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【結論】苦しい挫折の経験が、自分の世界を広げてくれた
NewsPicks編集部
樋口 耕太郎トリニティ株式会社 代表取締役社長
2004年の7月、私が39歳の夏、ホテル再生の目的で沖縄に赴いたばかりの週、那覇市松山の繁華街のあるお店に初めて訪れた時、そこにたまたま居合わせた初対面のウチナーンチュのおじいさんにこう言われたんです。 「樋口さん、いろいろと頑張ってるみたいだけど、人間が大きく成功するためには、3つの失敗を経験しなきゃいかん。男の失敗と、女の失敗と、仕事の失敗だ。ハハハ・・・」 飲みの席の他愛のない話と片付けることもできたんですけれど、私はその時、「あ、ボクは沖縄で、3つとも経験することになるんだな」と、ちょっと直感めいたものを感じたことを覚えています。 不思議とそれは恐れの感情ではなく、確信めいた納得感というか、当然の運命を聞いた穏やかさというか、そして、正直にいえば、少しだけワクワクした感覚も混じっていたと思います。 そこからの1年弱に起こった一連の出来事が、私の人生を完全に変えてしまいました。 生涯一緒に仕事をしようと誓ったパートナーから解雇され、一生を共にすると思っていた家族と別れ、人生をかけて日本の金融市場を変えていくんだ、と熱く信じていた仕事のすべてを奪われました。 でも、今振り返ると、それは、私の人生に起こった最高の出来事でした。 人生は、進行方向に進んでいる時、何が得なのか、何が損なのか、その出来事の意味はなんなのか、決して理解し得ないようにできているようです。人生の本当の意味は、振り返った時にしかわからない。 最悪だと思ったことが、人生を救ったり、最高の選択だと思ったものが、落とし穴だったり・・・。 目の前の選択肢が、どちらが得なのか、どちらが正解なのか、事前には絶対にわからないとしたら、私たちは、何を基準に物事を選択するべきでしょうか? そこには愛しか残らない、というのが私の結論でした。 3連載、お読みいただきありがとうございました。
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【実体験】事業再生に「ティール組織」を導入してみた
NewsPicks編集部
樋口 耕太郎トリニティ株式会社 代表取締役社長
樋口耕太郎です。どなたかのお役に立つかと思い、重要なことを補足させてください。 私が沖縄のサンマリーナホテルを「ティール組織」で再生したのは、2004年から2005年にかけて。フレデリック・ラルーがティール組織の概念をまとめたのが2014年ですので、それより10年くらい前の話です。もちろん私はティールの概念も、そんなことが社会に存在し得るということも知りませんでした。 「愛の経営」には、理論も前例も存在しませんので、私が参考にしたものもほとんどありませんでした。ですから、好むと好まざるとに関わらず、私に残された唯一の選択肢は、自分の直感に従って、心が「これだ!」と思うものを、大量の試行錯誤を通じて実行していくことだけでした。 そのときに起こった、本当にたくさんのことを振り返り、そこから本質と思われるものを抽出して言語化すると、結果として、「このようなことが起こった」と後付けで説明できているだけなのです。 その体験から得た私の感覚ですが、ティール組織という概念は、おそらくノウハウではありませんし、再生のルールでもありませんし、ひょっとしたら経営の本質とも違うと思います。 これまでの組織の変化と、最近の「革新的」かつ人間的な経営方針が、発達心理学の理論と重なることに気がついたラルーが、「人間の意識の進化」というメッセージ性の強い枠組みを使って、過去と現在の「組織の進化」を、ある意味後づけで説明している、ということではないかと(私は)捉えています。 ですから、「ティールを目指そう」「再生の方法を学ぼう」という感覚で、この概念を捉えると、人を自由にするはずの概念を使って、人を閉じ込めてしまうことになるかもしれません。 人間を大切にすることがティールの本質であるならば、「いま、目の前にいる人を、本当の意味で大切にするとは、自分にとってどういう意味だろう?」 それを何度も問いながら、自分を愛するということ、他人を愛するということの意味を自分で形にしていく。 その結果、自分(経営者)の人間力の水準まで、組織が進化することになるでしょう。その様子が、後から理論として言語で説明される、ということだと思います。 ティールとは、経営者の生き方そのものであり、自分の感情、他人の感情に、恐れず向き合い続ける姿勢そのものなのだと思います。明日はこれがテーマです。
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