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企業名議論 第2回

クラブが企業名を入れるのは「甘くて危険な罠」

2015/5/24
Jリーグでは企業名をクラブ名に復活させることを望む声が強まっている。では、サッカーの本場であるヨーロッパでは、この問題はどう考えられているのか? 第2回はオーストリアにおける失敗例と、あるビール会社の成功例を掘り下げる。
第1回:レバークーゼンとレッドブルが、企業名をクラブ名に入れられる理由

フォルクスワーゲンはあえて企業名を入れない

「クラブ名に企業名を入れる」というクラブそのもののアイデンティティーに関わる議論では、真っ先に「企業がクラブのオーナーであるか、それともスポンサーであるか」を整理しなくてはならない。この判断基準を明確にして、初めて議論を始めることができる。

前回は欧州で非常に稀な「企業がクラブのオーナーである」例として、「バイエル04レバークーゼン」と「FCレッドブル・ザルツブルク」を取り上げた。

似たようなケースではフォルクスワーゲン株式会社の100%子会社である「VfLヴォルフスブルク有限会社」がある。「VfLヴォルフスブルク」(NPO法人)から独立したプロサッカー部門のみの運営専門会社だ。しかし、彼らの場合、クラブ名に企業名は含まれていない。

一時的に業界内で議論になったこともあったが、親会社のフォルクスワーゲンがはっきりと「われわれはクラブ名を変更し、クラブのアイデンティティーを変えることはしない」と意思表明したため、この議論はすでに収まっている。

企業名がほぼ気付かれない事例も

また、若干特殊で比較的話題にならないのが、オランダの名門「PSVアイントホーフェン」のケースだ。

「PSV」はオランダ語で「Philips Sport Vereniging」(フィリップス・スポーツ連合)を意味しており、オランダを代表する電機メーカー「フィリップス株式会社」の企業クラブとして1913年に創設された。

現在では多くのサポーターやサッカー関係者が当クラブのことを「ペー・エス・フェー」(=PSV)とのみ呼ぶが、企業名を含んでいることを認識していないケースが多い。

この点はJリーグの「ジェフユナイテッド市原・千葉」と似ているかもしれない。当クラブ名のジェフ(JEF)の部分には母体となったJR-East(=JR東日本)とFurukawa(=古河)の略称が含まれているからである。

次々に打ち出される企業名をクラブ名に入れない経営判断

これまでは「企業がクラブのオーナーである」ケースを紹介したが、これからは「企業がクラブのオーナーではなくスポンサーであるケース」について話をしたい。

メリットを考慮してJリーグでも「企業名を入れるべき」との動きがあるそうだが、主に「オーナー企業名」ではなく「スポンサー企業名」を入れるケースについて議論されているように感じる。

また、私が卒業した「ブンデスリーガ・スポーツマネジメント・アカデミー」で議論されたのも主に「スポンサーの企業名をクラブ名に入れるかどうか」であった。「企業がクラブのオーナーである」ケースとはまったく別の事と捉えていただければと思う。

確かに、表面的に見れば企業名を入れることによって新しいスポンサー収入を得ることができる。実際、この手段を利用して短期的な収入増加を実現しているクラブもいくつかある。

それでも前回紹介したように、クラブ名に企業名を入れることに関しては、オーストリア・ブンデスリーガ(リーグ機構)は容認しているものの、自主的に控えるクラブが増加している。一体なぜ多くのクラブが自ら打ち出した戦略方針や独自に定めた規定によってスポンサー企業名をクラブ名に入れることを禁止しているのか?

それは1920年代から続く長いオーストリア・プロサッカーの歴史の中で、企業名をクラブ名に入れることによって経験した経営面でのデメリットや、サポーターの葛藤、メディアとの衝突、そしてアイデンティティーの消滅などがあったからである。

中でも約30年間にわたりメインスポンサー名をクラブ名に入れてきた名門FKアウストリア・ウィーンが「今後は一切企業名をクラブ名に入れない」方針を打ち出したことは大きく話題になった。

同クラブの敏腕GMが、わがブンデスリーガ・スポーツマネジメント・アカデミーの講師として招かれた際、アカデミーのマーケティング担当講師(ウィーン経済大学の教授)と共に下記のような説明があった。

「甘くて危険な罠」

「スポンサー企業名をクラブ名に入れることは『甘くて危険な罠』であることを理解しなくてはならない。経営困難に陥り、破産寸前のクラブが最後の手段として、この手法を取るのであればまだ理解できる。しかし、そこまで悲劇的な経営状態ではないクラブがこの手法を選択するのは可能な限り避けなくてはならない」

「そもそもクラブとしてのブランディングとアイデンティティーの確立を考慮すれば、自らのクラブ名を販売するという考えには容易に至らない」

「どうしてもスポンサー企業名をクラブ名に入れたいのであれば、詳細な現状分析を行い、すべてのデメリットを考慮し、これまでのプロサッカー界の歴史を通して学ぶことができた経験を生かして総合的な判断をするべき」

「短期的に『この手法によってこれだけ大きな収入増加につながりました』とクラブ外部に発信できたとしても、総合的に見てクラブの売り上げは本当に伸びているのか? 他のスポンサー企業が表舞台とは別の所でクラブとのパートナーシップを解消していないか? 観客動員数を含めてサポーターは減っていないか? 実際には売上増加ではなく売上減少になっていないか? 本当にメディア露出を通してスポンサーの認知度向上に繋がっているか?」

「数多いその他のクラブスポンサーは特定1社の企業名がクラブ名に入ることをどう思うか? まるでスポンサーをスポンサードしているように感じないか? クラブのブランド力より企業のブランド力の方が強くなっていないか?」

「企業名をクラブ名に入れるスポンサー企業に対しては、少なくとも10年、本来ならば15年以上のパートナーシップをクラブと結ばない限り、スポンサー企業にとってさほどメリットがないことを事前に伝えることが重要だ。たとえば5年契約などでは相乗効果を生み出す前に契約期間が終わってしまう」

「スポンサー企業名をクラブ名に入れることの他に、できることは山ほどある。クラブの経営を改善し、クラブ名という『最後の銀製食器』を売りさばいてしまうのではなく、各分野での経営レベルを上げながらクラブ自らのブランド力を高め、収入増加を図る戦略が必要不可欠だ」

クラブ名が数年おきに変わると、サポーターが企業名に関心を示さなくなる

上記の議論を、実際にプロサッカー界で起きた事例を交えながら掘り下げたい。

まずは「企業名をクラブ名に入れるスポンサーとは、少なくとも10年以上の契約をするべき」という指摘について。

オーストリアでは1970年代から2000年代の前半までは、1企業と10年以上の長期契約を結んだ事例はほぼなく、短い期間にクラブ名の変更がたびたびあった。

たとえば現在はオーストリア2部に所属するTSVハルトベルクは、10年間で3度もクラブ名を変えた過去を持つ(青字が企業名)。

TSVシュパールカッセ・ハルトベルク(=大手銀行)

TSVハルトベルク(=スポンサー名はなし)

TSVロポカスポーツ・ハルトベルク(=オンラインベッティング会社)

TSVエッガーグラス・ハルトベルク(=ガラス商品製造会社)

当初は収入増加に喜んでいたクラブも、徐々に現実が見えてくるようになる。

数年毎にクラブ名が変わるような状況では、クラブサイドの作業が煩雑になる。ホームページを始め全ての印刷物、関係資料、ファングッズ、メディアリリース、細かいところだとスタジアム内放送のテキストまですべて修正する必要性が出てくる。

また、サポーターが認識しないままスポンサー契約が切れてしまい、「そういえばうちのメインスポンサーってどこの企業だっけ?」というレベルの印象になってしまう。

誰も「正式クラブ名」に興味をもたないようになり、最終的には「われわれサポーターには関係無い話さ、我々にとっては常にTSVハルトベルクだから」、「何処の企業が付こうと興味無いね、どうせすぐ数年でまた変わるんだろうし、企業名を覚える必要も無い」となってしまい、スポンサーサイドも当初描いていたようなマーケティング活動が出来ない状況が生まれてしまう。

そうなると、クラブが次のスポンサーを探す際のハードルがどんどん高くなる。

ただでさえ条件は「複数年契約で値段もスポンサーの中で最も高め」なのに、「サポーターがスポンサーに対して関心を持たない」という傾向があると、クラブの営業スタッフもなかなか次のメインスポンサーを見つけることが出来ない。

スイスの経営コンサルタントの調査によれば、サポーターがクラブ名に企業名を入れたスポンサーに対してポジティブなイメージを持つようになるには、最低3年間はかかるとのこと。

TSVハルトベルクのみならず、短期契約を繰り返した多くのクラブはスポンサー企業に相乗効果を提供できず、さらにクラブ名が度々変更されることによって自らのブランド力を下げてしまった。

こういう経緯を受けて、クラブ自身が「企業名をクラブ名に入れることを禁止」するケースが増え始めた。

数少ない成功例:「SKプンティガーマー・シュトゥルム・グラーツ」

3年毎に別のスポンサーが「企業名をクラブ名に入れる権利」を購入すると、お互いデメリットが多くなるが、10年以上続けたことでメリットを得られたケースもある。

数少ない成功例として挙げられるのが、「SKプンティガーマー・シュトゥルム・グラーツ」だ。

Jリーグとも縁が深く、イヴィツァ・ヴァスティッチ(元名古屋グランパス)、マリオ・ハース(元ジェフユナイテッド市原・千葉)、エディ・ボスナー(元清水エスパルスおよびジェフユナイテッド市原・千葉)、ランコ・ポポヴィッチ(元FC東京及びセレッソ大阪監督)、ミハイロ・ペトロヴィッチ(現浦和レッズ監督)は、このクラブでプレーした経験をもつ。

イヴィツァ・オシムが監督を務めていた1990年代の中ごろから地元ビールメーカーである「プンティガーマー」が企業名をクラブ名に入れる権利を購入し、「SKプンティガーマー・シュトゥルム・グラーツ」として知られるようになった(ちなみに以前は、SKライフアイゼン・シュトゥルム・グラーツという名で、大手銀行の名前が入っていた)。

この契約は現時点で2016年まで結ばれており、契約が全うされれば、計20年の継続になる。

長いスパンにわたって行われてきたさまざまなPRマーケティング活動の甲斐もあって、このパートナーシップの認知度は非常に高く、現在ではオーストリア中のスーパーマーケットでプンティガーマーのビールを見る度にSKシュトゥルム・グラーツを思い出すほど「プンティガーマーのビール=SKシュトゥルム・グラーツ」というイメージが浸透している。

また、お互いが長いスパン、協力し合い、さまざまな相乗効果を生み出す関係を構築できたこともあり、企業もクラブに対して相応の金額を支払っている。企業とクラブの長期間にわたるパートナーシップの成功例とされており、契約延長は間違いない。

このSKプンティガーマー・シュトゥルム・グラーツのようなケースが増えれば素晴らしいが、今のご時世、10年以上のスパンを見据えてサッカークラブとのパートナーシップを結ぼうとする企業がどのくらいあるだろうか?

プンティガーマー社とSKシュトゥルム・グラーツの関係は理想のひとつかもしれないが、同じようなケースはほぼ存在していない。

次回はあるスポンサーが企業名を入れる権利を購入したことによって、その他のスポンサーがクラブを離れたケース、そしてクラブ名変更によって生まれたクラブロゴの変更とサポーターの葛藤について話したい。

※本連載は毎週日曜日に掲載予定です。