【対談 #2】「日常的」で「実用的」なメタバースってどんなの?3/3

2023年3月20日
全体に公開

脳科学者の藤井直敬と、メタバースエバンジェリストの角田拓志による連載対談。第二回目となる今回は、「日常的」「実用的」をキーワードに、メタバースについて語ります(全3パート / Part1, Part2, 本記事)。

前回は、メタバース時代に最適な広告のあり方を考えることの難しさや、WebサイトでボタンをクリックするというWeb時代の購買体験が見落としていた、「ものを買う」という行為が本来持っている豊かさについて議論しました。

最終パートとなる今回、議論はどのような結論を迎えるのでしょうか。最後までお楽しみください。

(左)藤井直敬(右)角田拓志

買い物客が店員として、勝手にモノを売り出す世界

藤井:メタバースでの買い物体験がみんなの「日常」になるには、一つのお店が捌ける人数を何人まで拡大できるかが課題になります。ユーザーの数だけサービスを広げていかないといけませんから。

例えばメタストアでは、一人の店員が数人の客を相手に密接なコミュニケーションを行えるけれど、Amazonのように何万人という人を同時に相手にすることはまだ難しいんですよね。

角田:なるほど。それを聞いて、インターネット時代の買い物体験で繰り返してきた「集中」と「拡散」の往復を思い出しました。

はじめは個々人のブログやサイトで、アフィリエイトなどを利用してモノを販売していたのが、段々と「まとまっていた方が便利だから」と一箇所に集中してきて、楽天やAmazonのようなECサイトが台頭してきました。

しかし最近ではそれに対して、「直売でやった方がクールだよね」という空気と共にD2C(Direct to Consumer)に注目が集まり、買い物体験がまた個々人へと拡散しています。

藤井:一人一人に手売りをするいまのメタストアに対して、デパートのように一極集中をする方向でスケールさせるサービスは出てくるかもしれませんね。ただ、それだけではやはり難しいこともあって。例えば、大量に店員を雇ったけどお客さんが来なくて暇を持て余す人や時間が出てしまうなど、コストの問題もあります。

角田:実は僕、メタバースには単に商品が一箇所に「集中」するのとは違ったスケールの可能性があるのではないかと思っています。

例えば、メタバースのお店で気に入った商品を見つけたお客さんが、その場で突然店員に変身してもいいかもしれない。メタバースでは、友達をいきなりその空間に呼び出すこともできるし、商品を適切にダウンロードして、開発者にもマージンが入るような形で再販売をすることだってできるでしょう。

お店それ自体は拡散しなくても、お店に来た人たちが商品を拡散するというスケールの可能性もありますよね。

藤井:お店を建てると自分の知らない誰かが勝手に商品を売ってくれるって、すごくいいアイデア!

現在のインフルエンサーは、自分が売りたい商品をSNSで「おすすめ」するっていう間接的な売り方しかできないけれど、メタバースなら直接お店に立って「これを買ってください」と簡単に言えますね。

自分の好きなお店を毎日めぐりながら「今日はこのお店にいます!」なんてフォロワーの人に呼びかけて、生計を立てることができるかもしれない。店側にとっては、もはやポップアップストアが日替わりで100件ずつ発生しているみたいな状態じゃないですか。

角田:しかも、売る側だけじゃなくて買う側も「自分が好きなあの人から買ったんだ」という付加価値を得られるわけで。投げ銭と買い物を同時にするような体験でしょうか。

そんなふうに「人」を起点に何かが広がっていくという可能性が、メタバースの買い物のスケールにはあるなと思いました。

「人」と「空間」と「場所」

角田:ところで、メタバースって割と「空間」に着目されがちで、いま話したような「人」の要素は見落とされることが多いですよね。「メタバースで空間を作って発表したけれど、結局人が来なかった」という悲しい事態は、作った「空間」に「人」の要素が考慮されていなかったから起きていると思うのです。

藤井:「劇場」って、本来は空っぽでなんの文脈も持たないただの箱なんだよね。そこに演者が来て、客が来て、演劇が行われることではじめて意味を持つというか。

やっぱり「空間」はただの箱で、そこで「人」がいろんな活動をしてはじめて「場所」になるんですよね。でもいまのメタバースは、ほとんどすべてが箱のまま。特別なイベントがある時はみんなが集まるから機能するけど、そこに日常を持ち込もうとすると圧倒的に「人」的な要素が足りない。

角田:その空間でさまざまな活動を積み上げて意味を持たせる「人」は、「場所」において絶対に必要ですね。例えば武道館とか甲子園とか言われたらそれがどんな場所か分かるのは、そこで人が生み出したドラマの積み上げの結果なわけですし。

藤井:人が生み出したドラマの積み上げって、とてもユニークというか、ある「場所」を唯一無二にする力がありますよね。そう考えると、メタバースの「箱」に必要なのは、ユニーク性だと言い換えられるかもしれません。

角田:確かに。他の空間と交換可能な、文脈を持たない空間が、何かによって限定性を付与されることでユニークな場所になると。

ユニークな価値を作り出す変数

藤井:いまのメタバースのワールドは、「人(クリエイター)」に紐づけられて「あの人が作った素晴らしい空間」というふうに見られることがあると思います。これからそういうワールドに、場所性というか、さまざまな来訪者のさまざまな活動が積み上がって歴史が生まれていくと素敵ですよね。

角田:ワールドクリエイターだけじゃなくて、来訪者が持つ文脈も、場所性を高める掛け算ですからね。

そういう意味では、「箱」というのも場所性の一つの構成要素でしかなく、別に絶対に必要なものではないのかもしれません。例えばコミケがビックサイト以外の会場で開催されたとしても、(等価とは言わないまでも)コミケがコミケじゃなくなるわけではないですよね。

場所性を生み出すさまざまな変数が、掛け算的に唯一無二の価値を生み出していくという考え方は、メタバースの場所作りにおいても重要になりそうです。

藤井:制限があることで価値が生まれている現実空間と同じように、メタバースでも、その空間の唯一無二性が高まるように要素が積み重なっていく積み上げ的もしくは地層的価値という視点は面白いと思います。そこに誰がいるか、そこで何を売ってるか、何が置いてあるか……という要素の積み上げとその履歴がユニークさにつながる。

角田:「何もしない」という最も制限がかかってない状態って、結局面白くないですからね。ゲームでも、最初から一番強ければ、一番制限がない状態ですけど、全然面白くないですし。

藤井:今回の対談では「日常性」「実用性」をキーワードにメタバースについて話してきたわけだけど、ここにきて「実用性」の問題は「ユニークな価値をどうやって作るか」に通じているような気がしました。

今後メタバースを「日常的にこれがないと暮らせない」というくらい当たり前で不可欠なものにしていくためには、ユニークな場の価値の作り方を考えないといけないですね。

角田:そうですね。あとはその作り出した「新しい価値」に対して、人がどれだけ意味を見いだして、熱狂して、求めて、「もう昔の生活には戻れない」という状態にするか。

藤井:それも重要なことです。今回の対談は、「価値の作り方」という問題設定が大事だと確認したところで一旦締めくくりたいと思いますが、次回以降の対談では引き続きメタバースの価値の作り方について掘り下げていきましょう。今日はありがとうございました!

角田:こちらこそありがとうございました。またお話ししましょう!

(完)

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これまでの対談

■ 【対談 #1】なぜメタバースをやるのか?脳科学者に聞いてみた 1/3

【対談 #2】「日常的」で「実用的」なメタバースってどんなの?1/3

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