「デブは採用しない」は差別?容姿で判断することの背景と是非

2022年10月8日
全体に公開

太っている人は「仕事できない確率が高い」「権利主張が激しい」ため、採用しないようにするべきーーそんな発言で問題視されているのは、健康な食事を売りにする冷凍宅配弁当を製造するベンチャー企業のナッシュ(週刊文春 2022)。

表向きではないとはいえ、社内のコミュニケーションにおいて発言した採用方針が、差別的で不適切なのではないかと、批判の声が挙がっています。

一方で、体型や人種などの容姿は、会社の雰囲気や文化に合うかどうかを判断する上で、重要だという意見もあります。

今回は、容姿から受け取る情報がどのような影響を及ぼしているのか、その情報を判断基準に含めることが差別になりうるのか、考えていきたいと思います。

「太っている人」とステレオタイプ

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容姿にかかわるさまざまな情報をどのように受け取っているのか。これを明らかにするため、多くの研究がなされてきました。今回は、問題となった「体型」に着目してみます。

例えば、BMIが高い(太っていると判断されやすい)ほど、「だらしがない」、自己コントロールが欠如している、という印象が持たれていることが明らかになっています(佐名ら 2014)。

また、肥満の有無がその人の仕事の評価に与える影響を調査した研究では、肥満の女性は仕事やリーダーとしての適正が低く評価され、これが初任給や役職に影響を与えることが指摘されています(O'Brien et al 2012)。

太っていることを笑いの対象にするような漫才や、太っているキャラクターに対する「わがまま」「頑固」などのステレオタイプを押し付けたようなアニメ・映画作品も少なくありません。日頃からメディアを通じて受け取っている情報が、私たちの脳にインプットされ、イメージを構築しています。

(もちろん、これは時代や文化などによっても異なります。太っている人の方が、富を得て成功している能力者である、などの逆のステレオタイプが存在する地域もあります。)

残念ながら、日本におけるこのようなネガティブなイメージが、差別的な発言や対応につながっていることも少なくはありません。なぜこのようなイメージが形成されているのか、それに基づいた評価がどのような問題を生んでいるのか、傾向と実態をみていきたいと思います。

体型で判断することの問題

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肥満は世界中で蔓延している健康問題、かつ社会的な問題です。1980年から2013年の期間で調査を行ったNg et al. (2014)は、世界の肥満や過体重にあたる人の割合は増加しており、減少に成功した国がないことを指摘しています。その背景には、高カロリーの現代食の増加や、経済的理由、健康に関する教育の欠如などの社会的で構造的な問題はもちろんのこと、病気や遺伝などの個人的理由も存在します。そんな中、太っていることが自己管理の責任問題として捉えられ、性格や能力を判断する材料として用いられていることが問題となっています。 

アメリカでは、体重による差別を受けた人の割合が近年で7割近く増加しており(Andreyeva, Puhl & Brownell 2008)、その現場は雇用場面や教育現場を含め(Puhl & Heuer 2009)、いじめの対象にもなっている(Puhl, Luedicke, & Heuer 2011)ことが明らかになっています。

肥満が社会問題として認識されるようになってきた日本でも同様の課題が増えてくるのではないかと佐名ら(2014)が懸念を示した通り、今回のニュースは、まさにこの「差別」とも考えられる「容姿による決めつけ」によるものだと考えます。

上記で取り上げたような社会的、能力的なイメージを支える一定のエビデンスは存在しています。勤勉性が高い人ほど健康状態を良好に保つための規律的な行動をとり、逆に勤勉性が低い人はBMIが高い傾向にあることなど(吉野ら 2020)は、アメリカだけでなく日本でも確認されてきました。

しかし、このような統計的なデータを踏まえて、肥満状態に対する評価を一般化し、評価することは、不適切であると考えられています。個人の能力と状況は様々です。個人の能力が、平均を示しているエビデンスとの関わりがあることは、証明できません。「あらゆる人々に共通の規範とされていくことで、そこから外れた肥満に対する偏見や差別が助長される」(碇 2021)と指摘がされているように、統計データを個別の場面で扱うことには厳重な注意が必要です。

つまり、「太っている人は自己管理ができない傾向にある。だから、採用しない」というのは、正当性があると認められないのです。

差別とは、「特定の集団や属性を理由に、正当性なく、ある個人を特別に扱うこと」です。したがって、今回の「肥満傾向にある人を採用しない」という発言とポリシーは、差別的であるといえるといえます。

体型で人を判断しないために

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これまでは、個人の責任として体重管理と自己コントロールをすることが評価されてきたことから、その流れに合わせられない人の印象が悪くなってしまう状況が続いていました。また、メディアを通じて構築された「太っている人」に対するネガティブ・ステレオタイプも、対人関係に影響を及ぼしてきました。

しかし、ありのままの体型を評価し受け入れることを大事にする「ボディ・ポジティブ」という概念も、少しずつ認知されてきています。メディアがステレオタイプの構築に与える影響も、認識されるようになってきました。広告や映像作品に登場する人物が、固定のイメージを助長することにならないようにするためのガイドラインや意識も増えてきています。

私たちにできることは、これまでのイメージや、実体験やエビデンスに基づく統計的データに惑わされずに、個人と向き合って理解をしていくことです。人種やジェンダーの問題においても同様のことが言えますが、視覚情報に強く依存している私たちにとって、これは簡単なことではありません。また、より多くの時間と労力を要します。

最近では、採用者による偏見と差別を低減するために、履歴書における写真を不要としたり、性別の記載をなくしたりするなどの対応も増えてきています。

偏見や差別的だと判断される人や企業に対する評価が厳しくなっている中ですが、社会的制裁を避けるためだけでなく、多様な容姿や属性の人が対等で生きやすい社会を目指すために、それぞれの現場で意識を高めていけると望ましいと感じています。

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多様性が組織にもたらす"メリット"については、ぜひこちらの記事もご覧ください。

「多様性がもたらす"メリット"」:https://newspicks.com/topics/diversity/posts/14

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【参考文献】

碇陽子(2021)「肥満をなくすことと肥満差別をなくすことは大きく意味が違う」明治大学, https://www.meiji.net/life/vol346_yoko-ikari, 2022年10月7日閲覧

佐名龍太, 五十嵐祐(2014)体型情報の変化が対人印象評定に及ぼす影響, 名古屋大学大学院教育発達科学研究科紀要, 61巻, 47-56

週刊文春(2022)「〈チャット入手〉NHKも紹介した宅食ベンチャー・ナッシュ取締役『デブの人は採用しないように』『権利主張が激しい』」https://news.yahoo.co.jp/articles/e0e45b1a7145b6d82cf01e2fcbacef49ab0f9e75,  2022年10月7日閲覧

吉野伸哉, 小塩真司(2020)日本におけるBig Fiveパーソナリティ特性とBMIの関連, 心理学研究, 91巻4号, 267-273

Andreyeva, T., Puhl, R. M., & Brownell, K. D. (2008) Changes in perceived weight discrimination among Americans, 1995–1996 through 2004-2006. Obesity, 16, 1129-1134

Ng, M., Fleming, T., Robinson, M., Thomson, B., Graetz, N., Margono, C., ... & Gupta, R. (2014). Global, regional, and national prevalence of overweight and obesity in children and adults during 1980-2013: a systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2013. The Lancet.

O'Brien, K., Latner, J. D., Ebneter, D., Hunter, J. (2012) Obesity discrimination: The role of physical appearance, personal ideology, and anti-fat prejudice, International Journal of Obesity, 37(3), 455-460

Puhl, R. M., & Heuer, C. A. (2009) The stigma of obesity: a review and update. Obesity, 17, 941-964

Puhl, R. M., Luedicke, J., & Heuer, C. (2011) Weight-based victimization toward overweight adolescents: Observations and reactions of peers. Journal of School Health, 81, 696-703

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