紅麹の秘密:遺伝子で理解するポリケチド【入門・合成生物学】
このところ、モナコリンK(ロスバスタチン)、シトリニン、プベルル酸、ベニコウジ赤色素(アンカフラビンなど)などの聞き慣れない物質名が報道されています。
ここで、とても重要なことを確認しておきますが、これらの化学物質が存在しているのはそれぞれの生物が持っている遺伝子の作用の結果です。これらは、ポリケチド(Polyketide、ポリケタイド)という名前で呼ばれている物質のメンバーです。
📌天然の化学物質
自然界には、様々な生物が生きています。そして、これらの生物は、それぞれ独特な性質を持つ「化学物質」(タンパク質や単純なペプチドではない化学化合物)を作り出しています。これらの物質は、生物の生存に役立つだけでなく、私たちの生活にも役立つものがあります。例えば、医薬品や香料、農薬などに利用されています。
こうした天然の化学物質には、ポリケチド、非リボソームペプチド(NRP)、リボソーム翻訳系翻訳後修飾ペプチド(RiPP)、テルペノイド、アルカロイドといったものがあります。よく耳にする天然の化学物質の多くはこれらのグループのうちのどれかになります。それは骨組みとなる化学構造を作る独特の生合成経路の違いでもあります。
当たり前ですが、生物の体の中では、有機溶媒のなかで高熱を加えたり、強い酸性にしたりするような有機化学の反応で、このような物質が作られているわけではありません。
これらの物質は遺伝子の直接の産物ではなく、遺伝子によってコードされた酵素によって生物の中で組み立てられます(RiPPは除く)。そして、そのような遺伝子を操作することで、本来作らない生物にこのような化学物質を多量に作らせたり、全く新しい化学物質を作らせたりすることが「合成生物学」そのものなのです。
📌ポリケチドとは
現在、ポリケチドは、1万種を超えるものが知られており、そのうち約1%が薬物活性の可能性があるということです。ポリケチドやそれを元にした医薬品による世界全体の収益は年間180億ドル(2兆7千億円)を超えるとされます。
例えば、以下のようなものもポリケチドです。
ラパマイシン(シロリムス):免疫抑制剤。mTOR阻害剤。
モナコリンK(ロスバスタチン):スタチン系薬剤でコレステロール低減。HMG-CoA阻害剤。紅麹に含まれる。
アヴェルメクチン:抗寄生虫薬。マクロライド系。無脊椎動物の膜貫通性グルタミン酸開口型Cl-チャネルに作用してCl-イオンの膜透過性を増加など。イベルメクチンは、アヴェルメクチンの誘導体。 大村智らがノーベル生理学医学賞を受賞した。
テトラサイクリン:抗生物質。 30Sのリボゾームサブユニットに作用し、蛋白合成の初期複合体形成を阻害。
クルクミン:ウコン(ターメリック)の黄色の色素。カレーなどのスパイスや食品領域の着色剤。サプリとしても利用。
ドキソルビシン(アドリアシン):抗がん剤。DNA塩基対の間に挿入し、DNA、RNAの生合成を抑制。
つまり、これらのポリケチドは、自然界では色素、病原性因子、毒素、情報伝達物質、防御物質など、様々な役割を持っています。そして、医薬品としては、抗がん剤、抗生剤などに利用されています。
ポリケチドは、構造的には、ケトン(>C=Oまたはその還元型)とメチレン( >CH2)基が交互に連なった鎖 [-C(=O)−CH2−]n からなる前駆体分子に由来します。細菌、菌類、植物、およびある種の海洋生物によって、アセチルCoAやマロニルCoA(下図)などのシンプルな材料から作られます。
📌ポリケチド合成酵素
ここで必要なのが、ポリケチドシンターゼ(ポリケチド合成酵素、PKS)です。生合成は、スターターユニット(通常はアセチル-CoAまたはプロピオニル-CoA)とエクステンダーユニット(マロニル-CoAまたはメチルマロニル-CoAのいずれか)との縮合で始まり、分子をレゴブロックのように組み立てていきます。
PKSは、大きく3つのクラスに分類されます: I 型 PKS (マルチモジュールメガシンターゼ。マクロライドやポリエンなどを作る。)、II 型 PKS (単機能タンパク質の集合。多くの場合、芳香族化合物を作る。)、およびタイプ III PKS (カルコン合成酵素様。ポリフェノールの多くがこれによる。)。これらのサブクラスに加えて、非リボソームペプチドとポリケチドのハイブリッド(NRP-PK および PK-NRP)も存在します。このようにして生成された化学物質は、更に修飾酵素によって多様な構造となります。
もう少し知りたい方は、こちらのwikipediaのページが参考になると思います。
📌プベルル酸の7員環はこうしてできる
ここでは、プベルル酸にも見られる7員環芳香族トロポロン(tropolone)構造を持つポリケチドが、どのようにできるのか、という論文を紹介したいと思います。天然では、200ほどのトロポロン誘導体が知られているそうです。例えば、ヒノキチオール、コルヒチンといったものがトロポロン誘導体です。ヒノキチオールは、東北大学理学部で活躍した野副鉄男博士(1958年文化勲章)の研究で知られます。
Davison J et al. (2012) Genetic, molecular, and biochemical basis of fungal tropolone biosynthesis. Proc Natl Acad Sci U S A. 109:7642-7.
まず、PKSによって、3-methylorcinaldehyde(3番の分子)ができます。そこから、更に、芳香族7員環を持ったトロポロン誘導体であるStipitatic acid(スチピタト酸)ができます。
Talaromyces stipitatus (Penicillium stipitatum)におけるtspks1 (tropA)遺伝子クラスターによるトロポロン類の生合成(下図)。PKSドメイン: SAT、スターターユニットアシルトランスフェラーゼ;KAS、ケトシンターゼ;AT、アシルトランスフェラーゼ;PT、プロダクトテンプレート;ACP、アシルキャリアプロテイン;CMeT、C-メチルトランスフェラーゼ;R、アシルCoAチオレステラーゼ。
シトリニンは、 ベニコウジカビの一つMonascus purpureusによって産生されるマイコトキシンで、その生合成の中心となる遺伝子pksCTも解明されていますが、このtropA遺伝子クラスターに相同なNR-PKSということです。日本で利用されているMonascus pilosus NBRC 4520には、この遺伝子がないものとされています。
トロポロン誘導体であるプベルル酸はアオカビの一種Penicillium puberulumによって作られるとされていますが、この物質が存在する背景もこのような遺伝子クラスターによるものと思われます。ちなみにプベルル酸については、このNCBIのPubchemデータベースが網羅的で詳しいです。
このあたりのことは、この総説に詳しいです。
最後に
化学、遺伝学、生化学的な研究で、ポリケチドの構造や合成、そして様々な機能を持つ仕組みが次々と明らかになりつつありますが、その全容はまだ不明な点が多いようです。このようなことの詳細は、ふだんはあまり関心を持たれないので、この分野の少数の専門家だけが状況を把握しているということだと思われます。ただ、合成生物学という立場からは、興味深い生物現象と遺伝子が存在しているということは理解しておきたいと感じます。
PKSの遺伝子を操作することで、本来作らない生物にこのような既知のポリケチドを多量に作らせたり、全く新しい化学物質を作らせたりすることができるようになるわけです。新しく発見されたり、人為的に作られたポリケチドは重要なリード化合物(創薬の出発点となる創薬標的)となります。
生物が作るポリケチドには、常にそれを生合成するための遺伝子の働きが背景にあり、その遺伝子の成り立ちや進化を理解することが大切です。遺伝子ならば、ゲノムシーケンシングやPCR検査で検出できます。多様な生物に見られるさまざまなポリケチドの存在は、遺伝子の進化の結果でもあるわけです。
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