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【恒大危機】それでも中国不動産バブルは続く
NewsPicks編集部
塩崎 悠輝静岡県立大学国際関係学部 准教授
今の中国の経済政策の基本は、「国進民退」です。つまり、企業の国有化を進め、民営企業の事業を取り上げる、というものです。  アリババ傘下の金融大手アントもそうだし、滴滴もそうなりそうですが、中国政府のやり方は、民間の大企業を丸ごと国有化するというのではなく、事業を引き剥がして、分割して、国有企業や地方政府所有の企業で山分けする、というものです。  恒大の処理策もそうなりそうで、恒大の事業は、国有企業や地方政府所有の企業で分割して、買収されることになりそうです。 「広東省政府は広州越秀集団に恒大が香港湾仔に持つ香港本部ビル(中国恒大センター)を買収するように要請している。越秀集団は金融、不動産、交通インフラ、食品などに渉る多様なビジネスを行っている国有企業」 https://news.yahoo.co.jp/articles/a80aab2ee4993135193fe4232351f18ad4f9d504?page=2 一種の公的資金注入ですが、恒大という企業を救う訳ではなく、経営陣だけではなく、従業員も多くは職を失うでしょう。  他の産業と同様に、民営不動産企業の事業が国有企業や地方政府の企業に吸収されようとしています。目論見としては、国有化することで、コントロールできるようになり、信用不安も避けられる、ということでしょう。  習近平政権は、不動産価格、特に住宅価格が高騰することは望ましくない、と考えています。信用不安から不良債権が膨張するような急激な下落は避けて、緩やかな下落、くらいにコントロールしたいのでしょう。  それだけのことができるなら、日本の不良債権処理よりもだいぶん上等ですが、本当にできるのか、は疑問です。開発が続く限り設備投資も債務も増えます。続けられるわけはなく、大規模な調整局面になれば雇用と消費も減ります。そんな複雑なコントロールができるとは、ちょっと思えないです。 中国がアリペイに「分割」命令、与信データを政府の管理下に https://forbesjapan.com/articles/detail/43327
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【3分解説】メルケル与党の敗北で「EU」はこう変わる
NewsPicks編集部
塩崎 悠輝静岡県立大学国際関係学部 准教授
ドイツの総選挙結果も、他のヨーロッパ諸国の傾向とある程度似ている面もあります。 ・二大政党の衰退 ・中小政党の乱立 です。  単独過半数の政党が無くなり、 二大政党のどちらか1つ+中小政党1つ でもなお過半数には足りなくなりました  今回も、社会民主党+緑の党、で過半数なら簡単なのですが、それでは過半数に足りません。  そこでカギを握っているのが、自由民主党です。二大政党のどちらかでいうなら、緑の党は社会民主党に近く、自由民主党はむしろキリスト教民主・社会同盟に近い政党です。  「自由民主党」というと保守政党のように聞こえますが、日本のは英語訳がLiberal Democratic Partyであるのに対して、ドイツのはFree Democrtic Partyで、毛色が少なからず違います。ドイツ自由民主党の主な政策は、 ・自由主義経済と小さな政府 ・アウトバーンや通信、郵便といった公営企業の民営化 ・EU域内の完全な単一市場化 ・移民の積極的な導入と二重国籍の認可(ドイツではトルコ人移民などの国籍取得を容易にします) ・大麻合法化 ・同性婚の制度化 などです。保守政党であるキリスト教民主・社会同盟とは明らかに毛色が違います。  一方、自由民主党は、緑の党に近い部分もありますが、環境税や炭素税、環境のための企業活動制限には反対でしょう。社会民主党も、自由主義経済と小さな政府にはそぐわないところもあり、文化的には保守的な体質もあります。  しかし、自由民主党は今やキングメーカーの位置にあり、第1党となった社会民主党は、自由民主党の政策をある程度のまなければ、迅速な政権発足はできません。 ドイツ、新政権へ連立交渉開始  社民ショルツ氏、樹立に意欲 https://newspicks.com/news/6221379?ref=pickstream_1125005
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ドイツ、新政権へ連立交渉開始 社民ショルツ氏、樹立に意欲
共同通信
塩崎 悠輝静岡県立大学国際関係学部 准教授
ドイツは、二大政党が議席を独占しやすいように選挙制度ができています。基本的には比例代表で5%以上の票をとっていない政党には比例議席が与えられない(例外がいくつかありますが)、という5%条項があります。  つまり、連邦議会で議席を持った政党は、基本的には比例で5%以上の票をとる政党です。あまりたくさんの政党が分立すると、連立政権の交渉だけで混乱が続き、多数の政党の意向に配慮した政府は迅速な決定ができなくなる、という戦前のドイツで起きたことへの反省がもとになっています。  しかし、現在のドイツでは政党の数が増えて、2010年代からは「6党体制」といわれる状態になっています。二大政党はそれぞれ比例票の20%ほど、他の4政党が5~15%ほどとる、という選挙結果になっています。  結果的に、二大政党だけでは政権が成り立たず、3つほどの政党か、二大政党の大連立でなければ、政権がつくれなくなりました。これは二大政党の不人気にもよりますが、ドイツが元々地方ごとに多様性があり、地域の独自色を強調する政党が支持される、というせいでもあります。  とにかく、今のドイツでは、二大政党は弱まり、連立交渉は他の政党の意向を尊重しないといけなくなりました。社会民主党は、二大政党として主導権は一応ありますが、緑の党と自由民主党のどちらかが欠けても迅速に政権を成立させすることはできません。緑の党と自由民主党は、強い要求を出すことができます。  社会民主党は「クリスマスまでには」連立政権を成立させたい意向です。迅速に政権を発足させることができるかどうか、が、政権運営の能力を示すうえで、第一の重要な関門になります。
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【引退】異端のリーダー、「メルケル」の原点を振り返る
NewsPicks編集部
塩崎 悠輝静岡県立大学国際関係学部 准教授
メルケル氏はドイツ初の戦後生まれの首相ですが、それでもルター派の牧師の家庭に生まれたのは、大きな意味のあることです。祖父母はポーランド系でした。メルケル氏の祖父母がポーランドからドイツに移民したのは、第一次世界大戦でドイツが敗れ、ポーランドがドイツから独立、カトリックが大多数の国になったからでした。ドイツ系やプロテスタントのポーランド人の多くが第一次大戦後、ドイツに移住しましたが、メルケル氏の祖父母もそうやってドイツ人になった人たちでした。  ドイツは歴史的には統一された国家だった時期は短く、その境界線は頻繁に変更されてきました。中世以来、ドイツ人の支配地域を東方へ拡大しつつ、東方からの移民を受け入れてきました。  「ドイツ人」というのは多様な背景を持つ人々で、その多様さはドイツ人の内部でも潜在的な格差や対立に結びつきかねないくらい大きなものです。ドイツの近現代史が平坦ではないのは、このドイツ人としてまとめられた人々の多様性が大きな要因です。  それにしても第二次世界大戦後の時期は苦難を極めました。ソ連、ポーランド他東欧諸国で「ドイツ人追放」が起きて、1500万人以上がドイツになだれこみました。ドイツ人の多様性は複雑さを増し、危機は東西分割だけでは済まない、ということもありえました。  ドイツ統一を達成したのは、キリスト教民主・社会同盟のヘルムート・コール首相でした。コール首相の路線は、ドイツがEUとNATOの中心的なメンバーとなることで、政治的に安定し、経済的に強大になることでした。そうすることだけが、東側を圧倒し、ドイツの再統一を達成する唯一の方法でした。  メルケル首相は、ハンブルク出身です。東ドイツに住んでよく知ってはいますが、生粋の東ドイツ人であれば、首相にはなれなかったでしょう。ドイツの政府は、政党を問わず、多様な「ドイツ人」を統合する力量と度量を求められます。それができなければ、ドイツは保てません。  コール首相は東側を圧倒して併合することはできましたが、次の社会民主党のシュレーダー政権になっても、解決していない課題は山積みでした。メルケル首相は、ドイツ人の統合をある程度は進めました。しかし、東方との関係や新たな移民、ヨーロッパの統合、といった課題とバランスをとりながらドイツ人を統合する難しさは変わっていません。
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英首相、トラック運転手5000人に就労ビザ発給-人手不足で政策転換
Bloomberg.com
【新】日本人が知らない「ディープな」アフガン講義
NewsPicks編集部
塩崎 悠輝静岡県立大学国際関係学部 准教授
「帝国の墓場」アフガニスタンに、なぜ大国は踏み込んでしまうのか。不思議なくらい、この山と渓谷の広がる貧しい土地に踏み込んでは、滅亡への端緒を開く大国が相次いできました。  ソ連も、アフガニスタンに進駐しなければ、あるいはもっと存続できていたかもしれません。  米国にしても、その国力の源が経済であるならば、アフガニスタンに手を出したところで何のプラスにもなりません。  まるで魅入られたようにアフガニスタンに踏み込んで身を滅ぼしてきた国々の歴史と比べれば、米国はまだしも損害が少ないまま足を洗った方といえるかもしれません。 シャーロック・ホームズは、軍医であったワトソンと初対面の際に「アフガニスタンにいらっしゃんたんですね。」と話しかけています。ワトソンは、第2次アングロ・アフガン戦争で負傷して、英国に帰国したところでした。すでに英国はアフガニスタンで泥沼の戦いに引き込まれていました。ワトソンが負傷した戦いも、山岳地帯で各地の地域勢力から相次いで攻撃を受け、撤退を開始した途端、さらに襲撃が相次いで壊滅する、といういつものパターンでした。 何の利益にもならない貧しい土地アフガニスタンですが、しかし大英帝国を支えていた一面もありました。アヘンくらいしか特産品が無い、といわれてきましたが、まさにそのアヘンやアヘンから生成されるヘロインをアジア諸国で専売するのが英国が植民地を維持するうえで必須といっていいくらい重要な財源でした。アフガニスタンでつくったアヘンを中国に輸出する、という英国の植民地ビジネスモデルは、各国が真似することになりました。シャーロック・ホームズのようにアヘンやヘロインを常用する英国人まで増えていきました。  上海のサッスーンハウス(和平飯店)で知られるサッスーン家のような英国のユダヤ人商人は、アヘン貿易を請け負うことで莫大な富を築きました。  日本も、日清戦争後、台湾などの植民地を経営するようになった時、アヘン輸入を手がけるようになったことが、日本がこの地域と関係を持つようになった最初のきっかけといえます。 本稿では書きませんでしたが、アヘンとヘロインは、アフガニスタンの地政学とグレート・ゲームの重要な要素です。今やイランやアフリカ、ロシア、トルコを経由して、米国やヨーロッパ、そして中国、インドといった新市場への輸出を急増させています。
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国際共著論文の拡大へ。文科省が新たに支援する「国際先導研究」とは?
ニュースイッチ
【解説】中台が参加表明。今、TPPに注目すべき理由
NewsPicks編集部
塩崎 悠輝静岡県立大学国際関係学部 准教授
今、TPPが注目されるべき理由、それは、中国の経済が持つ特徴が際立って異なっている、ということが重要になったからでしょう。中国における国家と経済の関係が、米国などとは異なっている、ということですが、そのことがアジア太平洋地域で持つ意味がどんどん大きくなっています。  国家と経済の関係が米国と異なるのは、決して中国だけではなく、カンボジア、ラオス、ミャンマーは明らかに中国側です。ベトナムも、本当はかなり微妙なところです。マレーシアも、米国というよりは中国寄りでしょう。  TPP(環太平洋パートナーシップ )がCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)という新しい名称になったのは、2016年に米国が撤退し、その後残った国で2018年に協定に署名した時からです。  米国だけではなく、カナダも2017年には離脱しています。カナダは、国内のフランス語を話す少数派の特別な地位がTPPで失われるのは受け入れられない、という理由でしたが、そんなことをいえば、マレーシアなどは絶対に加盟は無理です。  TPPはもともと、貿易、投資、そして非関税障壁のサービスまでルールを共有しようというもので、無理があるくらい野心的でした。主導者の米国が撤退したくらいで、トランプ政権の特殊性によるものとも見られていましたが、バイデン政権になっても復帰の見通しは立ちません。  今のCPTPPは、日本、オーストラリアが主導といえば主導の立場ですが、主導力にも積極性にも欠けています。日本国内にCPTPPを熱望するだけの世論があるかというと、そうでもないでしょう。  TPPで提示されたような貿易、投資、サービスのルールを呑みたいような国がどれだけあるのか、本当に積極的なのは、シンガポールと台湾くらいではないでしょうか。  ここにきて、中国が加盟しようとするのは、ひっかき回すだけの結果に終わるかもしれないし、CPTPPが骨抜きにされるかもしれません。しかし、それを受け入れかねない素地がCPTPP加盟国にあるともいえます。TPPは、本来は米国の力業であり、米国が協力に推し進めれば成り立つかもしれない、というような構想でした。
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【衝撃】文化人類学で、あなたの価値観は根底から覆る
NewsPicks編集部
塩崎 悠輝静岡県立大学国際関係学部 准教授
人類学というのは、欧米の植民地支配がなければ発生しなかったもので、かつてのキリスト教の宣教師らの後裔にあたります。  戦国時代に初めて日本に接したヨーロッパ人の中で、誰よりも熱心に日本語を学び、日本についての膨大な報告書を書いたのは、ルイス・フロイスのような宣教師たちでした。それは、キリスト教を宣教するためであり、聖書を現地語に翻訳するという目的があったからでした。  教会が欧米で最も強大な組織だった時代が終わると、英国やフランスのような近代国家が植民地のために現地調査を行いました。政治、経済、地理から宗教、植物、文学まで現地人よりもはるかに細かく調べ尽くそうとしました。そういう情報が、統治と経済開発のために非常に役に立つことを理解していたからです。  米国の人類学者ルース・ベネディクトが太平洋戦争の開始直後、米軍の依頼で日本占領政策策定のチームに参加し、その時の研究をもとに『菊と刀』という著書にまとめたことは有名です。日本軍も東南アジア各地の調査を依頼しましたが、人類学者の層の厚さが、米国には遠く及びませんでした。  20世紀になって、植民地統治の時代が終わっていくにつれ、アジアやアフリカの調査は、人類学という分野に衣替えしました。ベトナム戦争やイラク戦争でも米軍からの発注はあり、近代国家は今もなお人類学の重要な顧客です。しかし、グローバル企業の時代になると、企業が主な顧客になっていきました。  企業文化の研究、というのが人類学の大きなジャンルになりました。その時代に盛んになった産業に合わせて、開発人類学、医療人類学、観光人類学といったジャンルの研究が盛んになりました。ある種のヒッピー文化、文化相対主義、近代文明批判の旗振り役にもなりました。  ただ、人類学というのは、数十人~数百人程度のミクロな研究対象に密着する研究です。そういう小規模な未開社会を研究することで人間のあり方を理解できる、という前提でやってたのですが、1つの村についての研究は、1つの村を理解しているに過ぎません。そこからより大きな社会や国家、文明を語ると根拠のない主観にならざるをえませんでした。  現在のデータ・サイエンスで、複雑な社会で起こることを数学的に検証しようとするようになる以前は、それでも「社会科学」という扱いでしたが、社会についての研究は大きく変わろうとしています。
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タリバン 女子の中等教育認める方針も女性の権利への懸念残る
NHKニュース
塩崎 悠輝静岡県立大学国際関係学部 准教授
彼らが言うところによれば、 ・小学校は男女共学でもよい ・中学校からは、男女は別の教室で授業を受けなければならない。その準備が整ったら、中学生以上の女子も教育を受けられる ということになります。その準備が整えられるのか、が、1つの問題でしょう。  こういうことを言う人間はムスリム諸国ではめずらしくなく、サウディアラビアやそのいくつかの周辺国では小学校から大学まで、完全に男女別の学校です。  ただ、サウディアラビアの場合、予算があるので、男子学校と女子学校の別の校舎をつくれるし、教員も、外国人を雇えば間に合います。  アフガニスタンの場合、多くの途上国同様、学校も教員も絶対的に不足している、という状態が続いています。日本でいうような学校にはそもそも通えない子供が多いです。モスクに付随したマドラサと呼ばれる施設でイスラームの勉強だけする、という子どもが多く、ターリバーンの主な基盤になってきました。  ミャンマーなども、少し前までは、地方では学校もなく、仏教寺院やキリスト教会が教育の受け皿になっていました。  アフガニスタンでは、そもそも学校に通えない子供が従来から非常に多いのですが、米国が金を出して、学校や教員は都市部を中心にある程度は増えています。今ある校舎を活用して、午前は男子、午後は女子の授業をする、という対応もあります。 アフガニスタン 子どもの半数、370万人学校に通えず 女子の割合60%、一部地域で85% https://www.unicef.or.jp/news/2018/0096.html ↑これは、米国が介入して17年間経った2018年でも、なおこの状況だった、という話です。男子でも半分近くは、学校には通えていません。
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