美容広告を通して考える「大谷翔平崇拝」

2024年3月4日
全体に公開

2月末に発表されたメジャーリーガー大谷翔平の結婚報道に対する世間からの大きな反響に接し、昨年最も強いインパクトを受けたのが大谷を起用したコーセーのコスメデコルテの広告だったことを思い出しました。クリスマス商戦展開中の年末に池袋駅構内を歩いている時に視界に入ってきたのは、柱に設置された複数のデジタルサイネージに反復するように映し出される大谷翔平の顔。「毛穴」が概念ごと消失したように滑らかに輝く肌、ほぼ正面の角度で真っ直ぐ前を見つめる視線。「肌を整える。それは自分と向き合うこと。」というキャッチコピーとDECORTÉのロゴ、美容液のボトルが内側から発光するかのように輝き、濃紺の背景に浮かび上がって神々しいオーラを放っていました。


2023年12月 池袋駅 著者撮影

スポーツ全般に疎い私ですら大谷翔平の活躍ぶりはニュースなどで見聞きし、コスメデコルテの広告以外にもさまざまな広告・キャンペーンに起用されていることは知っていましたが、この広告に強いインパクトを感じたのは、大谷翔平に対して「ご尊顔を拝みたい」という崇拝と憧憬の念が込められた眼差しがそのまま具現化されていると感じられたからです。2010年代末以降、従来は女性を主要な消費者としてきた化粧品メーカーがメンズコスメ市場の隆盛を背景に、次々に広告に著名人の男性を起用してきましたが、コーセーのプレステージ(高価格帯)ブランドであるコスメデコルテへの大谷翔平の起用は飛び抜けた訴求力を発揮し注目を集めました。 

今回は、「大谷翔平崇拝」とも言うべき、卓越した男性(拙著『ジェンダー目線の広告観察』では「デキる男」と表現しています)への崇拝の眼差しはどのように形作られてきたのかということを、広告の中で用いられている表現という観点から読み解いていきたいと思います。

「ご尊顔を正面から拝みたい」

コスメデコルテの広告に典型的に表されているように、大谷翔平が起用される広告の特徴は、顔を正面で捉えた写真と共に、大谷自身の態度、精神性を表すキャッチコピーが用いられ、場合によっては彼の手書きの文字がメッセージとして書き込まれ。宣伝対象の商材やサービスよりも大谷の存在や精神性が強く印象に残るように構成されることにあります。また。たとえば、三菱UFJ銀行の広告には「You Can Be A Challenger(あなたは挑戦者になれる)」というキャッチコピーと共に、「夢」を追い求め、「挑戦」を続けること呼びかけていて、金利やサービス内容などの具体的な情報は記載されず、三菱UFJ銀行のブランドイメージの担い手として表現されています。
寝具メーカー西川のマットレス、エアーの広告でも、質の良い睡眠と「夢」を掛け合わせた大谷の手書きのメッセージと署名が添えられていますが、マットレスの広告以上に「大谷翔平崇拝」を強く印象づけるのは、同社から販売された等身大バスタオルです。身長193cmの大谷をほぼ等身大・正面全身像としてタオル地にプリントしたもので、実寸に近い図像をプリントしたタオルを通して、大谷の存在を身近に感じ、肌身に触れたいというファンの心理に強く訴えかける商品と言えるでしょう。萌え絵のキャラクターやアイドル、ミュージシャンなどの推し活・応援グッズとしてバスタオルが作られることはよくありますが、信頼性が重視される金融機関のブランドイメージを担うのみならず、化粧品や寝具、タオルのような日常生活の中で直接身体に触れるものの広告でも起用されることからも、崇拝の対象として、少しでも近づきたい、ご利益にあやかりたい存在として見做されていることが伺われます。

左上 コーセー コスメデコルテ 広告引用元:https://www.decorte.com/site/s/liposome_ohtani.aspx左下 三菱UFJ銀行 広告引用元:https://www.bk.mufg.jp/ohtani_special/index.html右  寝具西川 バスタオル引用元:https://www.wwdjapan.com/articles/1620336

男性美容広告の文脈から見た大谷翔平の正面像

冒頭でも書きましたが、私がコスメデコルテの広告で強いインパクトを受けたのは、大谷が「ほぼ正面の角度で真っ直ぐ前を見つめている」ということです。デパートのコスメ売り場を訪れると気づくことですが、売り場に掲出される写真のモデルは、顔を傾げていたり、振り向くような姿勢だったり、四分の三正面で左右どちらかの目線を強調していたりと、買い物客の注意を惹きつけ、アイコンタクトを取ろうとしていると思わせるような視線で捉えられるのが一般的です。2010年代末からのメンズコスメ市場の隆盛を背景としてデパートやドラッグストアのコスメ売り場でも、男性アイドル、俳優を起用した広告やキャンペーンを頻繁に見かけるようになりましたが、男性モデルの場合、「首を傾げて、流し目や上目遣いをする」、「肩幅を強調しないように肩の先を画角から外す、内側に向ける」ことが、キメ顔、ポーズのパターンとしてよく用いられます。

左上 BOBBI BROWN ファンデーション EXOのKAIを起用した広告引用元:  https://www.wwdjapan.com/articles/1198493左下 M.A.C ファンデーション EXOのLAY ZHANGを起用した広告引用元: https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000019.000044623.html右上 M.A.C 超特急の草川拓弥 を起用したキャンペーン引用元: https://www.nylon.jp/MACTAKUYA右下 ALBION, FLARUNE Snow Manの渡辺翔太を起用した広告引用元: https://www.albion.co.jp/closeup/flarune_special/

このような表情やポーズは、異性愛規範を前提としてアイドルや俳優に対して女性ファンが抱く憧れや恋愛感情に訴求する力を持つものと想定されていて、高身長でがっしりとした体躯であってても、「上目遣いで訴えかけてくる、力強さ・身幅で女性を威圧しない」容態が、コスメ売り場で受け入れられる「美麗な男性像」として表現される傾向があります。このような、「女性目線から見て評価される男性像」の傾向に照らし合わせても、「正面で真っ直ぐ前を見る」の大谷の写真は異色に映ります。この視線の表現は「肌を整える。それは自分と向き合うこと。」というキャッチコピーと結びついていて、その視線は他者に向けられているのではなく「自分と向き合う」視線であり、そのために必要な鏡の存在が示唆されており、コスメデコルテのCM動画では、大谷が鏡に向き合う姿が描き出されます。

男性が自分自身を見ること 広告の中の「鏡」の表現

コスメデコルテのCM動画に触れる前に、男性美容・コスメ広告の中で鏡、反射面に写る像を見るシーンを用いたCM動画を二つ紹介します。一つは、シャネルが2018年に発売を開始した男性用のコスメブランド、Boy De Chanel  のCM動画です。2018年はディオールがメイクアップ ライン「ディオール バックステージ」を発売して、さまざまなスキントーンのファンデーションの広告では男性モデルも多く起用したキャンペーンを展開して、男性美容・コスメ市場の存在感が増した年でもあります。CM動画(2020年公開)では、3人の男性モデルが白い空間の中に登場し、洗面台の鏡の前で洗顔、保湿、肌のベース、眉毛、アイラインを整え、ネイルを塗るまでの過程を実演し、それぞれのアイテムを紹介します。彼らの正面に鏡があるという設定で、実際にはカメラに視線を向けて、精悍で自信に満ちた表情や、「男らしさ」を強調する仕草や身振りの演出方法によって、グルーミングとしての「男らしいメイク」を指南しています。CM動画から中国出身のモデル黄仕鑫(Huang Shixin)が登場するシーンのスクリーンキャプチャを選びましたが、彼のような東アジア系のモデルがハイブランドに起用される背景として、K-POPの世界的な躍進を通して東アジア系の男性スターへの注目、アジア圏での美容産業の成長があります。

Boy de Chanel CM動画 キャプチャ引用元: https://www.youtube.com/watch?v=7HsZqHEgyvM

Boy De Chanel のCM動画は「スキンケアやメイクを導入した新しい時代の男らしさの提唱」を表現している事例ですが、「男らしさ」を追求するのではなく、ジェンダー関係なく、メイクを楽しみ、美しさを追求することを表現する事例の中にも「鏡」の表現が取り入れられています。コーセーのメイクアップブランドVisée〈ヴィセ〉のアイシャドウ、ニュアンス・デューイ・クリエイターCM動画(2023年公開)が挙げられます。この広告では歌手・俳優の吉野北人と韓国のガールズグループ、TWICEのツウィが起用され、二人をジェンダー間の差異を強調するのでなく、お互いに視線を交わし、それぞれが自分自身の美しい姿に見惚れるかのように、水面に映った自身の姿を見つめます。

ニュアンス・デューイ・クリエイター CM動画引用元:https://www.youtube.com/watch?v=g8G2dCUq9tE

Visée〈ヴィセ〉は、ドラッグストアで販売される価格帯のブランドとして流通していますから、もっぱら都市部の専門店とオンラインで販売されるBoy De Chanelの登場(2018年)から5年間で、メンズコスメが広告を通して周知され、スキンケア、メイクアップをするために鏡に自分自身の顔を映し出すという行為が、グルーミングの一部として男らしさを追求することのみならず、ジェンダー問わず楽しみ、パートナー同士で分かち合うことも含むような文脈で表現されるようになったとも言えるでしょう(実際に、コスメ売り場にカップルで訪れて楽しむ光景も目にします)。

「自分と向き合う」大谷翔平 精神鍛錬としてのスキンケア

このようなCM動画の中の「鏡」の表現に照らし合わせて、コスメデコルテのCM動画を見てみましょう。旋回するカメラで捉えられた大谷翔平が鏡の中に映った自分に「やることをやってきたか、いい顔ができているか」と問いかけ、「肌を整える、自分が整う」と続き、大谷の実像と鏡像が手を差し出しあって触れ合うという異空間の対峙が示されます。暗闇の中で上方と下方からの照明に照らし出される大谷翔平の顔の表情の変化がアップで捉えられた後に、コスメデコルテのボトルが登場します。あくまでも個人的な印象ですが、顔の下方から照明を当てる演出は、彫像や仏像のライトアップを連想させ、平等院鳳凰堂の阿弥陀如来像が鳳凰堂を取り囲む阿字池の反射によって顔が照らし出される様に通じる「神々しさ演出」と感じます。

DECORTÉ×大谷翔平 CM引用元:https://www.youtube.com/watch?v=7dJCvVoqMtM

このような方法での「鏡」の存在の示唆とカメラワークのあり方は、大谷翔平を「正面から拝みたい」だけではなく、「あらゆる角度から拝みたい」という崇拝の視線の表現であり、鏡に自分自身の姿を映し出すことが、「男らしさを上げる」、「ジェンダー関係なく美しさを追求する」ことを目的とすることを超え、スキンケアを「心を整える」精神鍛錬の領域にまで高めることとして表現するものと言えるでしょう。
男性美容・コスメだけではなく、男性脱毛や美容機器の広告にも共通することですが、男性をターゲットとしたスキンケア・ボディケアに関わる商品、サービスの広告では、このような身体・精神鍛錬としての側面がとりわけ強調する傾向があります。代表的なところでは、「美は鍛えられる」というキャッチコピーで武田真治さんを起用したYA-MANの美顔器「メディリフト」の広告が挙げられます。大谷翔平のようなアスリートや、筋肉美を誇る著名人を起用することで、強さ・鍛錬という「男らしさ」に結びつけられる表現を通して美容・スキンケアを推し進める傾向は、本来「ケア」の目的である労りや回復という側面が薄れさせ、鍛錬し強くあることをひたすら追求しなければならないというメッセージは、過剰に心理的に負担を課すものでもあるとも、感じます。

渋谷駅前に掲出された株式会社dipの広告(2024年2月)引用元 https://www.advertimes.com/20240205/article448049/

コスメデコルテの広告と同様に、大谷翔平を「あらゆる角度から拝みたい」視線を表しているのが、ウェブサービス企業dipの広告です。三菱UFJ、寝具の西川と同様に、「夢」の体現者としての大谷翔平を通してブランドイメージを作る方法が踏襲されています。スーツ姿を大谷が黄昏時の大都市の高層ビル群を背景に、高層階にいる(高みにいる・成功していることのメタファー)男性として表されているのですが、このような演出は前回、「トピックス開始のご挨拶」で言及した「ジョージアグラン微糖」に登場する典型的なスーツ姿の「デキる男」像とあまりにも似通っているように感じ、「デキる男」像の幅の狭さ自体を窮屈に感じます(コスメデコルテのCMと同様にガラスに映る顔が描かれています)。

引用元:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000247.000001735.html

ジェンダーを問わず、多様な人の多様な幸福を感じさせる表現に接したい私個人としては、「卓越した男性がさらなる高みを目指す姿」に尊敬の念を抱きつつも、大谷翔平という一個人があまりにも神格化され、広告の中に憧憬や願望が投影され過ぎる状況自体に危惧するところもあり、鍛錬して強い競争に勝ち抜く男性だけではなく、個々人が自愛し、互いにケアする男性の姿を見たいと思っています。

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