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CL放映権から見る世界の潮流 第2回

なぜ中国企業が「W杯放映権会社」を買収したのか?

2015/5/26
UEFAチャンピオンズリーグ(CL)は、世界最大規模のスポーツコンテンツだ。そのマーケティング権利を独占的に扱うスイスのTEAMマーケティングに、ひとりの日本人がいる。ケンブリッジ大学でMBAを取得した岡部恭英だ。企業と国の思惑が絡み合う巨大サッカー市場で、岡部が目にしたものとは──。
第1回:ヨーロッパの名門クラブは、アジアでパートナーを探している

テンセントがCL放映権を取得

──岡部さんはCL放映権およびスポンサーシップ販売のアジア・中東エリアの担当ということですが、やはり最近一番よく行くのは中国でしょうか?

岡部:はい、4月中旬に香港、北京、上海を2週間かけて回ってきましたし、6月も10日間ほど行きます。これだけ長い日数、ひとつの国をまわることは今までにはなかったことです。

もちろん理由があります。本業のセールス以外にも、スポーツ業界におけるM&Aや投資案件の話が中国にはたくさんあって、目が離せない状況だからです。前回も話しましたが中国の勢いはすごくて、「中国が欧米のスポーツ界に大きな波をつくり始めているんじゃないか」、そんな印象を今回の出張でもちました。

どれだけ中国企業の規模が大きいかは、たとえば、中国3大インターネット会社を表すBATのひとつで、急成長を続けるテンセントを見るとわかります。時価総額は約20兆円で、純利益が年間約4000億円。世界のインターネット企業の中で、トップ5に入ると言われています。そして彼らはサッカーへの興味も強く、中国におけるインターネット上のCL放映権を持っています。

中国は政府発表をきちんと実行する国

すでにNewsPicksでも何度か取り上げられていますが、中国の習近平国家主席はサッカーが大好きで、2025年までにスポーツ産業をGDPの1%(約8000億ドル)の産業にすると宣言しました。約80兆円産業にするということです。

大風呂敷だと言う人もいるかもしれませんが、中国っていい意味でも悪い意味でも、政府が発表したことをわりとちゃんとやってきた国なので、今回も決して侮れないと思います。

高度成長期に日本も経験したことですが、今、中国では大気汚染や子どもの肥満化などの問題があって、「勉強だけでなく、健康的なライフサイクルを送ろう」という考えがエリートの中に出始めた。

スポーツを促進しようという流れが自然に生まれ、驚くような資金と人(タレント)が集まってきています。

他にもインターネット企業のアリババが、中国一の強豪クラブ、広州恒大の株式50%を取得しました。また、不動産開発会社の大連万達はW杯の放映権を扱うインフロントを買収しました。

買収の裏にある2022年冬季五輪ビジネス

──あのインフロントが、中国の企業に買収される日が来るとは想像できなかったです。買収額は約1430億円でした。

企業評価のバリエーションでいうと、市場価格よりもかなり高い額で買収した印象ですね。他の企業だったら、この額は出さないし、出せない。

では、なぜ大連万達は買収したのか? 実はこれも政治と経済の両方を組み合わせると理由がわかります。

中国は2022年冬季五輪を北京で開催したいと考えています(編集部注:北京とカザフスタンのアルマトイが立候補しており、2015年7月に投票が行われる)。

もし冬季五輪を開催することになれば、宿泊・商業・スポーツ施設を一気に建設しなければなりません。大連万達はそれを狙っているんだと思います。

さらに鍵になるのは、冬季五輪後です。つくった“箱”をどう利用するかは、ものすごく大事ですよね。

実はインフロントは、ウインタースポーツ関連のマーケティング権利もたくさん持っている。2022年冬季五輪後、ウインタースポーツの国際大会を誘致できれば、“箱”をフルに生かすことができます。

ポリティクスが絡んだ巨大なスケールのエコノミクスを考えることに関して、中国人はアメリカ人並みにすごいと思います。

日本は現在地からインクリメンタル(定期的に少しずつ増加する)に努力をするのが得意です。

一方、中国というのは、何もないところに大風呂敷をばーんと広げて、トップダウンで物事を進める。「ありえないでしょ?」ってことを考えてやる。そして、それを可能にする資金がある。ある意味、アメリカに近いですよね。

スポーツ&エンターテインメントに特化した政府系ファンド

──インフロント買収の裏には、そんな構想があるんですね。

また話は変わりますが、私たちのパートナーのひとつに、中国家電量販最大手の蘇寧(スーニン)電器があります。彼らは子会社を通じてオンラインビデオ事業を行っていて、そこがCLのインターネットにおける放映権を持っています。

蘇寧電器は2009年にラオックスを買収して、中国人観光客へのビジネスで成功しているので、日本でも有名ですよね。

とにかく中国ではポリティクスが大事。政府が大義的に国民の健康を促すためにスポーツに力を入れ、さらに企業がスポーツ産業に成長の可能性を感じ、かつてない勢いが生まれ始めています。

──体感として、中国の勢いは去年よりもすごいですか。

はい。2006年に自分がこの会社に入って以降、中国は年々伸びていると感じていましたが、去年から明らかにサッカーにかける政府の本気度が急激に上がりました。それにともなって企業の本気度も上がっています。

やはり政府の方針が大きい。上海には、スポーツとエンターテインメントに特化した政府系のファンドもあり、数兆円規模の資金を持っています。

かつて日本がバブル期のとき、日本企業がエンパイア・ステート・ビルを買収しましたが、中国もそういうノリです。ただし日中で違うのは、中国の場合、常に戦略的国策が密接に絡んでいるということ。それに企業がついて行くので、ものすごいうねりになるわけです。

さらには人類史上最大の13億人からなる超巨大シングル市場がお膝元にある。それゆえにうまく回り出したら、勢いはそう簡単には止まらないでしょう。

(聞き手:木崎伸也)

※本連載は毎週火曜日に掲載予定です。