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【堀内勉】なぜ、ファイナンスに哲学が求められるのか
NP Community Team
堀内 勉多摩大学大学院 特任教授
この本は半年位前に出版するつもりで書き始めたのですが、大変な課題に挑んでしまったために、一時は執筆するより参考文献を読むのに時間を取られてしまい、大幅に遅れてしまいました。 現在、プロピッカーの渋澤健さんを始めとしたビジネスマンや、哲学、脳科学、動物行動学の先生達と、資本主義研究会という勉強会兼公開講演会を定期的に開催しています。https://www.facebook.com/資本主義の教養学資本主義研究会-508573535925856/?ref=ts&fref=ts この中で、「資本主義は人間の本性にかなっているのか?」という大きな問題に取り組んでいて、まだ結論には至っていないのですが、個人的には人間の成長意欲、言語を通じた未来を見通そうとする性向といった人間の本性は、資本主義という資本による無限の成長運動と相性が良いのではないかと思っています。そして、一長一短はありながらも、資本主義というシステムはやはり人間にとって必要なものなのではないか・・・勿論、使い方を誤らなければ・・・と思っています。 経済学者の中には、「ご飯は沢山食べればお腹が一杯になるが、お金は幾ら溜め込んでも一杯にならない」とか、「人間の金銭に対する欲望には限りがない」と言う方がいますが、私は人間の金銭欲には限りがあるように思います。そして、限りがないのは人間の成長意欲であって、昨日より今日、今日より明日をより良くして行きたいという人間の欲望(希望)には限りがないように思います。つまり、人間の成長意欲を量的成長から質的成長に読み替える所に、ブレークスルーがあるのではないかと。 本書の内容については、明後日の18時から六本木の国際文化会館において、資本主義研究会の「資本主義の教養学」公開講座で発表させて頂きます。ご関心のある方は、下記のピープルフォーカスコンサルティングのホームページよりお申込み下さい。http://www.peoplefocus.co.jp/seminar/shihonshugi/
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日本会議とは"ニッポンのオッサン会議"だ〜菅野完氏がメディアの報道に指摘 - BLOGOS編集部
BLOGOS - 最新記事
堀内 勉多摩大学大学院 特任教授
このプレスコンファレンスを実際に聞きに行きました。菅野氏に対しては色々な話があって、とても中立的な話は聞けないかなと思っていましたが、この記事からは分からないくらい面白い議論になっていました。 菅野氏のポイントは、日本会議というのに何か積極的な主張がある訳ではなく、敗戦によって左翼化した日本をその呪縛から解放しようという、ある意味で受け身な活動で、その根底には日本人が歴史的に勝ち取ってきた訳ではない人権に対する意識の低さがあるというものです。 多分、短く言えば、べき論はもうどうでも良いから、自分の感性だけに忠実に生きたい、つまり、人権とかそういった西欧的な建前にはもう疲れたから、「女子供は黙っていろ」といったおっさん的な感性に従って本音で生きたいという感じなのだと思います。 コンファレンスでの議論の中でも出たのですが、こういった感覚は、中東におけるISの問題やヨーロッパでの移民排斥運動だけでなく、アメリカにおけるトランプ現象、イギリスにおけるBrexitなど、世界で起きていること全てに共通する動きではないかと思います。 1時間半があっと言う間に過ぎてしまいましたが、質疑応答の中で特に興味深かったのが、そうは言っても日本会議には櫻井よしことか山谷えりことか女性の幹部も多いではないか、これは日本会議の主張(だと菅野氏が言っていること)と違うではないかという会場からの質問に対して、菅野氏が、差別・被差別という構図の中では、マイノリティの一部に「マジョリティが望むようなあるべきマイノリティの姿」というのを体現しようとする者が、必ず出現するのだと答えていたことです。 今の世界の状況を見ていると、人類が長い歴史と戦いの中で時間をかけて積み上げてきた「普遍的な価値観」が、身も蓋もない本音の議論によって、ちゃぶ台返しで全てひっくり返ってしまうような危うさを感じます。
【映画評】帰ってきたヒトラー
アゴラ 言論プラットフォーム
堀内 勉多摩大学大学院 特任教授
この映画の解説を読んで、ハンナ・アーレントの『イェルサレムのアイヒマン──悪の陳腐さについての報告』を思い出しました。 これは、アーレントが1961年4月11日にエルサレムで始まったアドルフ・アイヒマンの公開裁判を全て傍聴し、それを1963年に『ザ・ニューヨーカー』に連載した、アイヒマンの死刑が執行されるまでを記した裁判記録です。 この裁判で、アイヒマンがふてぶてしい大悪人であると予想していた人々は、実際は彼が小役人的な凡人であったことに大変戸惑うことになります。アイヒマンはドイツによるユダヤ人迫害について「大変遺憾に思う」と述べたものの、自分自身の行為については「命令に従っただけ」として、無罪を主張しました。 アーレントはこの本の中で、アイヒマンを極悪人として描くのではなく、極普通の小心者で取るに足らない役人に過ぎなかったと描き、この凡庸さを、「底知れない程度の低さ、どぶからうまれでた何か、およそ深さなどまったくない何か」と表現しました。そして、むしろユダヤ人でさえもユダヤ人ゲットーの評議会指導者のように、ホロコーストへの責任を負う者さえいたとまで指摘しました。 この本の出版で、自らが属するユダヤ人社会から激しく糾弾され、排斥されたアーレントですが、親衛隊中佐だったアイヒマンが、当時のドイツには何処にでもいそうな陳腐な人間として描かれ、与えられた仕事を淡々とこなす陳腐な役人が大虐殺に加担して行くプロセスを描き出したことは、人間性の素晴らしさを信じてきた西欧の知識人にとっては、アーレントのこの指摘が非常に困惑すべき事態だったということです。 この『帰ってきたヒットラー』は必ず見に行こうと思います。
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The Narcissist
The Atlantic
堀内 勉多摩大学大学院 特任教授
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東京のタクシー初乗り 距離短縮で400円台へ
NHKニュース
クリントンがトランプと同じだけ嫌われる理由
The New York Times
【速報】民泊ビジネス終了か?「民泊180日以下」で閣議決定
民泊専門メディア Airstair
40代の「時間の使い方」が人生最大の分かれ道! 定年退職者の後悔が集中する理由 - 40代を後悔しない50のリスト【時間編】
Diamond Online
堀内 勉多摩大学大学院 特任教授
ここに書いてあるのは、今ベストセラーになっている、『ハーバードの人生が変わる東洋哲学 悩めるエリートを熱狂させた超人気講義』で指摘されていることと共通点が多いです。 マイケル・ピュエット教授の講義のポイントは、孔子の説く「礼」の大切さで、短く言うと、我々はピューリタン的な「正しさ」とか「真実」とかに囚われ、「本当の自分」というのがあるかのように思い込んでいるが、その発想自体が自分を狭い枠の中に閉じ込める原因になっているということです。そして、「礼」という日々の習慣を積み上げることで、その狭い世界に閉じ込められていた自分の可能性を解き放つことができ、それが「仁」という善性を身に付ける道につながるのだということを言っています。 ピュエット教授は、東京大学東洋文化研究所の中島隆博教授と交流があるそうですが、中島教授が説くのも、正にこのプラクシス(実践、行動)の重要性で、観念的な善悪や感情的な好悪ではなく、日々の細かい行動の積み上げが自分を形作るのだということです。つまり、頭で考えた「正しさ」ではなく、自分の人生の中から積み上げられてきた「正しさ」を身に付けるべきことを説いている訳です。 大前研一氏が言う、「人間が変わる方法は三つしかない。・・・どれか一つだけ選ぶとしたら、時間配分を変えることが最も効果的だ」も、美食家のブリア・サヴァランが言う、「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人間であるかを言いあててみせよう」も皆同じことで、煎じ詰めれば、「あなたをあなたたらしめているのは、あなた自身の一瞬一瞬の行いであり、立ち振る舞いである」ということなのです。
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