見込む。

 英サセックス大のマシュー・ロックウッド上級講師(エネルギー政策)は「政府は温室効果ガスによる気候変動と化石燃料の枯渇への不安から、電源の転換に取り組んだ」と説明する。
 さらに、洋上風力の成功を評価しつつ「次は価格が下落した天然ガスの使用削減が課題」と指摘。目標達成には、電力以外に輸送分野などでも対策が必要だとして「電気自動車の普及で石油需要を抑え、暖房などで使うガスも減らさないと」と訴える。
 英政府は、コロナ禍で落ち込んだ経済を再生エネ産業の発展により回復させる施策を進める。7月下旬には、電気自動車の高性能化に向けた助成金など総額3億5000万ポンドの資金提供を公表。ジョンソン首相は「環境に配慮した再建を促進するには、変化を保つことが重要だ」と意気込んだ。(ロンドン・藤沢有哉)

「脱炭素」日本いまだ道遠く

 地球温暖化の原因となる二酸化炭素を大量に排出する石炭火力発電を巡り、先進国では将来的なゼロの方向が定着した。日本政府はようやく、段階的な廃止と再生可能エネルギー拡大に向けた検討を始めたが、石炭火力ゼロの道をまだ歩き出せない。
 資源が乏しい日本は、供給が安定的で安価な石炭に頼ってきた。発電量を電源別にみると、石炭火力は05年度以降、25%程度で推移。東京電力福島第一原発事故後は原発が停止した影響で存在感が増し、18年度は32%となった。
 こうした状況に、国際社会は厳しい。昨年12月のスペインで開かれた国連気候変動枠組み条約第25回会議(COP25)の会期中には、海外の環境団体から「化石賞」を2度贈られ、温暖化対策に「後ろ向きな国」と評された。
 洋上風力が急速に広まる欧州では、続々と石炭火力ゼロを打ち出している。産業革命の発祥地である英国は25年までに、ドイツでも38年までに石炭火力を廃止する方針を掲げる。

 日本は今年7月、重い腰を上げたばかりだ。梶山弘志経済産業相が30年度までに、非効率の石炭火力の段階的な休廃止方針を表明。発電所計140基のうち、旧型の約100基が対象となる。
 だが高効率の発電所の建設は進めるため、設備容量(最大電力)では4割程度の削減にとどまる。国際大の橘川武郎教授(エネルギー産業論)は「石炭をやめるということではない。高効率を増やす宣戦布告にも聞こえる」と指摘する。
 脱炭素の潮流に乗り切れない日本だが、梶山経産相は再生エネの導入加速に向け、送電線の利用ルールの見直しも同時に表明した。従来ルールでは石炭火力などが優先され、新規の再生エネが接続しにくい。
 国のエネルギー基本計画では、30年度に電源の26%を石炭火力に頼るという。福島事故前の水準に戻る見込みがない原発再稼働も当てにした計画は、現実から大きくかけ離れている。梶山発言は政策転換の節目となるのか。新たな指針となる基本計画の見直しは、21年から始まる予定だ。(小川慎一)


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