SPORTS-INNOVATION

スポーツと産業と社会を再整理する

「サイバーフィジカルシステム」は産業革命だけにとどまらない

2015/6/5
SAPのチーフ・イノベーション・オフィサー、馬場渉の日常は多忙だ。4月にドイツ、5月にはアメリカへ出張。「イノベーション」の視点であらゆるビジネスの業界に関わり、サッカー、バレー、テニスなど多くのスポーツをカバーしている。だからこそ、見えてくる世界がある。「デジタル・ツイン」をキーワードに新たな社会を読み解く。

勉強しよう、そうしよう

最近、哲学や生物学を学習しています。だんだん医学部に入学したくなってきました。「社会全体を生物のように捉えて、ひとり一人の人間が細胞でさまざまな地球資源は細菌で……」

今、全仏で活躍するプロ車いすテニス選手の世界チャンピオン、国枝慎吾選手や、ブラインドサッカー日本代表など、障がい者スポーツと出会ったことで「身体や精神の障がいって一体何だ?」と考えるようになりました。

企業向けの業務アプリケーションの仕事をしていると、「法人」というのを生物的に捉えたりはするもんなんです。

「受注〜出荷〜請求〜入金」とか「設計〜開発〜購買〜生産」とか、「入社〜配置〜評価〜育成〜退社」とか、神経系統みたいなものですから。

血液がどろどろになったり、足腰が悪くなったり、目が見えにくくなったり……。そういう障がいが出てくると、西洋医学・東洋医学など、いろいろと対処法が出てくるわけです。

薬を飲めば治るとか、食生活を変えないと根本は変わらないとか、杖やメガネとか、運動しようとか、手術が必要だとか。

ドイツの「インダストリー4.0(第4次産業革命)」の報道が増えるにつれ、サイバーフィジカルシステム(Cyber Physical System)の概念について質問されることが多くなりました。

そこで使われている「デジタル・ツイン」という言葉をご存じでしょうか?

デジタルで複製した双子ということです。

私、大学に入るまでは「数学ラブ!」な人間だったのですが、何を間違ったのか企業会計ってものに興味を持ったんです。公認会計士試験も途中まで合格しており、それなりに興味が強かったんです。

その中に「簿記」っていうのがあると思うんですが、あれ面白くて。最初はがちゃがちゃ電卓叩いているだけなんですが、だいたい1000時間くらいやっていると、頭の中で経済活動のデジタル・ツインを自動生成できるようになるんですよ。急に脳が変わったような印象を受けましたね。

つまり、新聞を読んだりすると、文字じゃなくて数字になって、それが映像になるんですよね、経済事象の。「おれ変なのかな?」って思ったこともあったんですが、同じことをキヤノンの御手洗冨士夫社長も言ってました。

簿記ってものすごい地味ですよね。地味なんですよ。

「ブリタニカ」で引いてみました。

「企業の経済活動の結果として生じる財産、資本の変動や資本循環過程としての価値の流れを主に貨幣価値によって測定し、勘定形式を用いて会計帳簿に記録、計算して、その結果を正確、明瞭に表示するための経営計算制度あるいは計算技術」

これが当時、面白そうに感じたんです。社会に役立つ数学だ! みたいな。数学なんていりませんでしたけどね。

貨幣的な計測技術で、経済活動のデジタル・ツインを生成し、明瞭なコミュニケーションを可能にする技法なんですね。

簿記の場合、「部品を購入するためにサプライヤーと会って見積もりを依頼した」とか「人が足りなくなって採用面接を行った」という経済活動は記録されませんよ、と最初に習います。

しかし今ではそうした活動さえも、すべてデジタル・ツインがリアルタイムに生成されます。これはもっと加速するでしょう。

私たち一般生活のライフログで「デジタル・ツインが……」なんていうと「未来に来ました感」満載ですが、すでに法人・企業の活動に関してはモノのライフログ(買った、つくった、運んだ、売ったなど)やカネや人のライフログは記録され活用されてるんですよね。

そう、かつて私はそれが好きだったんです。

それが今スポーツで可能になってきたんですよね。

先日ご紹介した「Internet of Players」「Internet of Trainers」「Internet of Fans」ってことで、アスリートや指導者やファンの練習・試合・感動体験を記録できたり、機械学習で未来まで予測できてきています。

さらには社会全体をひとつの生物と見れば……、冒頭の通りでそこでもう一度哲学で「精神と身体」とか、生物学で「脳と神経」とか、振り返ってみるわけです。

全仏が始まる前、日本で行われたJapan Openで優勝を果たした国枝慎吾選手(写真:馬場渉)

全仏が始まる前、日本で行われたJapan Openで優勝を果たした国枝慎吾選手。(写真:馬場渉)

世の中知らないことばかりで大変だ

健常者、障がい者、法人。世界チャンピオンのアスリート、メジャーリーグ級グローバル企業、それぞれ対比していろいろと生物学的に観察しています。

五感をIoTで高め、それをさらにシンプル化された基幹業務の神経系統へとつなげる企業。脳と肉体が瞬時に連携されていてタイムラグを起こさない。脳は脳で昆虫級の脳から人間並みのハイパフォーマンスの脳に進化している企業。使ってない脳も活性化させる技術を身につける企業。

トップアスリートや世界の一流トレーナーも同じことを言うんですよね。

簿記の場合、どんな産業の経済事象でも変換しますよね。まったく違う業界でも。あの抽象化技術はすごい。それでいて数字を見れば「この数字は電力産業のものだ」とか「この数字は消費財産業のものだ」とかわかる。業界別会計処理なんてのは、基本的にないですからね。

私が勤めるSAPの本業は、企業活動の動作のオペレーティングシステムを提供しているわけですが、同じように業務を標準化したり抽象化したりする技法ってのもすごいんですよね。「この技術の根本は、どこから生まれているんだろう?」というのがずっと気になっていることなんです。

たとえば、前回紹介した「Sports One」。あれは、サッカー向けだって言われるんですよね。でも、ドイツではそうじゃないんですよね。

いや、もちろんサッカー向けにつくってるんですよ、最初は。でも「サッカー」という具体的なものにつくりすぎない。「バレーボール」だろうが「ホッケー」だろうが、「育成」だろうが「試合分析」だろうが、必ず抽象化して汎用化するんです。でも、それが組み合わさると具体的なものになる。

まぁ、それが(利益の出る)ソフトウェア開発の基本です、と言ってしまえばその通りなんですが。でもこれ、日本人は苦手なんです、絶対。議論しているとまるで頭の構造が違うんです。頭の良し悪しじゃないですよ、思考技術の話。

哲学や生物学をやってもこういう思考は出てこないですから、比較文化学かとも思いましたが、どうもいまひとつ。この数年期待しているのが言語学。

ドイツ語。ドイツ語が持つ英語とは違った構造化技術というか言語のアーキテクチャー。これがドイツ語を話す人の脳に与える影響。「これだ!」みたいな。

デジタルの時代は、異種格闘技戦の世界大会を場外乱闘含めて日常ずっとやっているような戦いですよね。

なので、たまに連載が再開したかと思えば、支離滅裂なことを共有することになりました。

サイバーフィジカルシステムはデジタル時代を表すキーワードです。

デジタル時代ってのは、これまでのサイバーの時代ではなく、サイバーによるフィジカル大再編の時代です。

「サイバーなのかフィジカルなのか」「データなのか人間なのか」「デジタルなのかアナログなのか」「ローカルなのかグローバルなのか」「理系なのか文系なのか」。そんな話はもうやめましょうね。

それらが融合した世界、サイバーフィジカルシステムは、産業革命だけにとどまらないのは間違いないでしょう。

5月にフロリダで行われたSAP SAPPHIRE NOWで展示された農業のサイバーフィジカルシステム「SAP Digital Farming」(写真:馬場渉)

5月にフロリダで行われた「SAP SAPPHIRE NOW」で展示された農業のサイバーフィジカルシステム「SAP Digital Farming」。(写真:馬場渉)

馬場 渉
Chief Innovation Officer, SAP