【能力に差はない。女性の起業家に対する色眼鏡は理論と実績で払拭できる】生命科学者 高橋祥子さん✕経済キャスター 瀧口友里奈 対談<その③>

2022年9月26日
全体に公開

大学院在学中に社会人経験のない中で、研究者仲間といっしょにゲノム解析サービスを提供する株式会社ジーンクエスト起業し経営に向き合ってきた、生命科学者 高橋祥子さんと経済キャスター 瀧口友里奈との対談。その3回目をお届けします。

カオスの中に身を置くと、自分がやりたいことが見えてくる

瀧口:前回、自分を人と比べたり、人の評価を気にするのはつまらないことだという話をしてくれたよね。ただ、企業の経営者としてはやはりステイクホルダーの評価を気にしないわけにはいかないよね?

高橋:そうだね。だけどすべてをそぎ落としたとき、最後に残るものは、やっぱり「他人の評価」ではないという気持ちはある。仕事をしていく以上、関係者から認めていただくことは必要だけど、それが私自身の最終欲求ではない。少なくとも、自分の信条に反することをやってでも人の評価に合わせに行くということは、私はしない。

瀧口:自分軸で自分を評価するっていうことだね。祥子ちゃんはどうやって自分軸を確立してきたのかな。ほかの人にできなくて自分にできることを見つけて、あるいは、それを周りから期待されて、自然と自分軸ができ上がっていったという感じ?

高橋:私はあんまり「できることベース」で物事を考えることはしない。仕事で将来やろうとしているようなことも、自分にできるかどうかわからないことばかり。やっぱり「やりたいこと」が優先だよね。

瀧口:それはどうやって見つけるの?

高橋:自分がやりたいこと、望んでいることというのは、予想とは違う環境、カオスな環境にいるときにはじめて気づくことが多いような気がする。たとえば海外経験とか。または、進学とか、就職とか、転職とか。災害を経験してそれに気づく人もいるし、病気をして気づく人もいる。

瀧口:たしかに祥子ちゃんは、カオスな状況を選んで飛び込んでいく人のように思える。自分の想像の範囲外のカオスな世界に飛び込むには、勇気もエネルギーも必要で、そう簡単なことではないと思うのだけど。

高橋:そうね、ただ私はずっと変化のない環境にいることの方がつらくて定期的に自分の環境を変えてきたかな。中学、高校、大学までは進学のタイミングで勝手に環境が変わっていくけど、そのあとは意識的に選び取らない限り、なかなかカオスな体験はできないから。大学院に進むときは、京大の大学院に行ったらこういう生活を送るのだろうという予測ができすぎたので、あえてまったく知らない人たちばかりの東大の大学院に行くことにした。大学院在学中に起業して、数年後には会社を売却して、経営体制を変えて20人ぐらいの規模だったのが400人ぐらいの規模になって。それによって当然、やりたいことも変わっていった。

依然として存在する、女性の起業家に対するバイアス

瀧口:大学院在学中に起業したということは、その時点では社会人経験はゼロだったんだよね?きっとたくさん苦労するような経験もあったんじゃないかな?

高橋:一緒に起業した人が、同じ研究室の12歳年上の先輩で、彼には自分で事業をやったり会社を経営したりしてきた経験があったの。もう一人、最初は業務委託で入ってくれて、今、役員になっている人も、12歳年上でビジネス経験が豊富。困ったときには彼らに頼りまくって、なんとか乗り越えてきたという感じだったよ。

瀧口:女性だから苦労したという経験はある?女性は特に、資金調達が不利もしくは不得手だという話を取材の中で聞いたことがある。 

高橋:資金調達実績がこれまで少なかったというのは、女性自身の問題ではないことも多い。実際、女性には出資しないという投資家もいたし、女性に対してはバリュエーションを下げがちな人もいる。

瀧口:それはどうしてなのかな?

高橋:女性は出産でブランクができると言ってる人もいたけど、実際にはその人の能力が劣っているという理由ではなく、単純にこれまで少なかったからというジェンダーバイアスを無意識に持っている人も多いのだと思う。残念なことだけど、そういうバイアスは、何十年にもわたって固まってきたものだから、バイアスの強い人を一人一人説得して変えるのは難しいと思う。女性が起業を志すなら、バイアスがある人とない人をちゃんと見極めて、バイアスをかけないできちんとフラットに評価してくれる投資家と協力関係を結んだほうがいいと思う。最近は女性の起業家に積極的に投資するベンチャーキャピタルもいくつか登場しているから、そういうところだと話が早いと思う。

瀧口:そういうベンチャーキャピタルの一覧表を作りたいね。

起業は伝播する? 前例が増えれば環境は変わる

高橋:女性の起業家の成功事例がひとつずつ増えていけば、いずれ好循環が生まれてくると思う。それは理系の女性が少ないという話と同じ。理系で活躍する女性が増えてくれば、それを見て後に続く人たちが増えていくはず。理系科目も経営も、もともと男女間に能力的な格差はなくて、単なる環境的な問題なのだから。

起業は、花粉症の発症と同じで、たくさんの起業家と接触していると、誰でも思わず発症してしまうよ。

瀧口:祥子ちゃんのその花粉症理論、本当に面白いよね(笑)

高橋:でも事実で、起業家10人と親しく触れ合ってきた人は、起業する確率が非常に高いの。世界中のアントレプレナーに調査した結果、起業にいちばん関係があった項目は、「身近な人に起業家がいたかどうか」なんだって。だから最近、友里奈ちゃんが起業したのもそういうことだよね(笑)

瀧口:たしかにそうかも。起業するなんて考えたことなかったのに気がついたら起業してた(笑)周りの起業家の人たちに「どうして起業しないの?」って言われ続けて。そういうことだね(笑)

それにしても、女性が起業して会社を伸ばすのにあたって、男性が経験しなくても済む苦労を強いられることがあるという話を聞くと、つい怒りが込み上げてきてしまうな。

高橋:怒りのエネルギーが社会を変えてきた例は確かにあるのだけれど、私は感情に訴えるのは逆効果だと思ってる。その怒りに共感できない人にはちっとも響かないわけだから。そればかりか、「女は感情的だ」と決めつけて逆に女性蔑視を強くする人もいるかもしれない。能力のある女性が労働市場に進出すれば、日本にとって間違いなく有益だということを論理的に冷静に訴えるのがいいと思っているよ。

「ワンオペで子育て」では、日本の人口は減るばかり。今こそ社会制度の改革を――。(最終回に続く)

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