シリコンバレー発ロボット最前線

植毛分野にもロボットが進出

植毛ロボットの驚きのスキル。あなたの髪を優しく採取

2015/5/18

植毛は、とても痛い

「こういうことまでロボットにできるのか……」

今後、ロボット技術の発展で、今後そんな風に驚くことがたくさん出てくるだろうが、現時点で感心しているのは植毛ロボットだ。正確に言えば植毛そのものではなく、植毛手術のある部分を自動化するロボットだ。それであっても、こんな細かいことがロボットにできるようになっているのかと感心する。

この植毛ロボットを開発したのは、シリコンバレーにあるレストレーション・ロボティクスという会社だ。製品の「アルタス」は、2011年にFDA(連邦食品医薬品局)の認可を受けて正式に製品化されるようになり、2014年には100台目のロボットを出荷した。調べてみると、日本でも数カ所導入しているところがある模様だ。

私も取材に行くまで知らなかったのだが、従来の植毛手術とは非常に手間がかかるものだった。いや、手間よりも痛みが伴うものだった。というのも、人工毛ではなく自毛を植え付けて自然に生長させるためには、頭の別の場所から健康な毛を頭皮ごと剥いで、植毛しなければならなかったからである。

当然痛い。それに帯状に横方向に長く剥ぐので、これがなかなか治らない。そして傷口が治っても、その部分は毛が生えずハゲたままになる。そこは見えないように毛を長くするなどの工夫が必要だ。そんな痛々しい条件のもとに、植毛手術が行われてきたのだ。

レストレーション・ロボティクスの「アルタス」 http://restorationrobotics.com/the-artas-advantage/clinical-excellence/

レストレーション・ロボティクスの「アルタス」
http://restorationrobotics.com/the-artas-advantage/clinical-excellence/

毛根を傷つけず毛株ごと採取

読んでいるだけでも痛いが、もう少し手順について説明を加えておくと、その帯状の頭皮は、医師がいくつかの毛株ごとに細分化する。そして、今度は植え付ける箇所の方に切り目を入れて、この毛株を埋め込む。ちょうど草木の移植のような感じで、それを希望する箇所にまんべんに散らして配分する。

ありがたいことに自分の皮膚と自分の毛なので、移植先でもうまく馴染んでそこで新たに育っていく。これがざっと従来の自毛植毛の方法だ。

さて、植毛ロボットは、この最初の毛株の採取作業を自動化する。ただし引っ張って毛を抜けばいいのではなくて、毛根を傷つけず毛株ごと採取しなければならないのだが、ロボットにはそんなことができるのだ。

このロボットで使われているのは、高性能の画像認識技術、画像ガイダンスシステム、パンチ方式で毛株を切り取るメス、特定のアルゴリズムなどだ。ロボットは、見たところ歯医者に行ったときに使われる照明器具のようにも見えるが、その中にカメラやメスが組み込まれている。

患者は、その器具の下にうつむいて座る。患者は、よく背中をマッサージしてもらう際に似た座り方をする。うつむきになって頭部を固定し、後頭部が器具から見えるようにするという設定だ。

施術に先立って医師が行うのは、刈り上げた患者の頭部を観察して、どこから毛株を採取するかを決めることだ。毛がたくさん生えていて、少々薄くなっても目立たない箇所が望ましい。そこに目印となる四角いフレームを貼付ければ、準備完了だ。ここからは完全にロボットが自動作業を行う。

ロボットは、毛の生えているところから、間引く方法で毛株を採取する。間引くというのは、そこに生えている毛を全部取り除くのではなくて、全体的な密集度をまんべんなく低くするということである。特定の場所だけ薄くなったりしないように設定されているわけだ。それを自動的に認識し、計算して見極めている。

また、毛は頭皮に垂直に生えているわけではない。1本1本違った方向に傾いているのだが、何とそれも認識する。そして、微妙にメスの方向を変えながら採取。むやみに頭皮を傷つけないようにするためだ。

ところで、毛穴には1本しか毛が生えていないこともあれば、数本が固まって生えている箇所もある。このアルタス・ロボットは、その毛穴単位、つまり毛株といわれる単位で採取。植毛もその単位で行われる。

ロボットが採取作業をしている最中に、患者が動いてしまったらどうなるか。

この採取作業はほぼ痛みがないように行われるが、それでも患者がじっとしていられなくなってからだを動かしたり、くしゃみをしたりすることもあるだろう。そもそも患者は呼吸をしているので、毛穴ひとつ分くらいの距離は常時動いているかもしれない。

その場合は、動きが小さければメスは身体の動きに追従し、動きが大きければ作業を停止する。先に患者の頭皮に貼付けたフレームには、基準ポイントとなる印が付けられており、これがコンピュータの中のデータと照合されるので、印が動けばメスも動く。アルタス・ロボットは、1秒間に60回もカメラが対象を捉えて、こうした動きを感知しているのである。

さて、ここまでがロボットだが、この後の植毛部分はまだ医師がマニュアルで行う。毛の向きや濃度など、この作業には経験とセンスが必要とされるのだが、ロボットはその部分まで到達していないようだ。

とはいえ、レストレーション・ロボティクスでは、数年後にはここもロボット化することをロードマップに入れているようだ。

この植毛ロボットを見ると、とんでもない未来的な技術が用いられているわけではなく、すでにある技術の先端部分を組み合わせ、さらに自動化パンチ型メスなどの特製ツールを作るということで成り立っている。それが、これまで痛くて少々手荒な手術を低侵襲性のものに変えてくれた。

万能な家事ロボットが登場するのはずっと後のことだろうが、こうしたロボットがこれから数々作られ、それが万能ロボットへの道を少しずつ開拓してくれるのだろう。そんなことを思わせるロボットだ。

※本連載は毎週月曜に掲載予定です。