TSMC、AI需要増で市場予想上回る決算 生産能力やコスト増に懸念も

2024年7月18日
全体に公開

2024年7月18日(木)に半導体受託生産世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)が4-6月期決算を発表しました。売上高はこれまで月次で発表されていた通り、前年同期比40%増の6735億台湾ドル(約3兆2000億円)と過去最高を更新。利益面では、営業利益が同41.9%増の2865億台湾ドル(約1兆3700億円)、純利益が同36.3%増の2478億台湾ドル(約1兆1800億円)と2桁の大幅増収増益となりました。

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売上過去最高、AI関連サーバー含むHPCが売上の過半に

前回1-3月期決算発表時にTSMCが示していた4-6月期売上高見通しは6330億〜6589億台湾ドルでしたが、結果は6735億台湾ドルと会社予想を上回ったほか、市場予想の6542億台湾ドルも上回る好調さです。

昨年にはメモリを中心とした半導体の調整局面が本格化し、TSMCも同年上半期には10%の減収となりましたが、その頃を底に売上は順調に回復。24年4-6月期になり過去最高を更新しました。

売り上げの増加に大きく寄与したのは人工知能(Artificial Intelligence、以下AI)関連のサーバー向けを含む高性能コンピューティング(High Performance Computing、以下HPC)セグメントです。ChatGPTに代表される生成AIブームが同社業績を押し上げており、24年4-6月期にはHPC向け売上比率が52%と半分以上を占めるまでに成長しました。

TSMCは長らく米アップルのiPhone向けチップ生産で存在感を発揮し、スマホ向けが同社の稼ぎ頭でした。ただ、2022年に入りスマホ向け売上比率が徐々に下がり、HPCの売上比率が逆転。2023年後半にはスマホ向けの復調も見られましたが、依然としてHPCの売上比率が最も大きな割合を占めています(24年4-6月期のスマホ向け売上比率減少には季節性の要因も影響しています)。

スマホなどではエッジAIと呼ばれる端末搭載AIが市場の関心事となっており、そのエッジAIへの需要自体は堅調な様子です。ただ、シーシー・ウェイCEOは決算説明会で「クラウドなどデータセンター向けは需要がすぐに増大したが、エッジAIはそれと比べると幾分慎重なように見える」との旨を述べており、顧客の姿勢に差がある様子を明らかにしました。

その他用途に含まれるIoT向けや車載向けなども前四半期比では増加しているのですが、HPCの売上規模があまりにも大きく、全体で見るとその他用途の比率は低下傾向にあります。

半導体チップの微細度合いを表すプロセスノード別の売上では、売上が立ち始めて4四半期目となる最先端の3nmプロセスが前四半期から売上を倍増させたほか、5nmプロセスも堅調に推移。主に米アップルの次期iPhone向けと見られるスマホ需要は従来の5nmプロセスから3nmプロセスに移行しているようであり、その5nmプロセスにはHPCの需要が入り込んで売上を押し上げるなど総じてAI需要の高さを示唆する結果です。先端技術とされる7nmプロセスまで含めると、それら3つのプロセスの合計売上比率は67%に達しており、先端分野の引き合いの強さを表しています。

利益は回復傾向、コスト増に懸念も

4-6月期の純利益は2478億台湾ドルと市場予想の2350億台湾ドルを上回り、四半期ベースで過去最高を更新。一株利益も9.56台湾ドルと市場予想の9.07台湾ドルを上回っています。売上高ほどの急回復ではありませんが、2023年上半期を底に利益も上向き調子です。

利益そのものを見ると2022年7-9月期や10-12月期の方が大きく稼いでいるのですが、それは同時期の利益率が擢んでて高く、これには2021年後半から2022年前半にかけて値上げが行われたことが要因と見られます。

24年4-6月期の売上総利益率は53%程度、売上高営業利益率が42%程度で横ばい推移となっており、これは2022年後半と比較して原価率が上昇していることが主な要因ですが、研究開発費を除く販管費の売上高比率がジリジリと上昇していることも利益率の押し下げに多少影響しているでしょう(21年1-3月期の研究開発費を除く販管費の売上高比率は2.3%でしたが、24年4-6月期は3.3%まで上昇)。

24年7-9月期の業績見通しは売上総利益率が53.5%〜55.5%、売上高営業利益率が42.5%〜44.5%と発表され、緩やかに改善していく見込みです。決算説明会では売上総利益率に関して「今後、2022年頃のように売上総利益率が55%や60%という高い水準になることはあるか?」との主旨の質問があり、TSMCのシーシー・ウェイCEOはまず目先の利益率として53%以上(特に「以上」を強調)を実現すると述べた一方、米アリゾナ州や日本の熊本県への国際展開及び台湾の電力価格引き上げなどによるコスト増への懸念も示しました。

半導体工場は半導体製造装置をはじめとした電力消費量が多く、電力料金の引き上げによる影響が少なくありません。台湾では今年4月1日から電気料金が引き上げられ、大口使用者のTSMCはその引き上げ幅が25%だったと見られています。また、台湾以外での半導体生産に際し、工場建設・整備には補助金が入るとは言え、人件費等のコスト増要因は以前から指摘されているところです。米国のアリゾナ工場だけではなく、2024年中にドイツ東部での着工を予定する欧州初の工場にも同様の課題は少なからずあるでしょう。

台湾の経済紙「工商時報」が今年6月に報じたところでは、TSMCは2025年に3nmプロセスを5%ほど、後述するChip on Wafer on Substrate(読み方:コワース、以下CoWoS)を20%ほど値上げする可能性が指摘されています。シーシー・ウェイCEOは決算説明会にて、価格設定に関する質問に対し「私達の顧客は非常に好調で、私も同様の好調であるべき」と値上げの可能性に含みを持たせつつも、「(一時な判断ではなく)継続的な判断」のもとで顧客の利益とTSMC自身の利益を考えた価格設定を行う姿勢です。

なお、米国大統領選で共和党の候補に指名されたトランプ氏が関税引き上げに熱心であることを念頭に、決算説明会では価格設定と関税に関わる質問も出ましたが、「関税は顧客が払うべき」として多くを語りませんでした。更にトランプ氏の「台湾は米国の半導体ビジネスを全て奪った」との発言を念頭に、他社との合弁事業を検討するかどうかとの質問も出ましたが、シーシー・ウェイCEOは「No」と答え、日米欧で進める現在の計画に変更はないと端的に答えました。

先端パッケージングは需給逼迫がしばらく続くもよう

半導体の性能向上に際して前工程で行われてきた微細化競争に限界が見えつつある中、後工程にあたる先端パッケージング技術に市場の関心が寄せられています。前出のCoWoSという高度なパッケージング技術がTSMCの強みである一方、AIブームによるGPU需要増などに対してCoWoSの生産能力がボトルネックのひとつになっているとこれまで指摘されてきました(もうひとつのボトルネックは高帯域幅メモリHBMの生産能力)。TSMCが米エヌビディアのチップ生産を一手に引き受けていることから、エヌビディア製GPUが世界中で半ば奪い合いの様相になっている要因のひとつがTSMCのCoWoSということですね。

この点について、シーシー・ウェイCEOは「先端パッケージングへの需要は非常に高く、顧客の需要を満たすためには一生懸命に努力しなければならない。2026年には(需給の)バランスが取れると期待するが、需要が増えており供給はしばらく逼迫したままだろう」と述べています。

業績見通しは好調、主要顧客の決算にも注目

先端パッケージングの生産能力増強や3nmプロセスへの旺盛な需要などを背景に、TSMCはこの日の決算発表で2024年の設備投資計画を従来の280億〜320億米ドルから300億〜320億米ドルに引き上げました。このうち70〜80%は先端技術向けになるとのことです。CoWoSの生産能力は2025年にも現在の2倍になるとされ、ボトルネック解消に力を入れる姿勢が見てとれます。TSMCの設備投資計画見通し引き上げは、TSMCに製品を納入する半導体製造装置企業にも少なからず明るい材料になるでしょう。

また、7-9月期の売上見通しは7280億〜7540億台湾ドル(7410億±130億台湾ドル、1米ドル32.5台湾ドル換算)と過去最高を更新する見込みで、市場予想の7361億台湾ドルを小幅に上回る結果となりました。ウエハ単価の高い3nmプロセスへの旺盛な需要を考えると、下限の7280億台湾ドルは慎重な見立てであり、上限7540億台湾ドルもこの調子であれば難なく達成できるように思います。

もともとTSMCは慎重な見通しを発表する傾向にありますので、来る7-9月期及び10-12月期の決算に向けて市場はそれをある程度踏まえた予想をすることでしょう。主要顧客である米アップル(8月1日決算発表予定)や米エヌビディア(8月28日決算発表予定)はもちろん、同じく主な顧客である米クアルコム(7月31日決算発表予定)や米AMD(7月30日決算発表予定)の決算を受け、市場がTSMCの業績をどのように予想するかが今後の決算発表に向けたポイントになります。

なお、好調な業績を背景に2024年通年の売上高見通し(米ドル建て)を従来の前年比20%台前半〜半ばから、20%台半ばをやや上回る程度に上方修正しています。

目線をもう少し先に向けてみると、次世代の2nmプロセス量産化について決算説明会では「順調に進んでいる」と述べ、2025年後半とされる量産化へ向けて大きな支障なく歩を進めている様子が明らかになりました。一部報道では、量産化当初は米アップルへの独占的な供給が噂されていますが、2025年秋にも発売されるであろうiPhone 17(仮称)には2nmの採用が間に合わず、2026年のiPhone 18(仮称)に採用されるのではないかとも言われています。いずれにしても2nmの採用は時間の問題だと思いますが、量産化の進捗には引き続き関心が寄せられます(この辺りの微細化競争とその進捗への関心は米インテルや韓国のサムスン電子はもちろん、日本のラピダスも同様です)。

昨年時点の報道では2nmプロセスのウエハ単価が3nmプロセスの1.5倍になると言われていましたが、実際にどのくらいになるのか詳細はまだ分かりません。製造装置やエネルギー価格等のコスト増を踏まえてもなお、高収益を維持できるような価格をTSMCが設定できるかどうか、その価格に見合う価値を継続的に生み出せるかどうかが中長期的な関心事になります。

その上で、今回の決算説明会では当然多くは語られませんでしたが、米国の対中半導体規制など地政学的なリスクも引き続き注目されます。

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