妊娠中の新型コロナワクチン啓発活動の中で気付く日本の母親に課される負担

2022年3月31日
全体に公開

妊娠中の新型コロナワクチン接種

2020年、私はハーバード大学医学部アシスタントプロフェッサーの医師として、また三人目の息子をお腹に授かった妊婦として、コロナパンデミックを経験しました。2021年1月初旬に妊娠中にmRNAワクチンを接種し、翌月元気な息子が産まれました。アメリカの医療者であることで、世界の中でもかなり早い段階でワクチン接種の順番が回ってきました。妊婦としては、世界の中で初めてに近い順番での接種だったので、科学情報を真剣に吟味した上でのワクチン接種の決断でした。その判断がこれほどまで母国の日本から注目を集めることになるとは全く予想もしていませんでしたが、この一年間、予想外の数のメディアからの取材を受け、多くの日本の妊婦さんに新型コロナワクチンに関する科学情報をお届けできたこと、光栄に思います。

2021年1月妊娠34週で新型コロナワクチンを接種

科学を無視したコロナ禍のアメリカで妊娠

トランプ政権下のアメリカでコロナ対策における「科学の無視」はひどいものでした。

「コロナは存在しない」「マスクで我々の口を封じようとしている権力者には屈しない」と非科学的な情報がソーシャルメディアなどで拡散されました。多くの方が間違った情報を元に煽られ、堂々とソーシャルディスタンスを取らない、マスクを拒否する、大勢で会食をするといった行動に出ました。こうしてアメリカでは、全人口の500人に1人がコロナの影響で亡くなりました。2021年1月に大統領が代わり、科学ベースの提言を聞くようになりましたが、既に形成された国民の分断は政治を超えて、未だに人々の健康に直接影響を与えています。

私はこのようなアメリカのコロナ禍で医師として働き、また3人目の子どもを授かりました。3人目はほしいと思っていたものの、実際妊娠がわかったときには不安が大きかったです。

妊娠中のコロナ感染は重症化のリスクが同世代女性よりも高く、早産の確率が上がります。早産は妊娠週数が早ければ早いほど、赤ちゃんが数々の身体的なリスクにさらされます。

▼妊娠中のコロナ感染は重症化しやすく胎児にも影響を与えるhttps://obgyn.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/1471-0528.16969https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/69/wr/mm6925a1.htm?s_cid=mm6925a1_w
https://jamanetwork.com/journals/jamapediatrics/fullarticle/2779182

「妊婦として、もし感染してしまったらどれだけ苦しいことだろう?私が息苦しい思いをして、発熱が続いてしまったら、どれだけお腹の中の赤ちゃんに負担がかかるだろう?その間、夫や上の二人の息子たちはどんな思いをしてしまうだろう?」と、妊娠中に感染してしまった場合の不安が毎日頭をよぎりました。また、妊娠発覚時、アメリカの学校も保育園も閉鎖されており(2020年3月よりほとんどの公立学校は丸まる1年間以上リモート授業のみでした)「パンデミック中頼れるところが少ない育児と仕事に挟まれた苦しい生活を私自身はいつまで耐えられるだろうか?3人目が加わって大丈夫だろうか?」と考えました。

そんな中、mRNAワクチンの治験において、発症や重症化を予防する高い有効性を示す結果を聞いたときには、希望の光を見た気持ちでした。

今では新型コロナワクチン接種は妊娠に影響を与えないと多くのデータが蓄積されていますが、2020年末当時はmRNAワクチンの仕組みを生化学的に吟味し、動物実験の実験結果からの考察をして、安全性を判断するしかありませんでした。このときほど自分が分子生物学マニアでよかったと思ったことはありません。mRNAワクチンの仕組みを考えると、妊娠に悪影響を与えることは非常に考え難いという結論に至り、相談したハーバード大学医学部の同僚の医師たち(臨床医や基礎研究者で、自分自身も母親である女性医師たち)は全員「自分だったら接種する」と自信を持ってアドバイスしてくれたことも安心材料でした。

▼妊娠中の接種が妊娠経過や新生児に影響を与えないhttps://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2790608
https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2790607
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/nejmoa2104983
▼接種後ラット生殖性研究、mRNAワクチンを接種したラットは妊娠にも胎児にも異常なし
https://doi.org/10.1016/j.reprotox.2021.05.007

妊娠中の接種の科学情報が蓄積されるように

妊娠34週だった1月初旬にワクチン接種の順番が回ってきたときには、安堵の気持ちでいっぱいでした。何十年間ものmRNA研究が予防効果と安全性を有するワクチン開発につながったことへの感動、また最前でコロナ治療をしてくださった医療者の方々への感謝で胸がいっぱいになりました。

世界でも初めてに近い段階で妊娠中にこのワクチンを接種させてもらった者として、この後に続く妊婦さんのためになる情報を提供したい思いが強くありました。ワクチン接種をした妊婦の追跡研究や、ワクチン接種後に産生した抗体が胎盤を通ってお腹の中の赤ちゃんに渡ることを確認する研究にも参加しました。私のように研究に参加した接種後の妊婦さんのデータが1年間蓄積され、今では母親の接種により生産された交代が赤ちゃんに移行するだけでなく、その赤ちゃんを発症、重症化から守ることも確認されています。

▼妊娠中の接種による抗体移行は赤ちゃんをも守るhttps://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2788986?resultClick=3
https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/71/wr/mm7107e3.htm?s_cid=mm7107e3_w

私自身は、既に存分に存在した基礎研究のデータを見て、このワクチンが私の妊娠や赤ちゃんに悪影響を及ぼすことはない、と自信を持つことができ、専門家のサポートもありましたが、やはり多くの方が大丈夫と言えるためには臨床研究が必要です。その後、私も参加した臨床研究によって、妊娠中の新型コロナワクチン接種の安全性を示すエビデンスがどんどん積み重なり、2021年8月の時点で妊娠中の接種は世界的に推奨されるようになりました。

ワクチン接種1か月後に三男を出産

日本のワクチン報道に驚き

私の所属するMassachusetts General Hospital(マサチューセッツ総合病院、MGH、ハーバード大学医学部附属病院)は世界的に医療に影響を与える科学研究と臨床をしている病院で、MGHからコミュニティーに医療情報を届けようと発信する部署があり、その部署が、お腹の大きな私がワクチンを接種したときの写真と、妊娠中のワクチン接種の意義と安全性について私が書いた記事を拡散しました。私の周りでワクチンについての情報を得ようとしている方々に貢献できたら、と思ってOKしたMGHのSNS投稿が、まさか日本でこんなにも大きな反響があるとは全く予想しておりませんでした。

▼MGHの投稿
https://www.massgeneral.org/news/coronavirus/my-why-mai-uchida

私が妊婦としてワクチンを接種した1月の時点では、日本ではなんとなく怖いワクチンなんじゃないかと漠然とした不安を抱えた方が多い時期だったようで、ワクチンを打つと流産する、不妊になるという全くのデマが知識層にまで蔓延しており、報じるメディア記者も、そして医療者までもその誤情報に惑わされ、科学に基づく対応ができていないことが、取材を受ける中でわかりました。また、同時に少なくない量の誹謗中傷の言葉を受け、日本社会が母親に向けるプレッシャーや負担ということについて考えさせられました。

日本文化における母親への責任の押し付け、サポートのなさ

最悪の母親、ブス、幼児虐待、発達障害を作り出す母親、胎児の虐殺により人口削減に貢献、といった言葉は何千件にもおよび、「死産報告書: 死因は母親のワクチン接種」などと書かれたメッセージも届きました。もちろん誹謗中傷によって私の妊娠経過が変わるわけでもなく、誹謗中傷の言葉がコロナウイルスの性質やワクチンのメカニズムを変えるわけでもないので、実際の生物学的な影響力は無に等しいです。しかし、それを論理的にわかっていても、妊娠中に「お前の胎児は必ず死ぬ」という言葉をかけられ続けると、悲しい気持ちにならざるを得ず、母親ってなんて損な立場だろうと考えるようになりました。

母親(あるいは将来母親になるであろうと思われる人)は、自分自身と家族(あるいは将来の家族)を守るための責任ある判断を迫られることが多々あります。しかし、その判断をするために必要な情報は十分に与えられないことも多いです。そして一緒に手を握って悩みに関して考えてくれるサポートにも出会えないことが多いと感じます。それにも関わらず、どんな判断をしたとしても、母親としての判断には責任がのしかかり、更にどんな判断をしたとしても批判の対象になってしまうことも多いです。

私が自分の家族のために責任ある判断をして、どんなに理論的にその判断の意義と安全性を説明しても、「幼児虐待」「最悪の母親」と批判されるターゲットになり、更にそのような誹謗中傷を含むコメントを見た妊婦さんや将来妊娠したいと思う若い女性達が不安を抱いてしまい、正しい科学情報やサポートにたどり着けないこともあるという弊害も目にしました。

デマも母親の責任と不安をターゲットに

ワクチンに関するデマも「ワクチンをうつと流産する、不妊になる」と母親の責任の重さ、そして不安に付け込んだものが広く出回りました。ワクチンをうつと流産する、不妊になるという事実はありません。

流産や不妊というのは、パンデミック前から非常に高い頻度で怒り、多くの女性や男性の精神的に苦しめる事象です。また、ほとんどの場合、女性か男性が何かしたから、あるいはしなかったから起こることではないにも関わらず、流産や不妊を経験された方というのは、自分のせいなのではないかと自責の念を抱えてしまう方が多く、その中でも「母親のせいなのではないか」と偏見を持って語られることも少なくありません。

頻度が高い悲しい事象と妊婦さんや将来母親になりたいと思う女性の責任感を突いた悪質なデマだと憤りを感じます。このようなデマが蔓延してしまう背景には、社会の中で、家族や家族計画に関して不必要にも重い責任が女性の肩に乗せられていること、そして流産や不妊に関しての科学的な情報が行き渡っていないこと、そして子どもを作るプロセスに関して、女性が理不尽に責められたり、批判されたりするのが多いことが基盤にあると思います。

「発達障害を作り出す母親」という言葉に関しても同じ構図を感じます。自閉症などの発達障害は、遺伝子由来の脳機能の事象であって、親の言動やワクチン接種で起こることではありません。

しかし、長い歴史の中で、発達障害は母親の問題で生じるという非科学的な偏見が蔓延しており、以前は自閉症の子どもを作り出す冷たい「冷蔵庫お母さん」などという言葉がありました。科学的に完全に否定された今でも、自分が悪かったのではないかと思われるお母様方がたくさんいらっしゃいます。しかし、実際発達障害をもったお子様たちとそのご家族と関わっている私には、ご家族内で愛情に溢れる関係が築かれていることが明瞭に見えます。その親子関係は、それぞれのご家族独特のものがあって、ステレオタイプなものとは違う形に見えるかもしれませんが、親子の愛情は変わりません。

再度言いますが、母親のワクチン接種により発達障害は起こりません。

三者三様の3人の息子たち

パンデミックを終わらせたい、母親たちにサポートの手を差し伸べたい

グローバルパンデミックなので、私の直近だけの世界がコロナ対策の一貫としてワクチン接種をしてもパンデミックは終わりません。日本のワクチンへの理解がこのような状態では、感染拡大や新しい変異は防げず、パンデミックが続いてしまうのではないか、という不安から、とにかく正確な科学情報を知ってもらいたいと焦りの気持ちを抱きました。また、母親に不等な責任やプレッシャーがのしかかる中、お母さん達を本当の意味でサポートできるような科学情報を届けられたら、という願いからワクチン啓発活動を続ける決意をしました。

同じ思いを持つ「こびナビ」の同志にも出会い、日本のメジャーメディア、SNS、行政を通して、妊婦さんに限らず、ワクチン接種の意義や、今わかっている科学情報と分かっていない情報を考慮して、接種するリスクと接種しないリスクを天秤にかける説明をすることにしました。お腹の中という見えない位置にいる赤ちゃんのことを一番に考えて悩んでいる妊婦さん達の不安を理解できるので、「妊婦さんは接種するにしても、しないにしても、一人ひとりが科学情報を吟味した上で、自分の気持ちにしっくりくる判断をしてもらいたい」と語りました。それぞれの専門性を生かした議論や発信をする「こびナビ」メンバーは人生の友になりました。共に駆け抜けた「こびナビ」の活動を厚生労働省から「医療のかかり方アウォード」厚生労働大臣賞を頂けたことも誇りに思います。

▼こびナビ
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その結果、海を越えて多くの方との交流を得た一年間となりました。2021年8月には日本でも妊婦とパートナーが優先接種の対象になったこと、更に優先接種になったことで接種が現実化した妊婦さんの悩みに私が直接答えられたことは、本当によかった、と思っております。その後、たくさんの方から出産や妊娠経過の報告を受け、とても嬉しい気持ちです。

渡米してからの15年間、日本社会と密に関わったのは昨年の一年間が初めてでした。

これからNewsPicksを通して医療、科学、そして社会を繋げるイシューに関して、皆さんとお話ししていきたいと思っております。コロナウイルスやワクチン情報に加え、特にジェンダーを含むソーシャルジャスティス、メンタルヘルス、そして育児に関わる話題を多く取り上げたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

▼BuzzFeed 【内田舞】コロナワクチンの情報発信で気づく日本の女性の生きづらさhttps://www.buzzfeed.com/jp/maiuchida/japanese-misogyny

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  ▼妊娠中のワクチン接種に関する記事
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/86668
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/86513
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/80364
https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-vaccination-maiuchida-1
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https://www.asahi.com/articles/DA3S14957364.html
https://news.ntv.co.jp/category/society/5669128bf89f4b04a34c85f0281941e5  

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