「牛にできることは牛に」 農地を守る切り札 放牧に注目集まる

こんな傾斜地でも放牧できる。斜度35度まで可能という=令和元年、宮崎県日之影町(梨木守さん提供)
こんな傾斜地でも放牧できる。斜度35度まで可能という=令和元年、宮崎県日之影町(梨木守さん提供)

牛の放牧が耕作放棄地を救う-。人口減少・高齢化で農業の担い手が減る中、中山間地域を中心に増える耕作放棄地を農地のまま維持する切り札として、放牧が注目されている。低コスト・軽労働で、棚田や傾斜地でもでき、餌の用意もふん尿の処理も不要。牛の健康にもよいと、メリットが多いという。専門家は「牛にできることは牛にさせる。人間の働き方改革にもかなっている」と話す。

わが国の放牧は繁殖用の黒毛和牛が中心で、農林水産省によると平成30年時点で北海道をはじめ全国で40万5千頭。これは乳牛と繁殖用肉牛の21%にあたる。

一方、耕作放棄地は27年時点で山梨県の面積に迫る4230平方キロ。耕作放棄地での放牧は30年ほど前、水田や畑、桑や茶畑、果樹園の跡などで始まり、30年時点で3158カ所、福島・猪苗代湖の面積とほぼ同じ計101平方キロで行われている。

欠点「あまりない」

「放牧のデメリットは何かと聞かれれば、『あまりない』と答えています」

一般社団法人、日本草地畜産種子協会(東京)の放牧アドバイザー、梨木守さん(67)は断言する。

放牧は世界中で一般的に見られる牛の飼い方だが、国内の畜産農家は所有地が狭いこともあり、牛は長年牛舎で飼われてきた。「放牧は古い飼い方だ」と、畜産農家でさえ利点がよく理解されていないという。

放牧は牛の健康のためにもなり、長期にわたり妊娠しない牛12頭を牛舎飼いから放牧に切り替えたところ、11頭が妊娠したとのデータもある。しかし、現実には近年の子牛価格の高止まりで、畜産農家からは「海外産の餌を買って牛舎で増やしたほうが効率がよい」と言われるという。

牛のいる風景

他の課題としては、耕作放棄地が点在していてまとまった土地の確保が難しいことや、ふん尿のにおいなどから地域の理解が得られにくいことが挙げられる。

実際には、適正に放牧しているところを住民に見せることで、理解が得られることも少なくないといい、「牛がいることで、子供たちも喜ぶし、地域の特色にもなる」と梨木さん。牛に限らず、長野市信州新町では平成29年、国道19号に近い市有地で地元の特産である羊の放牧を始めた。「めん羊(よう)ふれあい広場」という名称で、見学もできる。

梨木さんは今月7日、農水省の土地利用に関する検討会で、耕作放棄地を農地のまま維持する方策の一つとして放牧の現状と課題を紹介。委員の一人で岩手大の広田純一名誉教授は「梨木さんの報告で具体的な方策が出ているのだから、各都道府県で『モデル放牧』を行うなど、国の施策に生かすべきだ」と述べた。

梨木さんは「実際に取り組む農家は、牛ができることは牛にさせることで作業時間を抑え、しっかり所得を得ている」と指摘。その上で「国土保全や景観管理をはじめ、昨今の働き方改革や人手不足の問題、コスト面など、トータルで考えると放牧は非常に理にかなっている」と話す。

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