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7月に日本ツアーを実施

ドルトムントは「共感力」でアジア市場に挑む

2015/5/23

川崎フロンターレを選んだ理由

ドイツ1部ボルシア・ドルトムントが7月7日に川崎フロンターレと親善試合を行うことが発表された。シンガポール到着後マレーシアでも試合を行う、ドルトムントにとって初のアジアツアーだ。アジア展開を見据えてシンガポールに事務所を開設したばかりのドルトムントが、いよいよアジアに打って出る。

日本には7月6日朝に羽田空港に到着し、翌日の親善試合を含めて8日まで滞在する。その後、シンガポールへ移動して、ジョホールバルでマレーシア王者ジョホール・ダルル・タクジムFCとフレンドリーマッチを行う予定となっている。

ただ、ひとつ疑問がある。なぜドルトムントは川崎を対戦相手に選んだのだろうか?

川崎の本拠地である等々力陸上競技場の収容人数は、2万7000人程度と中規模だ。2年前に日本ツアーを行ったマンチェスター・ユナイテッドは横浜F・マリノスとセレッソ大阪、アーセナルは浦和レッズと名古屋グランパスを対戦相手に選び、4万人以上を収容する大規模スタジアムで親善試合を行った。今回、ドルトムントも大規模スタジアムを選んでも良かったはずだ。

実はドルトムントには、アジアどころか海外ツアーの経験すらほとんどない。

海外ツアーというとチケット争奪戦が繰り広げられるイメージがあるが、そのノウハウをもたないドルトムントは、いきなり大規模スタジアムで親善試合を行うのはリスクが伴うと考えたのだ。

中規模のスタジアムを持つクラブを探していた彼らにとって、首都圏に本拠地を構え、同じプーマがサプライヤーでもある川崎は絶好の相手だった。

マレーシアで行う親善試合の会場も、同じく中規模だ。5万5000人を収容するシンガポール国立競技場ではなく、収容人数3万人程度のラルキン・スタジアムで開催する。

今回のツアーは5日の出国から11日の帰国までの7日間で、親善試合2試合という比較的コンパクトなツアー。競技面から考えてもこの程度の遠征なら大きな負担にならない。収益、リスク、コンディションなど、さまざまな点を考慮して、中規模ツアーを選択したようだ。

7月に川崎フロンターレ対ドルトムントが実現。香川真司がドルトムントの一員として凱旋試合を行うのは初めて。(写真:アフロ)

7月に川崎フロンターレ対ドルトムントが実現。香川真司がドルトムントの一員として凱旋試合を行うのは初めて。(写真:アフロ)

ドルトムントのブランド戦略

このように慎重な姿勢でアジアツアーを実施するドルトムントだが、本国ドイツにおいては極めて高い動員力をもつクラブである。

昨季の平均観客数8万297人は、サッカーにおいては世界最高の数字。そのうち、5万5000人をシーズンチケット所有者が占める。サポーターたちの応援はドルトムントの代名詞で、本拠地ジグナル・イドゥナ・パルクは欧州でも指折りの熱狂的なスタジアムである。

ユルゲン・クロップ監督の指揮によって2010-11シーズンから国内リーグ2連覇、2013年には16年ぶりとなるチャンピオンズリーグ(CL)決勝進出を果たし、その人気はさらに高まっている。

しかし、今でこそビッグクラブのイメージが強いドルトムントだが、ほんの10年前には債務超過によって破綻寸前にまで追い込まれ、クラブ消滅の危機に陥っていた。それを機に経営方針を改め、長期的なビジョンでチームを強化する方針を打ち出して現在の地位に上り詰めた。

この危機はブランド戦略を刷新する契機にもなった。

ドルトムントには2008年まで統一されたクラブイメージがなかった。そのため、クラブは「Intensity」を核とするブランド戦略を打ち出した。日本語で「激しさ」を意味するこの言葉は、本拠地ジグナル・イドゥナ・パルクにおけるファンの熱狂を表したものである。

ドルトムントはドイツ有数のビッグクラブだが、同時に浮き沈みのあるクラブでもある。1997年にCLを制覇したと思えば、数年後にはクラブ消滅の危機に陥った。2010年から破竹の勢いでドイツを席巻したかに思えば、今季は大不振で一時はリーグ最下位に転落した。

その際、クロップ監督が発した言葉は象徴的だ。

「良いときと同様、悪いときも私はボルシア・ドルトムントにいるよ。成功だけが欲しいなら、バイエルンのファンになるしか手はない」

ドルトムントは名門だが、良い時期もあれば、悪い時期もある。まさに人生そのもの。ドルトムントにとって重要なのは、人間らしいストーリーに共感してもらうことだ。

実際、ドルトムントのハンス・ヨアヒム・ヴァツケ最高経営責任者(CEO)は昨年の年次総会で「一方で成功を狙い、もう一方で共感を得ることを目指す」と発言している。

2014年にブラウンシュバイク工科大学が行った調査では、ドイツ1部・2部の全36クラブの中でバイエルンが最も共感度が低かったのに対し、ドルトムントは最も高い共感を集めた。

海外進出に関して、ドルトムントは後発組だ。知名度はライバルのバイエルン、国外のレアル・マドリーやマンチェスター・ユナイテッドといったメガクラブと比べると劣るのは否めない。

そこでドルトムントはチームの「強さ」に頼るのではなく、「共感」に訴えることにした。これまでのメガクラブにはない新たな戦略と言えるだろう。

5月18日、ドイツのデュッセルドルフにおいて、ドルトムントのアジア戦略の説明会が開催された。(撮影:山口裕平)

5月18日、ドイツのデュッセルドルフにおいて、ドルトムントのアジア戦略の説明会が開催された。(撮影:山口裕平)

ファン獲得のための3つのアプローチ

ドルトムントの海外戦略においても核になるのはIntensityだ。ドルトムントがまず目指すのは海外の人たちを本拠地ジグナル・イドゥナ・パルクに招くこと。

試合を楽しんでもらうだけではなく、スタジアムの熱狂を実際に感じてもらい、帰国後にその体験が広められることを期待していている。先日、日本の旅行代理店H.I.Sとの業務提携によって行った観戦ツアーもその一環だ。

ただし、実際にスタジアムを訪問できる人数には限りがある。そこでTV放映を含めたメディアを通じたファン獲得が重要になってくる。ドルトムントはファン獲得に3つのアプローチを定めている。

最初のステップが「become visible」。現在、ブンデスリーガはほとんどのFIFA加盟国でTV放映されており、まず黄色と黒という世界的に珍しいクラブカラーによって存在を認知してもらうことを目指す。

次のステップが「become hot」。ドルトムントは数年前に英誌『Four Four Two』から世界で最もホットなクラブに選出されているが、それは単にピッチ上で成果を残したからだけでなく、野心的なクロップ監督の下で若くて無名の選手たちが献身的にプレーし躍動する姿が人々を魅力し、共感を呼んだからだろう。

このプロセスを実現できれば、ドルトムントは最後のステップ「become loved」に達し、人々から愛される存在になるだろう。

ドルトムントは欧州のメガクラブではないからこそ「共感」をキーワードに掲げる。(写真:山口裕平)

ドルトムントは欧州のメガクラブではないからこそ「共感」をキーワードに掲げる。(写真:山口裕平)

日本人の4人に1人がドルトムントを認知

ドルトムントにとって重要なマーケットの1つが香川真司の母国である日本だ。彼らの調査によれば、日本人の4人に1人がドルトムントを認知しており、600万人が興味を抱いているという。

すでにドルトムントは日本での展開を進めている。英語版に次ぐ2つ目の外国語版サイトとして日本語版公式ホームページを開設。現地発の翻訳ニュースを掲載するだけでなく、香川に関するニュースなど日本語版独自のコンテンツも配信している。

さらに、クラブの公式グッズを販売するECサイトも日本版を開設し、日本円での決済や他地域よりも迅速な商品配送を行っている。

香川のドルトムント復帰発表日には、日本語版公式ホームページでも背番号入りユニフォームの販売を開始し、当日だけで2000枚のシャツを売り上げた。ここでのポイントは、ターゲットとする国に合わせたサービスを提供することだ。

欧州のクラブは次々と日本、アジア市場の開拓を狙っている。それはJクラブにとって脅威ではある。だが、後発として海外進出を進めるドルトムントの戦略は、Jクラブにとって参考になる部分もあるはずだ。