【解説】議決権行使助言会社って?影響力は?
議決権行使助言会社のツートップであるISSとグラスルイスが、6月末に行われる定時株主総会でのトヨタの豊田章男代表取締役会長の再任に反対するよう推奨している。またISSはソフトバンクグループの孫正義代表取締役会長兼社長の再任、そして武田薬品工業のウェバー代表取締役社長についても反対推奨をしている。2022年度ではISSの反対推奨に沿って一定数の機関投資家が反対の議決権行使をしたことにより、キヤノンの御手洗富士夫代表取締役会長兼社長の再任の賛成率が50%を僅かに超えるギリギリの状態だった。
筆者としては、豊田章夫氏も孫正義氏も再任されると、6月14日現在の情報では考えている。
このニュースを切り口に、そもそも議決権行使助言会社とは何か、なぜ両氏が再任されると考えるのか、他にリスクがある企業はプライム上場企業でどれくらいかなど、「点」をつなげて解説・分析する。
議決権行使助言会社とは?ChatGPTに聞いてみた
まず、ChatGPTに、議決権行使助言会社が提供しているサービス、なぜ機関投資家は利用するのか、代表的な企業を聞いてみた。
筆者も10年以上前にはなるが、機関投資家時代にISSを利用しており、まさに書いてある通りだと感じる。
次に解説するが、議決権行使助言会社は自社基準をそれぞれ持ち、それに基づいた推奨(助言)がされる。加えて、上記にガバナンス・ポリシーとあるが、特に規模が大きい機関投資家は、自社独自の基準を必ず持っている。この策定に助言を受けたり、助言会社の基準と組み合わせながら機関投資家の自社基準を優先した助言レポートの提供も依頼できる。
そして世界では12月末、日本では3月末の年度決算が多い。その数か月後に株主総会が開かれるため、例えば日本では6月に議決権行使の判断が集中する。
助言レポートには助言会社もしくは自社の基準で、全ての議案について推奨とその根拠となる情報がまとまっている。特に基準に従って判断してもほとんど問題ない議案は、レポートを確認することで、一貫性を保ちつつ生産性を上げられる。そして、個別判断が必要な議案に集中でき、その際も必要な情報の大部分はレポートに載っているため、全部を自分で調べるよりもはるかに効率的だ。
助言会社の基準は開示されており、定量基準でのトップ反対は事前に概ね想定可能
議決権行使助言会社の自社基準は、対外的に公表されている。
法制度や商慣習は各国ごとに異なる。日本は、株式市場および経済規模として世界でも一定大きいことから、日本専用の基準を、ISSもグラス・ルイスも発表している。
グラスルイス:2024 Bencmark Policy Guidelines - Japan
取締役選任について、特に経営トップは、全社レベルでの経営やガバナンスの状況が不十分な場合、反対の対象となる(議案や取締役会の形態によっては取締役会議長や指名委員会委員長も該当)。いくつか代表的なものを、下表にまとめた。
なお、ISSは取締役選任でのROE基準の適用をコロナ禍で止めていたが、2024年から復活した。グラス・ルイスの性別多様性は、2024年からプライム上場企業について十分な説明や今後の改善計画や取り組みがある場合には例外とする条件はなくし、2026年以降は20%に引き上げる方針を既に発表した。
また、例えば政策保有株(持ち合い株)は、金融庁や東証の動きと歩調を合わせて、基準が厳格化されてきている。過去には女性取締役や資本生産性がそうだったが、世界に比べて低水準だったり、資本市場としては一般的に課題とみなされたりする論点で、政策的に後押しがあるものは、基準が強化されていくことが基本だ。
豊田氏・孫氏ともに、反対する方が株主に良いという強い根拠をつけにくい
トヨタの豊田章男氏、そしてソフトバンクグループの孫正義氏について、ISSは両氏とも、またグラスルイスは豊田章男氏については反対を表明している。
しかし、冒頭で触れたように、筆者としては再任されるだろうと考えている。
まず取締役選任は、株主総会の中で普通決議に該当し、過半の賛成で可決される。なお、定款変更も株主総会でよくある議案だが、これは特別決議に該当し、三分の二の賛成が必要だ。
つまり、取締役選任については過半を取れるかがポイントである。過半を取れる蓋然性を検討するために、賛成・反対にどういう合理性を付けられるか、そして株主構成を見ていく。
助言会社の反対推奨は、豊田氏・孫氏の経営トップとしての責任を問うものだ。
具体的には、豊田氏はトヨタグループで続いている不正についてで、ISSの基準では主に「ガバナンスなどに重大な問題が認められる場合」に相当したと判断したのだろう。一方で孫氏は、ソフトバンクグループの5年平均ROEが5%未満かつ直近ROEも5%未満というという業績への責任である(武田薬品のウェバー氏も同様)。
このように、反対推奨は同じでも、推奨の根拠は異なる。
では、なぜ豊田氏および孫氏について、再任されると考えるか。
まず両氏ともに長期的な経営の実績があり、ISSなどの推奨根拠に対して、一定の反論可能性がある。また在任期間は長いものの、年齢自体は退任を強く考慮するほどではない。
議決権行使助言会社としては、基準による一貫性を担保した推奨をしなければ、なんのための基準なのかと問われる。機関投資家にとっても、基準に基づいた一貫性ある議決権行使は重要だ。しかし、反対した結果として経営が改善してリターンにつながるという根拠・確信が十分になければ、受託者責任として反対しにくい。もちろん何らかの事象やリスクがあるから助言会社の反対推奨があるわけだが、経営実績がある中で、罰則的な反対にはより慎重にならざるを得ない現実もある。
そのうえで、株主構成比を見ると、トヨタは関係会社、ソフトバンクグループは孫氏およびその資産管理会社の保有が一定ある。
過半の賛成があれば取締役として選任される。機関投資家も賛成する一定の根拠を付けることができるため、再任される可能性は極めて高いと、筆者としては考える。
なお、トヨタ株についてMUFGおよび三井住友FGが売却検討と報じられている。また損保大手4社は、直近の各種不祥事を背景とした金融庁の業務改善命令も背景に、今後数年で政策保有株売却をしていく見込みだ。またトヨタおよび豊田自動織機・アイシンの3社は、デンソーの持ち分合計約10%の売却を、昨年11月に発表した。政策保有株の解消を求める動きが強くなるなかで、今後はこういった株式保有も変わっていくため、資本市場を意識した経営が一層求められていくだろう。実際に、取り上げたケース以外の助言会社による経営トップの再任反対は、政策保有株の比率が前述の基準以上であるものも多い。
ちなみに、2022年度にキヤノンの御手洗氏は女性取締役が少ないことを背景に、賛成率50.59%と薄氷での選任可決となった。
形式的に揃える努力さえもしていないと判断されうるガバナンスへの懸念、また80代後半といった年齢も背景に、賛成をしない理由はより付けやすかったと考える。加えて大株主にトヨタやソフトバンクGのような構造は見られず、賛成を計算できる株主構成比率が低かったことも背景だったと考えられる。
取締役選任でリスクがある経営トップの比率は?
ROEに代表される資本生産性は、2014年の「伊藤レポート」(経済産業省による「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト )、そして2023年に東京証券取引所が発表した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関するお願いについて」の2つが代表的だが、間違いなくここ10年の上場企業にとっての最重要経営トピックの一つだ。
前述のように、ISSは取締役選任でのROE適用を今年から復活したが、5%という基準数値について、日本企業としての最低水準であり目指すべきゴールとの位置づけではない、とも言及している。
そこで、東証プライム上場企業のうち、2001年度からデータがある企業1184社を対象に、ROE基準にヒットする、つまり経営トップが反対推奨を受ける可能性がある企業の割合を計算した。
ROE基準について
・過去5年平均ROEが5%を下回り、かつ直近ROEも5%を下回る(現在のISS基準と同じ)
・過去5年平均ROEが5%を下回り、直近ROEが8%を下回る(直近の改善についてISS基準より厳しくみた)
・過去5年平均ROEが8%を下回り、かつ直近ROEも8%を下回る(伊藤レポートの数値を基準値とした)
という3つの条件で検証した
足元ではISSと同様の5%基準で約16%、直近期のみ8%以上とした基準では23%、そして最も厳しい5年平均もしくは直近ROEが8%以上とした基準では40%の企業が、経営トップの反対推奨を受けうる状況だ。
過去20年で金融危機や東日本大震災、そしてコロナ禍や米国の金融緩和や利上げなど多くのイベントがあった。そのため各年のヒット企業の比率や上下だけを見る意味はない。
長期トレンドとして、資本生産性は改善傾向にあるものの、反対推奨を多くの企業が受けうる状況は、その改善が依然不十分だということを示唆している。
持ち合いの「計算できる賛成」は今後も減少、経営結果を確実に出すほかない
日本のガバナンス改革は、過去10年のスチュワードシップコードおよびコーポレートガバナンスコードの「デュアルコード」の浸透により、大きく進んだ。特に、伊藤レポートや議決権の個別開示、また東証の資本コストを意識した経営の発表の影響が大きい。
これまで、株主提案があるなど大規模な経営を巡る争いになっていないケースで、代表取締役が選任されないことは、日本で一定規模を超える企業においては筆者が知りうる限りでは発生していない。基準が開示されているため、何らかの対応をしていることがほとんどであったり、資本市場の改革は急に進むわけではないため、議決権行使助言会社も除外・例外条件を整備する。またコロナ禍以降は、ROE基準が適用除外となっていた。
今年は、一定規模を超える企業での反対推奨が、過去にないレベルで発生している。特に、取締役の多様性は企業の意思で対応できるか、業績はいきなり対応できるものではない。また政策保有株の売却も、関係性などに鑑みると、一定の時間が必要になることが多い。
そして、政策保有株を相互に売却していくと、「計算できる賛成」がこれまでより確実に減っていく。つまり、自社で経営結果を確実に出していく以外に道はない。
既に株主総会シーズンは始まった。
記事で取り上げた企業以外でも、同じ基準によって代表取締役選任への反対助言はある。実際に否決されるケースが出てくるか、そして来年以降に向けて「首がかかった経営トップ」が、業績やガバナンス整備をどれだけ加速させていくかに注目だ。
(見出し画像:Photo by deepblue4you / MihaillDechev / Getty Images、デザイン:荻野沙椰)
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