2024/5/22

ドコモは自問した「なぜLINEやiPodを創れなかったのか」

編集者・NewsPicks
1999年に登場し、一世を風靡したNTTドコモの「iモード」。携帯電話からメールを送受信したり気軽にネットを楽しめたりするサービスでしたが、往年のシェアはもうなく、2026年の終了が決まっています。

ガラケーからスマートフォンに市場の主役が移行するなか、ドコモはデジタルコミュニケーション分野で主導権を思うように握れず、iモードほどのイノベーションを生み出せないでいました。

なぜLINEのようなサービスを創り出せなかったのか?

そんな切実な反省も胸にドコモは今、社内スタートアップをはじめとした事業開発の全面的な見直しを図っています。過去の成功体験や「大企業病」を捨て、顧客や市場と向き合うドコモの新たな挑戦を追います。(第1回/全3回)
INDEX
  • 時代の寵児「iモード」失われた25年に内省
  • 時代を先取りしたドコモの製品、なぜ勝てなかった?
  • 顧客のニーズと向き合えていたか
  • 新規事業プロジェクトで浮かんだ「大企業的」課題
2024年4月1日、ドコモは3つのプレスリリースを同時に出しました。
「新規事業創出プログラム 『docomo STARTUP』からスタートアップが誕生」
事業内容は、生成AIを活用した学習マンガ、試着体験のDX、そして次世代のキャリア探索サービス。いずれも社外の投資家からの出資も受けて、ドコモから巣立っていくスタートアップです。
23年7月の開始からわずか9カ月間。23年度は社員の参加が700人を超えました。今回の3件のほかにも、事業アイデアは600件ほど社内起業プログラムから生み出されています。
「スピード感を示せた」と、新事業開発部でインキュベーション推進担当部長を務める朝生雅人さんは門出を見守ります。
ただ、これはドコモの長きにわたる苦悩を抜きには語れません。

時代の寵児「iモード」失われた25年に内省

「『iモード』の成功体験そのものは貴重です。ただ、iモードが出たのは25年も前。われわれには、『iモード』に続くイノベーションを生み出し続けることが必要なんです」。朝生さんは、取材の冒頭に語りました。
新規事業創出のための社内プログラム「docomo STARTUP」をNTTドコモグループが始めたのは2023年のこと。今までの社内ベンチャー制度を刷新しました。
2つの道のうち「STARTUPコース」では、立ち上げるベンチャーへのドコモの出資比率を原則15%未満に抑え、外部資本や起案者の株式が多めになるよう担保しました。加えてこのコースでは、従来は起業するには「ドコモを辞職」するしか選択肢がなかった社員に「出向」も認め、雇用の不安定さを心配せず、チャレンジできるようにしました。
起案者は社外に飛び出して新事業にフルコミットし、成功の暁には保有株式による多大なリターンが期待できます。その一方で、社内に戻る道筋も残されています。
社員にとって「ローリスク・ハイリターン」な制度設計を打ち出したのです。
事業創出の手法を学ぶ段階から実際に事業案を外部パートナーと提携して予算を付け検証する「GROWTH」まで3つのプログラムで構成。ドコモ出資や写真の扱い、インセンティブも2つのコースに分けました。
ドコモ提供資料を元に編集部作成
老舗かつ大手の日系企業としては、かなり思い切った社内スタートアップ制度といえます。
こうしてドコモが新規事業の創出に前のめりになる背景には、「次のiモードを生み出せなかった、失われた25年」への反省があります。

時代を先取りしたドコモの製品、なぜ勝てなかった?

2000年代以降、世界を席巻したデバイスやコミュニケーションツールにおけるイノベーションは、主に海外勢が担ってきました。
アップルは01年にiPod、07年にiPhone、15年にはApple Watchを次々に発売。11年に登場したLINEも、韓国IT企業の日本法人によるサービスです。
NTTコミュニケーションズのOPEN HUB Park
この間、ドコモが手をこまねいていたわけではありません。
01年にPHSを利用した音楽配信サービス「M-stage music」、03年には腕時計型ウェアラブルPHS電話機「WRISTOMO」など、時代を先取りした製品をいくつもリリースしてきました。
「企画や開発が優れ、すごく昔から新規事業に取り組んできたのに、これらのプロダクトを世の中に定着させることができなかった」と朝生さん。実際、M-stage musicはリリースから間もない04年にサービスを終了しています。
写真=GettyImages
「国内携帯キャリア首位」というポジション、高い技術開発力、新規事業に挑戦する先進性。こうした無二の強みをもってしても、ドコモが「次のiモード」を生み出せなかったのはなぜでしょうか?
朝生さんたちがまず挙げるのは、垂直統合モデルの終焉です。
ガラケー時代は、携帯メーカーと足並みを合わせて、使用するアプリケーションでドコモは主導権を握っていました。ただ、スマホに移行した途端、それを動かすOSは海外勢が独占。Google PlayとApp storeがアプリの世界で支配的になったのです。
ドコモはガラケーという端末とアプリの両方を垂直的に押さえられていた、iモード時代の成功パターンを引き継ぐことができなかったのです。熱狂的なファンの多いアップルの製品などと比べると、デザイン面でも弱さがあったといいます。
NTTコミュニケーションズのOPEN HUB Park
アップルの音楽デバイスiPodは、メディアプレーヤーであるiTunesとセットで打ち出すことでヒットしました。
サービス提供の際に、ユーザーに受け入れられるUX(ユーザー体験)が追求しきれていなかったのではないか.....。朝生さんたちは、そう振り返ります。
朝生雅人さん

顧客のニーズと向き合えていたか

通話やメールなどコミュニケーション分野を本業とするドコモが、LINEを生み出せなかった原因についても、社内でさまざまな議論がなされました。
「LINEは機能面をリッチにするというより、顧客のニーズをしっかりつかんでいたのではないか」
顧客のニーズと向き合い、リリース後も一緒にサービスを磨き込んでいく──。トップダウンで開発工程をあらかじめ決める従来の「ウォーターフォール・モデル」でなく、トライアンドエラーを繰り返す「アジャイル」と現在呼ばれる手法が必要だった、と社内でも気づきを得たのです。
新規事業を創り、改善する「プロセス」そのものにイノベーションをもたらしたい。こうした願いから2014年7月に始まったのが、いまのdocomo STARTUPの前身に当たる新規事業創出プログラム「39works」です。
社外のパートナーとプロジェクト体制を組み、企画から開発、運用保守までを一貫して実行。「小さく早く」スタートしてPDCAサイクル(業務を継続的に改善する手法)を高速で回し、マーケットと向き合いながら事業をブラッシュアップしていく手法を掲げました。
NTTコミュニケーションズのOPEN HUB Park

新規事業プロジェクトで浮かんだ「大企業的」課題

8年の間に39worksでは、計1343件の企画が提出され、このうち156件を検証、51のプロジェクトを事業化しました。
ただ制度を見直す時点で、実際に設立できた子会社は3社(23年10月に追加で現在は4社)。具現化して社内の事業部に移管されたプロジェクトも3件のみです。むしろこの間、社内でスタートアップを育てるうえでのさまざまな課題が浮かび上がりました。
例えば、新規事業はスモールスタートするのが定石ですが、経営陣が求める事業規模とのギャップが少なからずありました。
新規事業は応援したい。ただ、本業でも成果を出し続けなければならない......。そんな管理職の本音も見逃せません。新プロジェクトに人材が引き抜かれる格好に映るため、社内スタートアップ事業にはどうしても100%手放しでは肯定的になれないものです。
これらはドコモに限らず、多くの大企業の新規事業プロジェクトが抱える課題ともいえます。
さらに、プロジェクトが進行して事業内容を検証する段階でも課題が立ちはだかります。担当者を本格的に事業に従事させたくとも「専任化」ができなかったのです。また、ドコモのブランドイメージは大きいもの。プロジェクトの検証段階でも高いセキュリティー対策を求めました。
新規事業創出プログラム 『docomo STARTUP』の研修
次第にプロジェクトに関わる人たちの「モチベーション」に影を落とします。
事業をいざ子会社化するとなっても、担当社員にとっては一般的なベンチャーの立ち上げと比べて報奨が少ない。また、従来の社内ベンチャー制度ではドコモ側の資本比率が高く、資金調達をしてくれるVC(ベンチャーキャピタル)など外部ビジネスパートナーとの共創関係を築きづらい点も大きかったといいます。
しかも、大企業のドコモを辞めるリスクを自ら取る必要もありました。リスクばかりで、やる気が湧きづらかったのです。
大企業的な体質が、身軽さやスピード感の求められるスタートアップとソリが合わなかったドコモの39works。
この状況をなんとかしなければ......。
そうして現在の「docomo STARTUP」に刷新するきっかけをつくったのは、料金プランで大ヒットを飛ばしたある破天荒なエース社員の加入でした。次回は、彼が上げた「反撃ののろし」を追います。
Vol.2につづく)