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人口急減「他国も続く」 マスク氏、日本の現状言及
共同通信
【脱成長 vs 資本主義】斎藤幸平 × 井上智洋
NewsPicks
仙波 良真社会思想家(社会学理論専攻)
なぜ資本主義は環境に負荷をかけるのか。そもそも、本来の資本主義は環境に負荷をかけるものではなかった。 社会学者マックスウェーバーの主張を引用しよう。 彼は「なぜ資本主義はこれほど普及してきたのか」という問いに対しキリスト教のプロテスタントの考え方「予定説」「職業的使命感」「世俗内的禁欲」があったからだと主張している。 予定説とは「あなたは生まれた瞬間に神によって天国行きか地獄行きか決められている」という思想だ。これにより、「よし、何やっても運命は変えられないのだから何やってもいいじゃないか。稼げるだけ稼ごう」と思い、労働に従事するようになる。 職業的使命感とは、「職業は神から与えられたプレゼントで、その人に適切なものだ」という思想だ。これにより、人々は生き生きと働きだす。 世俗内的禁欲とは、無駄遣いをせず合理的な生活をする思想だ。これにより、人々は必要以上の消費をしなくなる。ただし、必要とされるものには投資を惜しまない。 これら3つの宗教的要素、つまり、精神によってかつての資本主義は発展してきた。斎藤の言う「無駄遣い」「環境のことを気にせず自由に成長する」という社会的行為は本来の(プロテスタント精神に基づく)資本主義では行われない。本来であれば、生き生きとして稼いだお金をためて、真に(宗教的に)価値のあるものにお金を使用するはずである。つまり、無駄遣いを極限までなくし、環境への投資を惜しまないのである。 しかしながら、変化が訪れた。ウェーバー曰く「世界の脱呪術化」である。つまり、近代になったことで合理主義が進みすぎ、宗教色が薄れていく現状が見られたのである。これにより、資本主義はプロテスタントという宗教と切り離され、暴走してしまうようになった。お金のためにお金を稼ぐという変なことになってしまったのだ。 なぜ、近代の資本主義は環境に負荷をかけやすいのかと言えば、根本的な問題は精神であると私は考える。社会学者ウルリッヒベックは第二の近代に突入した現代では、これまで続いていたことに対して根本的に疑うようになり、転職などで非常に活発な活動が行われるようになり、人々が組織から守られなくなったという。これによって人々の心も危機に瀕しているのではないか。即効性のない提案だが、宗教の代わりになりえて人々の心を支えるなにかが必要なのかもしれない。
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「日本人の給料はこれからも上がりそうにない」と英経済紙が考える理由
クーリエ・ジャポン
仙波 良真社会思想家(社会学理論専攻)
そもそも安倍政権は賃上げを目標に経済政策をしていたのではない。安倍政権のブレーンだった(経済政策についてアドバイスをした)数量政策学者の高橋洋一によれば、経済政策は「失業率低下」のみのために行っていたという。これはインフレターゲットを達成することで完全失業率を2%半ば(どうしても転職などで失業は出る)に下げる政策を行っていた。政府はこれが最大の目標であり、ほかの賃上げは「ついで」でしかないのだ。この点は必ず押さえておくべきだ。エコノミストもこの点は誤解をし、とても間違える。 この失業率が最大限まで下がったことは、最大の目標が達成されたことで「アベノミクスが成功した」と言ってよい(ミクロ経済政策の規制緩和はあまり進まなかったが・・・)。しかし、マクロ経済学者からも「安倍政権の2回にわたる増税はまずかった」という。安倍の擁護をすると、増税は民主党時代に法律によって(衆議院解散と取引で)制定されてしまった。一度制定された法律はかなり変えることがかなりかなり難しい(ガソリン税トリガー条項や東日本大震災復興増税などが例に挙げられる)。安倍は全力で引き延ばすなどして対抗したが、日本最強の組織にはやはり勝てなかったのである。総理大臣はやはり弱いのだ。 マクロ経済学としては金融緩和を中心とし、財政出動を効果が出るまでのつなぎとし、ミクロ経済で規制緩和をするというのが有効だろう。ちなみに「分配の構造」は政治学の領域である(おそらくw)。 さて、この頃の岸田政権だが経済音痴なのではないかとささやかれているようだ。ばらまくと言いつつも増税する気がひしひしと伝わってくる(課税すると言ったりひっこめたりしているだろ)。それではばらまいたお金をすぐに吸収してしまっては経済成長にほとんど影響しない。財政政策も菅政権で出したお金を自分の手柄として発表している(メディアが勝手にしているのかもしれないが)。こんな人がマクロ経済学に見識のある人を日銀総裁にできるのか。 非常に不安な現状であると私は考えている。
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【中学受験の選択】茂木健一郎 vs 富永雄輔
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仙波 良真社会思想家(社会学理論専攻)
良い悪いは抜きにして、茂木先生は国家単位のマクロな視点から主張をし、富永さんは教育界のミクロな視点から主張していたように感じる。しかし、どちらも長期的な視点での議論であったことは共通しているだろう。まとめると、おそらく茂木先生は「大多数の学校が偏差値という凝り固まった思想ではいけない。もっと多様な教育システムを構築すべきだ」と言い、「教育界には希望がある。現状には偏差値や凝り固まった思想がはびこっていることは否定できないが、多様性や選択肢の拡大の思想や教育方針が出てきている」と言っていたような気がする。そして、お互いに共通しており、重要な点は「親や子がどれだけ長期的な視点を持てるかどうか」であろう。子供が多様で質の高い経験を行い、受験を「人生のうちの一握り」という視点を持つことがこの議論で最も必要なことである。ただ単に「すごい中学に行けば人生勝ち組」というような単純で浅はかな思考ではいけないということであろう。 ちなみに補足をしておくが、トップアスリートになった人は、子供のころに様々な分野に手を伸ばし、多様な経験を積んでおり、その後に好きなものに集中してきたという傾向がある(『RANGE(レンジ)知識の「幅」が最強の武器になる』エプスタイン)。つまり、今回の議論で登場した「多様性」が日本の教育のカギになるのかもしれない。
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【落合陽一】DXの本質
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仙波 良真社会思想家(社会学理論専攻)
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