「あかん優勝してまう」2023年版
前回はゴールデンウィークについて考察してみました。 今回は個人的な趣味ですが、阪神タイガースについて書きます。
ほとんどの人にとっては、野球には(ましては阪神タイガースには)関心がない内容だと思いますが、ビジネスや経済学的にもいろいろと面白いヒントがあるのではないかと思っています。
8月の「死のロード」と並び、「ダメ虎」の珍事が起こりやすいのがゴールデンウィークです。
2017年には、対広島線で九点差をひっくり返す奇跡を起こりました。昨年は、開幕9連敗でしたが、ゴールデンウィークの6連勝で息を吹き返しました。しかし、私は「優勝はしないだろう」と思っていたので、下記の記事で予言しておきました。見事(?)当たりました。
今年も阪神タイガースについても考察しておこうと思います。
そもそも、優勝して良いことは何もない
文化人類学の名著『虎とバット』でも示唆されているのですが、そもそも優勝して良いことは何もありません。選手の報酬も上がってしまいます。この辺りは漫画『グラゼニ』も参考になります。
また、勝ち続けるよりも適度に負けがこんだ方が中毒性が高い気もします。パチンコや競馬などのギャンブルは、勝ち続けることが難しいので中毒性があります。 野球を応援する側としても、常勝軍団よりも、適度に浮き沈みのある球団の方が応援しがいがある気がします。
そもそも、あまり指摘されていないのですが、野球には致命的な欠陥があります。それは、経済学で言うところの「プリンシパル・エージェント問題」を構造的に抱えていることです。つまり球団を運営する会社、単年度の成績で評価される監督や選手、さらにそれを見ているファン、の間にはインセンティブの違いがあります。
選手にとって、最も重要なのは個人の成績です。選手にとってはもちろん優勝できればいいでしょうが(そしてそのようにポーズをとることが求められますが)、なによりも自らの成績が重要です。
一方でファンにとっては単年度の優勝が大きな楽しみです。
監督にとっては順位が重要です。任期中安定して高い順位を維持することが目標となる監督と、優勝を求めるファンの間にはインセンティブの違いがあります。また監督としては、できれば任期の間全て優勝したいと考えるかもしれませんが、ファンにしてみれば毎年優勝するチームというのも、それはそれでつまらないものでしょう。
球団運営会社から見れば、優勝は必ずしも望ましくありません。優勝によって報酬が上がってしまったり、セールなどの必要性も出てくるためです。そのため、以前も指摘しましたが、下記のような発言も見られます。
ところがシーズン末、スポーツ紙がタイガースの戸沢球団社長のこんな言葉を掲載 する。 一番いい終わり方はまたジャイアンツが優勝し、タイガースは奮闘したが一歩及ばず二位に終わることだと。この言葉はタイガースの強欲さと卑屈さ—— 優勝 争いが 接戦になれば最後まで観客動員が減らないし、二位なら選手の給料を上げ ずに済む—— を表す証拠として繰り返し紹介されている。
したがって、「今年こそ優勝。チーム一丸となって」という毎年聞かれるフレーズは、まとまらないステークホルダーを一つにまとめるという役割は担っていますが、悪く言えば、(それぞれステークホルダーの本音とは異なる)ごまかしにすぎません。
選手モチベーションのコントロール
優勝がごまかしの目標だとしても、個々人の選手にとってはもちろん記録も重要ですし、何よりも年俸や選手生命に関わってきます。
ただ、年末の特番『戦力外通告』などを観ていても思うのですが、個人の選手にとって、モチベーションを維持することが非常に難しいスポーツだろうな、とも思います。
えこひいきのような差配もよく見られます。調子の悪い選手を使い続ける監督を、面倒見がいい・思いやりのある監督だと見るのか、えこひいきと捉えるのかは意見が分かれるところでしょう。
今、阪神タイガースファンの中では「梅野・坂本論争」が巻き起こっています。絶不調の梅野選手を使い続ける一方で、絶好調の坂本選手を使わないことに対して、議論がこの数週間つづいています。
また、味方のエラーや、厳しすぎる球審の判定によって、崩れたピッチャーをどのように評価をするのかは、得てして監督やGMの偏見によります。この辺りは、会社の人事評価でもよく見られる話ですね。
しかし、外資系投資銀行員なども野球選手になぞらえて、「プロフェッショナル」として評価される向きがありますが、同じ「プロフェッショナル」でも、投資銀行社員と野球選手では大きく異なります。
投資銀行社員は、スタートアップなどを含めて他業種への転職が可能ですが、野球選手の場合、野球以外の職業に就くことは困難です。しかし、球団に残ったり、解説者として売り出せる選手はごく一部なので、結果としては、多くが飲食店などの参入障壁の低い業界に転じていきます。
また、日本企業に比べれば、社員期間が短い傾向にあるとは言え、外資系社員は 50過ぎまで働くことは難しくありません。しかし、プロ野球選手の場合は、早ければ20代前半で戦力外となってしまいます。いかに短期間で、実績を出していくのかが求められるわけです。
さらに、野球は9人でやるスポーツなのでベンチ入りまで含めたとしても1球団で30人程度までしか一軍で活躍できません。運と実力に恵まれ、例え一軍でプレーできたとしても、数試合で見切られ、その後はずっと2人暮しという選手も少なくありません。一打席や1球に人生がかかっているわけであり、実力以前に、運の要素が非常に大きくなります。少なくとも、年単位で評価される外資系職員とは、運に左右される要素がかなり違います。
野球はデータ化できるのか?
『マネーボール』で有名になったので、近年野球におけるデータサイエンスの活用が注目されています。
あの阪神タイガースですら、京大卒のデータサイエンティストを球団で雇いました。「あの」といったのは、今年から阪神タイガースを牽いている岡田監督は典型的な「昭和の野球」を追求しているためです。(「打順は固定」「二番は送りバント」「キャッチャーも固定」など。)
おそらく、岡田監督が現役であった、昭和後半に通用していたであろう野球理論が目立ちます。監督の見た目も、昭和のおじさんといった感じですね。
一方で対照的なのは、これまた広島を今年から率いている新井監督です。バントを徹底的に避けるなど、その精悍な見た目と共に、近代的な野球を追求しているように見えます。
ただし、「昭和の岡田・平成の新井」のどちらに分があるかというと、一概に新井監督とは言えません。むしろ経験値の高い岡田監督の方が有利であるとも思います。私は長年、岡田監督のラジオ解説などを聞いてきましたが、思考力もかなり高いように感じます。
データサイエンスの限界として、短期の予測に使えないということがいえます。
データサイエンスとは、あくまで「大量のデータ」に基づき、「長期間の傾向」を図るものです。一方で野球は、一つのプレイや判断が、選手の運命を決めます。たとえ「確率6割でバントが成功だ」というデータが出ていても、実戦でこの確率論がどこまで適用できるかは分かりません。
千回、同じ状況でバントしたときの成功確率は分かるかもしれませんが、この1回のバントが成功するかどうかは誰も予測することができないからです。
また、逆説的ですが、データ分析は多変量を織り込めません。変数が多くなればなるほど、サンプル数が狭まり、有効な分析ができません。バントの成功確率は、バントする野手の技術だけでなく、ピッチャーの球種・球質や、土や空気のコンディション、守備側の技術など様々な要素が絡み合います。これらの条件にすべて適用した成功確率はじき出すのは不可能に近いと思います。
データサイエンスは数学なのか?
そもそも、近年データサイエンスがもてはやされていますが、数学者や自然科学者において、確率を正当な学問だと見ない向きもあります。
例えば、宇沢弘文は高名な経済学者であるとともに、数学者でもありましたが、経済学やファイナンス理論を確率的に捉えることに対して否定的な見解を示しています。実際、中高生向けに『好きになる数学入門』も著していますが、確率論を扱っていません。(当時の教科書の課程によるものかもしれませんが。)
近年、物理学においても確率論的な量子力学が隆盛を極めていますが、アインシュタインのように量子力学を否定的に見た物理学者もいます。有名な「神様がサイコロ遊びをするとは思えない」というフレーズも、確率論を皮肉ったものですね。
そもそも自然科学とは、再現性を担保する学問です。シンプルに言えば「aならばb」といった線形的な発想をしています。しかし、 「aは 60%の確率でbとなる」と言われても、これが果たして再現性を担保しているかどうかは微妙な気もしますね。100%にならないということは、他に要因が存在しており状況次第ということになります。そもそも60%という確率が何を表しているのか、きちんと説明できない気もします。
例えば、確率的には極端に低いが、インパクトの大きいリーマンショックのようなリスクをどのように見るべきか、学術的に説明することは難しく主観的な判断に委ねるしかありません。
野球はバイアスの塊
経済学で近年注目を集めている行動経済学ですが、野球ももっと行動経済学的に分析されればよいのではないかと思います。例えば野球には下記のようなバイアスがあります。
①「打率が低い選手は守備は良いのだろう」と勘違いしてしまう
②麻雀などと同様に、「野球のゲーム展開にも流れがある」と思ってしまう
③不調の選手を見ると、「もうそろそろ逆に打つだろう」という期待をもってしまう
③はカジノでも日常的に見られますね。例えば、赤と黒のルーレットがあるとします。赤が続けて10回起こった場合、次は何が出るかと聞くと大抵の人は「黒が出る」と答えます。しかし、実際の確率は1/2です。
これは赤が続けて10回起こる確率が2の10乗で。1/1024であるため、「さすがにそろそろ黒が出るだろう」と多くの人が思ってしまうためです。しかし、赤が出るのか黒が出るのかは単独事象なので、あくまで10回目に赤黒が出る確率は半々です。
あれこれ書いておきましたが、結局今年阪神タイガースが予測できるかどうかは全くわかりません。百年近い歴史がある球団なので、「優勝する確率はかなり低い」ということはいえそうです。
勝った負けたに一喜一憂するような楽しみ方だけでなく、野球を分析的に見ると。ビジネスや人生に示唆を与える気がしたので、記事にしました。
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