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南壮一郎ビズリーチ社長インタビュー

起業家としての大勝負。「採用ゼロ円」化で、人材版のグーグル狙う

2015/5/27
5月26日、転職サービス「ビズリーチ」を運営するビズリーチが新サービス「スタンバイ」を発表した。中小企業の4割近くが採用難であることに目をつけた、「採用費ゼロ円」のクラウド型採用サービス。これまで企業側の手数料負担が当たり前だった転職サービスで、いかに「採用ゼロ円」を実現していくのか、「スタンバイ」のリリースで、既存のサービスにどのような影響がもたらされるのか──。新事業の狙いとビジョンについて同社の南壮一郎社長に話を聞いた。

日本は採用が世界で一番難しい国

──今のタイミングで、社運を賭けた新事業にチャレンジする理由は何ですか。

:ちょうど先月、ビズリーチは6周年を迎えましたが、創業以来、一貫して理念としてきたのは、「インターネットの力で世の中の選択肢や可能性を広げていくこと」です。

その理念を実現すべく、年収500万〜2000万円のプロフェッショナル人材の転職支援に特化した「ビズリーチ」と、20代のポテンシャル人材に特化した「キャリアトレック」という2つのサービスを展開し、従業員数も517人まで増えてきました。

ただ去年、これまでの道のりをじっくり振り返る機会がありました。

「そもそも自分たちの成果に満足しているのか」「ベンチャーとして、果たして僕たちは世の中を変えられたのか」「自分自身は何がしたいのか、どうしたいのか」をじっくり考えたわけです。

これまでの、ハイエンド領域に特化する戦略自体は、間違っていなかったと思います。ニッチな領域を狙うことがベンチャーの特性にもあっていますので。

ただその一方で、限られた正社員領域にしか関わることができていなかったことも事実です。

そこで、「すべての領域をカバーしたい」「マスを狙っていきたい」と思い、大きな勝負に出ることにしました。

世界から見ると、日本は世界で一番採用が難しい国と言われています。人材サービス会社マンパワーグループの調査によると、採用の難易度は、日本が圧倒的に1位です。

本来ならば、採用では、採用したい企業と仕事を探したい個人が、当事者同士、障壁なくコミュニケーションできればいいわけですよね。

しかし、僕らが大阪支社、名古屋支社を立ち上げて、地方の企業や中小企業と付き合う中で、地方の企業や中小企業が採用にすごく苦労していることがわかりました。こういった企業では、人材を採れていないがために、成長に弊害が出てしまっています。採用のロスは、究極的には、日本経済のロスです。

会社が大きくなり、新事業を支える財務基盤も出てきたのであれば、すべての企業のニーズ、すべての個人のニーズに応えるサービスを創りたい。それがこの「スタンバイ」を立ち上げた理由です。

「採用費ゼロ円」のクラウド型採用の新サービス「スタンバイ」

「採用費ゼロ円」のクラウド型採用の新サービス「スタンバイ」

──なぜサービスを無料にしたんですか。

先月政府から「中小企業白書」が発表されたのですが、4割近い中小企業が人材を採用できておらず、採用できていない企業の56%が、理由として「採用コストの高さ」を挙げています。

しかも、半数弱の中小企業が「中核人材を採用するときにかけられる予算は10万円未満」と答えています。「中核人材を雇うための予算」がですよ。予算がないので、中小企業の採用方法は、「ハローワーク」と「縁故」がほとんどです。

こうした課題を解決するための切り札が「無料化」なんです。

──ベンチャーとしての、社運を懸けるサービスということですね。「第二の創業」みたいなイメージですか。

まあNewsPicksがいきなり朝日新聞のようなポジションを狙いに行くようなイメージだと思ってください(笑)。僕は、プロフェッショナル層に特化しているという点で、NewsPicksとビズリーチは似ていると思うんですよ。ただ今回、僕らはマスを狙っていきたい、大きく勝負してみたい、と感じたんです。

新しいサービスを創るために、過去1年で200人を採用しましたが、今後12カ月間でさらに250人増やします。それだけの人員が必要なくらい、企業側の採用ニーズがある。今の人材市場はそれだけ非効率なんです。

──リクルートやマイナビなど、既存の大手プレーヤーにとっては、相当ディスラプティブなサービスになるのでは。

大手の人材会社の事業をディスラプトするというよりは、そもそもマーケットがないところにマーケットを創ろうとしているのです。

日本の採用情報市場、求人市場のポテンシャルは満たされているとは言い難い。だから、僕らのビジネスは、従来の求人広告市場や求人情報誌市場、人材紹介市場を補完するものだと思っています。従って、既存の大手プレーヤーとの摩擦は起きないのではないでしょうか。

「スタンバイ」によって市場規模が拡大し、企業がもっと真剣に人材を採りにいくようになれば、業界自体が成長します。まずはこれを目指していきたい。

南壮一郎(みなみ・そういちろう) 1999年、米・タフツ大学数量経済学部・国際関係学部の両学部を卒業後、モルガン・スタンレー証券に入社。東京支店の投資銀行部においてM&Aアドバイザリー業務に従事する。その後、香港・PCCWグループの日本支社の立ち上げに参画し、日本・アジア・米国企業への投資を担当。 2004年、楽天イーグルスの創業メンバーとなる。球団では、チーム運営や各事業の立ち上げをサポートした後、GM補佐、ファン・エンターテイメント部長、パリーグ共同事業会社設立担当などを歴任。その後、ビズリーチを創業し、2009年4月、管理職・グローバル人材に特化した会員制転職サイト「ビズリーチ」を開設。2010年8月、ビズリーチ社内で、セレクト・アウトレット型eコマースサイト「LUXA」(ルクサ)を立ち上げる

南壮一郎(みなみ・そういちろう)
1999年、米・タフツ大学数量経済学部・国際関係学部の両学部を卒業後、モルガン・スタンレー証券に入社。東京支店の投資銀行部においてM&Aアドバイザリー業務に従事する。その後、香港・PCCWグループの日本支社の立ち上げに参画し、日本・アジア・米国企業への投資を担当。
2004年、楽天イーグルスの創業メンバーとなる。球団では、チーム運営や各事業の立ち上げをサポートした後、GM補佐、ファン・エンターテイメント部長、パリーグ共同事業会社設立担当などを歴任。その後、ビズリーチを創業し、2009年4月、管理職・グローバル人材に特化した会員制転職サイト「ビズリーチ」を開設。2010年8月、ビズリーチ社内で、セレクト・アウトレット型eコマースサイト「LUXA」(ルクサ)を立ち上げる

差別化は、「無料」「簡単」「スマホ」

──マスのマーケットを狙いに行くにあたり、リクルートやインテリジェンスなど、業界大手とどのように差別化していく戦略ですか。

企業側には、2つのメリットを提供できると考えています。

1つ目のメリットは、「無料」であること。

採用活動自体は、実はそんなに複雑ではありません。求人情報を作成し、それを掲載・公開し、その求人情報を見た人が応募してくる。さらに、その情報を管理する。最終的には、面接をして採用に至るというのが基本的なプロセスです。

既存の採用支援サービスは、これらのプロセスを一部有料にしています。求人情報作成手数料、求人掲載手数料、応募管理システム使用料など、媒体によっては採用の成約の手数料を取っているところもありますね。

これらの課題を無料化によって解決します。

2つ目のメリットは「簡単」であることです。中小企業白書でも、「採用の仕方がわからない」という声が挙がっているくらいなので、「とにかく簡単にしよう」と考えました。

今、世の中のさまざまな業務がクラウドでリプレイスされていっています。グーグルがクラウド上でメールやカレンダーの管理をするサービスを提供したり、セールスフォース・ドットコムがクラウドで営業支援をやったり。クラウドで情報を管理することが可能になったことで、あらゆる業務領域で使いやすいサービスが登場しています。

そこで、私たちは求人作成から採用管理まで、すべてを企業側がクラウドで自主的に進めることができるようなサービスを提供しようと考えたのです。

もうひとつ付け加えると、カギになるのが、スマホ最適化です。採用の世界ではなかなかスマホ最適化ができていなくて、皆、苦戦している。「スタンバイ」ではスマホ最適化のためのツールも無料で提供します。

──スマホ最適化が課題というのは、メディア業界にも似ていますね。スマホ最適化のためには、エンジニアの力が重要ですが、どれぐらいエンジニアはいるんですか。

会社全体の従業員の3割くらいがエンジニアやデザイナーです。今回の事業も、エンジニアを中心に50人の精鋭部隊を切り出して、1年かけて開発しました。クラウド型業務システムや検索エンジン開発のために必要な、自然言語処理などが得意なエンジニアも多く参加しています。

──テクノロジー企業としての力が成否を分ける事業ですよね。

そうです。このようなサービスを実現するのは技術的に難しい。だからこそ、「スタンバイ」のような取り組みを始められるのは、私たちしかいないと思っています。

人材業界は、主に編集や広告販売といった「紙の世界」にバックグランドをもった方々が立ち上げた業界。だからこそ、インターネット技術で課題を解決することを強みとする業界ではなかったと思うんですよ。

さらに、以前は中途採用文化自体があまりなかったので、人材業界は市場として成熟しきっていなかった。だから、従来の画一的な有料モデルを業界として提唱し続けてこられたという要素はあったと思う。

しかし、ここ数年で、スマホの普及により日本全国すべての個人がインターネットにつながった。これは非常に革新的です。

さらに、地方企業や中小企業のニーズのように、まだまだ満たす余地のあるニーズがあることも鑑みれば、このタイミングだからこそ、インターネットの時代に生まれた若い会社である僕らがこのサービスを立ち上げる意義があると思うんですよ。

黒字化までは5〜10年。長期の勝負

──無料でサービスを提供して、収益はどう上げるんですか。

検索連動型広告を取り入れます。

しかし、まずは第三者が持っている広告を貼るくらいで、マネタイズにプライオリティを置かない予定です。まずは、企業の採用情報、求人情報をすべて1カ所に集めることを第一の目標にします。

別のビジネスモデルではありますが、お金をもらって、検索順位を決めたり、検索表示をするか否かを決める特化型検索サービスもありますが、われわれは検索結果は聖域だと思っています。このサービスに本当に懸けていきたいので、検索品質だけは譲らないようにチームにも言っています。

──まるで人材版のグーグルのようですね。グーグルのサービスにより、今まで広告を出せなかった小さい企業が検索連動型広告を出せるようになり、革新が起きた。その人材版ですか。

そうです。

──南さんの楽天球団時代の上司である小澤隆生さん(現ヤフー・ショッピングカンパニー長)が仕掛けた、eコマースの無料化戦略に似ていませんか。

ヤフーショッピングが具体的にどういう戦略でやっているのかはちょっとわかりませんが、見方によっては似ているかもしれません。ヤフーはもともと検索が強いのに対して、われわれはゼロから立ち上げるという違いはありますが。

──黒字化はどのくらいで?

5年、10年と長期的に考えています。

──参加企業や、ユーザーの目標数は?

これから1年間で求人を掲載している企業数は5万社、登録求人件数は20万件を目指していきます。ただし、中・長期で取り組んでいく事業だということが前提です。

既存のサービスと比べると、ビズリーチの登録企業数は3300社、キャリアトレックの登録企業数は2600社なので、スタンバイの目標登録企業数はとても大きい。

これまで、スタンバイのような大きな挑戦をするために地道に組織をつくってきましたし、業績も伸ばしてきました。ビズリーチは7月決算なのですが、今期の黒字予想を含めれば、4期連続最終黒字です。既存の事業が業績を出しているからこそ、こういった大きな勝負ができるわけです。

また、今年4月にビズリーチ内で立ち上げて、後に分社化した関連会社のECサイト・ルクサの株式をKDDIに売却しましたが、その株式譲渡益も新規事業に投資していきます。

──ビズリーチは上場を目指さないんですか。

現時点では、目指していません。企業としての哲学ではありますが、世の中に、今よりももっと大きなインパクトを与えられるような存在へと成長すれば、そのような選択肢も自然と見えてくるかもしれません。
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自分の国を変えられないで、世界では闘えない

──今回の新事業の意気込みを語るにあたり、「日本」という言葉がたくさん出てきました。ここまで「日本」を連発する起業家は最近では珍しい。

いろいろなきっかけがあり、「日本の未来」について考えるようになりました。

たとえば、昨年、世界経済フォーラム(ダボス会議)でヤング・グローバル・リーダーに選んでもらったことや、文部科学省の「スーパーグローバルハイスクール」企画評価委員会の委員に選んでもらったことが大きいと思います。

僕はビジネスの世界で育ってきましたが、世界の社会起業家や他の分野でのリーダーの方に会う機会があったことで、自分自身に大きな変化がありました。

僕は来年40歳になるのですが、以前から、20代は修行、30代は練習試合と決めていたので、40代、50代で本当の勝負をしてみたい。

僕は、両親に海外で育ててもらったことを非常に感謝しているのですが、起業家になってからは事業でほとんど英語を使っていません。英語が使えることは非常に大きなアドバンテージである一方、うがった言い方をすると、仕事でショートカットができたり、英語ができるからこそ与えられる仕事が、与えられたりもしてしまう。

でも、日本人として日本語だけで日本で仕事して、自分の国ひとつを変えることができないで、どうやって世界で闘うんだ、というのは昔から感じていました。

だからこそ、英語ができる、海外で育った、というたまたま両親に与えてもらった自分の特性を生かさずに、日本で事業を起こして価値をつくる。それができれば、40代、50代で日本から海外に出るようなビジネスや事業を創ることができるんじゃないかな、と思っています。

(聞き手:佐々木紀彦、構成:ケイヒル・エミ、写真:遠藤素子)