鵜呑みにするな!『冬の時代』の投資家の言い分

2022年7月2日
全体に公開
落ちた後に心配するのはさらに大きく落ちること

いよいよ米国経済がリセッション(景気後退)に入る可能性が相当高まってきています。さらに金利上昇が続き、日本経済も、株式市場も、為替も大きく影響を受けざるを得ない、そんな空気感が日々の報道にも充満しています。

<6月21日:ゴールドマン、米リセッションの可能性高まる-リスクはより早期に>https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-06-21/RDT60CT0AFB601

私も年初に以下のような投稿をさせてもらって、スタートアップにもこの調整を踏まえた「急速な意識変革」の必要性をお伝えしてきました。

<1月16日:株式市場の調整がもたらすスタートアップへの影響>https://newspicks.com/topics/Startup_Finance_Murakami/posts/8?ref=TOPIC_POST_MANAGEMENT_VIEW

『冬の時代』の経営の悩み

さて、それらを踏まえて、今日お伝えしたいのは、そんな話が至る所から会社や経営チームに届く中、リアルに経営判断に悩む局面が増えているのではないかと思います。典型的な悩みをここで記載しておきましょう。

・IPOを今年すべきか:市場はクローズ気味、とてもまともなIPOができそうにない

・資金調達を今年すべきか:やっても良い条件で取れそうもない

・先行投資をやるべきか:これ以上、赤字が拡大してしまってよいのか

・費用削減をどこまで踏み込んでやるべきか:run way確保が最優先だとは思うが

この問題を考える際に、経営としても会社の状況、市場環境、さまざまな要因を踏まえて判断していると思います。そこには、投資家からのフィードバックというものもインプットに含まれていると思います。

今日は、投資家のインプットはいつも参考になるし、経営として向き合うべき提言が多いわけなのですが、『冬の時代』ならではの、投資家の状況をもう少し理解いただくことで、より精度の高い経営判断につながればと思い、筆を進めたいと思います。

投資家にとって『冬の時代』とは

経営にとって『冬の時代』とは、経営がうまくいかないことを指すというよりは、経営環境が悪化することをいうでしょう。旅行や飲食スタートアップがコロナ後に一気に環境が変化し、『冬の時代』に突入してしまいました。そういう環境変化の代表格として、市場環境の変化があるわけです。

まさに金融市場、株式市場、マクロ経済が大きく悪化する状況が経営にとっての『冬の時代』の代表的な状況です。

では、投資家にとって『冬の時代』とはどのようなものでしょうか。環境に起因しますから、それ自体は経営が見ている環境と全く同じです。ここで忘れてはいけないのが、投資家も経営者であるということです。投資家業というビジネスの観点で、この『冬の時代』がどのような影響を与え、投資家業の経営者たるPM(ポートフォリオマネジャー)やCIO("Chief Investment Officer")の心理や判断に影響を与えているか考えてみることが重要です。

『冬の時代』に投資家が直面する短期的な経営課題は、ポートフォリオの価値毀損です。つまり、投資している会社の株価(や企業価値)が大きく低下してしまう状況です。

これがどれぐらい致命的な状況であるか、企業経営の立場から言えば、「売上が大きく減少してしまう」状況に近いと思います。

さらに言えば、多くの事業会社は経営がキャッシュフロードリブン、つまり如何にして将来にわたってキャッシュフローを最大化できるか、ということに責任を負っています。一方、投資家はバランスシートドリブン、つまり如何にしてバランスシート価値の最大化=ポートフォリオ価値の最大化を実現するか、ということに責任を負っているのです。

このキャッシュフローなのか、バランスシートなのか、という観点は大きな違いです。

キャッシュフローを最大化するために、経営は実に多様なレバーを有しています。
<参考トピックス:なぜキャッシュフローが大事なのか>
https://newspicks.com/topics/Startup_Finance_Murakami/posts/20?ref=TOPIC_POST_MANAGEMENT_VIEW

一方で、バランスシートの最大化にとっては、経営のレバーは残念ながら限られたものしかありません。それは、以下の3つです。

1)(さらに)投資する(=Risk On)

2)何もしない(=ポートフォリオに変更を加えない)

3)売却する(=Risk Off)

細かく言えば、1)や3)にはヘッジするとか、バックファイナンスするとか、色々とやり方はありますが、基本的にはRisk On/Offを前提としたアクションに過ぎず、その一部と考えてください。

従って、たった3つの経営のレバーしか有していないのです。そして『冬の時代』には悲しいほどにポートフォリオの価値が毀損、つまり事業会社にとって売上が一気に吹き飛ぶ状況に陥ってしまっているのです。

『冬の時代』に投資家は何を考えるのか

事業会社の経営者で、『冬の時代』に売上が吹き飛んでしまった場合、何を考えるでしょうか。当然、売上を再び元に戻し、再成長の軌道に持っていこうと考えるでしょう。これは当たり前です。ただ、そこには大きな2つの制約条件が伴います。

1)『冬の時代』だけにビジネス環境はよろしくない。各市場のウォレットは冷え込んでいることも多く、今から魅力的な市場で急成長を遂げるのは簡単ではない
2)売上は無くなっても固定費は急には減らない。Run wayの確保が喫緊の課題であり、再成長に必要な投資余力が殆どない

はい、概ねこんな状況ではないでしょうか。『冬の時代』の投資家というのはこれと似たような状況です。

1)『冬の時代』においては、大半のアセット、株式は低迷しており、それぞれいつその価値が再上昇するか見通しが立たない
2)ポートフォリオが毀損しても、調達コスト(=資本コスト)は変わらない。リターンの期待値が下がった分、調達コストを引き下げたいが、むしろ調達コストは上昇してしまっており、投資余力は減衰してしまっている

という状況です。これだけみても、コロナ禍で最も苦労したスタートアップと同等かそれ以上に苦しい状況だということがわかります。加えて、投資家はもう1つ大きな条件が付き纏っています。それが第三の条件です。

3)ポートフォリオは毀損したが、『冬の時代』においては不確実性が高く、さらにポートフォリオが毀損しかねない。それは他のアセットも同様である

キャッシュフロードリブンの事業会社であれば、無くなってしまった売上をそのまま戻そうとするのではなく、限られたリソースを最適配分して、新たなキャッシュフロー創出に向けた作戦を実行するとするでしょう。

これがバランスシートドリブンの投資家では難しいのです。ポートフォリオを一定入れ替えれば良いですが、不確実な状況下では落ちたものがここから方向転化して急上昇に転じるというシナリオよりも、さらに落ちるのではないか、という方が蓋然性が高く、その状況が現実となった場合、経営責任が問われる状況に置かれているのです。

だからこそ、投資家は1)Risk Onの判断をするのは極めて難しく、基本的には3)Risk Offを前提とした判断になるのです。だかこそ、スタートアップ投資への上々機関投資家からの資金流入は大きくブレーキがかかっていますが、それはRisk Offの結果であるのです。典型的な上場機関投資家が取る経営判断は、リスクが高すぎるアセットは売却し、よりリスクが低いアセットに入れ替えるです。2020年3月の頃は、そのアセットがどこにも見当たらず、現金として保有する機関投資家が多く存在しました。

経営と投資家は一体である、ただし『冬の時代』を除いて

私は、基本的に経営と投資家が一体である状況を前提に考えています。よく経営が投資家を敵であり、説得すべき相手であり、という風に向こう側にいる存在として捉えてしまうことがありますが、決してそうではないと思います。経営と投資家は、そのインセンティブにおいて原則的には一体なのです。だから、どんどん取締役会の役割や投資家と取締役会と経営の関係性は密になっていく傾向があります。

ただ、唯一経営と投資家が一体となりきれないのが、投資家が投資事業を行なっている経営者の立場でモノを考えなければいけない場面です。市場環境が好調な局面においては、その「利益相反」はなかなか起こるモノではありません。経営も投資家も、どんどんやるべきことをやって、成長していこうという方向性にずれが生じづらく、環境的にもそれを制約する条件が少なければ少ないほど、問題が生じづらいのです。

一方で、『冬の時代』は違います。端的に言えば、一種の「利益相反」が存在します。

経営は、この状況をなんとか脱して、再成長を目指そうとします。必要な資金を確保するために、なんとかして資金をかき集めたり、IPOを早期に実現しようとします。

一方、投資家は違います。投資家に不利益になるような条件で調達はしないでほしい。IPOしてしまうと、その後の株価下落リスクが伴うのでできればIPOはしてほしくない。こういったバイアスが存在します。それは、更なる悪化リスクを嫌った経営判断です。

この点をしっかりと理解して、投資家が行っていることが本当にキャッシュフロードリブンの経営の責任をになっている経営者として合理的なのか、冷静に見極めなければいけない局面が今到来している企業が多く存在していると思います。

冒頭に挙げた事例を再掲しておきます。こんなテーマで経営の議論をしており、リセッション(景気後退)を前提に、主要なステークホルダーである、既存投資家、新規(潜在)投資家から、強めのフィードバックを受領している際に、本当にどうすべきなのか是非悩んでください。

・IPOを今年すべきか:市場はクローズ気味、とてもまともなIPOができそうにない

・資金調達を今年すべきか:やっても良い条件で取れそうもない

・先行投資をやるべきか:これ以上、赤字が拡大してしまってよいのか

・費用削減をどこまで踏み込んでやるべきか:run way確保が最優先だとは思うが

『冬の時代』の経営判断は未来に大きな影響を与えることが多いです。特定のステークホルダーの意見だけに左右されず、経営としてどうすべきか。もし、経営判断を実行するための説得コストが大きいとすると、それから逃げずに実行できるか。『冬の時代』だからこそ、シビアな経営判断が求められるのだと思います。

最後に、投資家が行っていることを鵜呑みにするな、とは言いましたが、投資家が見ている世界はある意味俯瞰的であり、参考にすべき点は多々含まれています。鵜呑みにするなとは、決して無視しろということではありません

そして、今、企業のサバイバビリティの確保は、未来にわたって成長するために、最も重要なテーマであることもまた事実です。ただ、そこに傾斜しすぎるが故に、事業価値の毀損を招く判断、また成長の種を見逃す判断にならないように、経営は今大きな責任を負っていると言えます。

大変な時代ですが、この先はきっと明るい。是非、お互いにしっかりとした「判断」ができるように、対話を続けて参りましょう。

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