現代女性が強く共感 映画『ドリーム』黒人女性3人組の葛藤と幸せ

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『ドリーム』(原題:Hidden Figures)が29日から日本公開となった。原作はマーゴット・リー・シェタリーの小説『Hidden Figures』で、NASAの実在の職員キャサリン・ジョンソン(タラジ・P・ヘンソン)、ドロシー・ヴォーン(オクタビア・スペンサー)、メアリー・ジャクソン(ジャネル・モネイ)の3人の黒人女性の活躍と葛藤を描いた伝記的映画だ。

 今年2月の第89回アカデミー賞では『ラ・ラ・ランド』を前にかすんでしまった感があるが、ノミネート作品のなかでの興行成績はトップで、批評家からの評価も高かった。第23回全米映画俳優組合賞のキャスト賞を受賞している。

 公開から半年以上経つ今も、多くの現代女性たちから共感の声が寄せられているのはなぜなのか。

◆マーキュリー計画成功の立役者
 ときは1960年代はじめ。冷戦真只中、ソ連と宇宙進出を激しく競っていたアメリカは、NASA(アメリカ航空宇宙局)に少しでも優秀な「人間コンピュータ」を引き入れるために、黒人女性の採用を始める。しかし、舞台となるラングレー研究所があるヴァージニア州はまだ人種差別的なジム・クロウ法が有効な時代。建物の入り口やトイレなどが黒人と有色人種とで分けられていた。

 そんななか、天才的な計算手であるキャサリンは白人男性ばかりのスペシャル・タスク・グループに大抜擢されるが、そこでは完全無視か執拗な嫌がらせという待遇を受ける。黒人女性計算手たちをまとめるドロシーは、スーパーバイザーへの昇格と(同地位の白人女性との)同一賃金を求めるが却下され、メアリーは黒人女性というだけでエンジニアへの道が閉ざされたかのように見える。

 やがて有人宇宙飛行計画であるマーキュリー計画に携わり、宇宙飛行士ジョン・グレンやスペシャル・タスク・グループ責任者であるアル・ハリソン(ケビン・コスナー)がキャサリンの才能に絶大な信頼を寄せるようになる。ドロシーやメアリーもそれぞれに道を切り開いていく。

 史実と異なるドラマティックな脚色もいくつかあるようだが、それでもハリソンが「カラード(有色人種用)」というトイレのサインをハンマーで打ち壊し「おしっこの色はみな同じだ」というシーンや、昇進したドロシーに、これまで一方的にファースト・ネームで呼びかけてきた上司のヴィヴィアン・ミッチェル(キルスティン・ダンスト)が初めて対等に「ミセス・ヴォーン」と語りかけるシーンは感動的だ。

◆多くの理系女子やマイノリティ女性が共感
 本作が黒人の歴史と苦悩を描く他の映画と異なるのは、公民権運動や時代の移り変わりはあくまでも背景であって、3人の女性のキャリアと生活に焦点が当てられている点だ。職場での男性からのいやがらせや家庭との両立などは現代女性にも十分あてはまる問題であり、それが多くの共感を呼んだ理由だろう。

 本作に感化された18歳の女子学生は、主演の一人のオクタビア・スペンサーが映画館を買い上げ、一人親家庭の子供たちを映画に招待したことを知り、自分も女の子を3人映画館に連れて行こうと考えた。ツイートでその考えを表明し、もっと多くの女の子を連れて行けるように半ば冗談でカンパを募ると、彼女のPayPalには24時間で千ポンドが集まったという。最終的に6千ポンド以上が彼女の元に集まり、ロンドン中の17の学校から黒人少女を映画鑑賞イベントに招待することができた。

 イベントには10人の黒人女性科学者も参加。発端の学生は現在、少女たちがSTEM (サイエンス・テクノロジー・エンジニアリング・マセマティックス:男女の不均衡が問題視されている分野)で活躍できる道を模索中だという(ハック誌)。

 また、映画前半ではシングルマザーであるキャサリンも、キャリア面での苦労を重ねながらも最後には仕事と家庭の両方で幸せを手に入れる。現代社会は仕事を持つ女性に「両立できるのか」「子供をあきらめるのか」との二者択一を迫りがちだが、主人公の女性たちがみな幸せな家庭生活を送っている点も現代女性たちに広く受けたようだ。

◆隠されていたわけではない
 ラングレー研究所のあるハンプトンで育った著者のシェタリーは、キャサリン・ジョンソンの事は幼い頃から知りながらも、そのアメリカ史におけるインパクトを知ったのは近年のことだという。「オーマイゴッド、今耳にしたこの話は何?」と、引退した研究科学者である父が数年前、何気なくジョンソン氏の功績に触れたとき思ったと、ニューヨーク・タイムズ紙に語っている。次に浮かんだ疑問は「なぜ今までこの話を聞いた事がなかったのか」だった。

 これについてはNASAもホームページで質問に答えている。それによると、NASAは3人について隠してきたわけではなく、「ほかのNASA職員の多くの偉大な物語と同じように、(彼女たちの)物語も何年も語り続けていました。実際、著者のマーゴット・リー・シェタリーも、タイトルは『少し不適切だった』と認めています。物語の中心の女性たちは気づかれなかった(unseen)だけで、隠されていた(hidden)わけではありません」と言う。

 史実に基づいた3人の伝記はスミソニアン博物館の公式ジャーナルなどで特集されている。

Text by モーゲンスタン陽子