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人はなぜ間違えるのかー偏見と差別のメカニズム

人はなぜ間違えるのかー偏見と差別のメカニズム

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西 愛礼
刑事司法の一隅を照らす西 愛礼

  『冤罪学』の視点から考える「人はなぜ間違えるのか」、今回は人がどのようにして偏見や差別に至ってしまうのかについて解説します。  

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偏見とバイアスの違い

偏見」とはネガティブなステレオタイプのことを指します。ステレオタイプというのは、特定の集団に属する人たちの特性に関する信念です。  

これに対して、以前の記事において、偏った認知の歪みとして「バイアス」を紹介しました。例えば、自分の予想や期待に合致する情報を選択して認知する傾向は「確証バイアス」と呼ばれています。

偏見とバイアスは全く別のものです。偏見は生まれた後の経験を通じて学習されるもので、それが深く心に根ざすと、様々な状況を認識したり記憶したりするときに認知バイアスを生むという関係にあります。

よく偏見という意味で「バイアス」という言葉が使われることがありますが、これは認知心理学でいう「バイアス」とは異なるものです。例えば、ジェンダーバイアスという言葉は認知心理学でいう「バイアス」ではなく、偏見という意味で使われています。

ノーベル経済学賞も受賞したバイアス研究の第一人者であるダニエル・カーネマン氏は、「バイアス」という言葉が多義的になってきたことに関して、どんなバイアスなのかを特定せず都合よくなんでも「バイアス」のせいにする風潮は「バイアス」という言葉を形骸化させ使う意味を無くすものであり、「バイアス」という言葉ははっきり特定できるある種のエラーとそれを引き起こすメカニズムにだけ限定して使うように警鐘を鳴らしています。

Getty ImagesのMaks_Labの写真

偏見はどのようにして生じるのか

以前の記事でも紹介しましたが、人間は物事を常に頭の中でイメージしながら生きています。この処理の中では効率化のために物事を分類するカテゴリー化が行われます。このカテゴリー化にはそのカテゴリーのイメージが伴うところ、イメージに一致する出来事に注意が向いてしまいます(認知的確証効果)。このようにして、様々なカテゴリーに対するイメージ(ステレオタイプ)が出来上がっていきます。

ステレオタイプが形成されていく中では偽の情報が入り込むことによって事実無根の誤ったステレオタイプ(偏見)が形成されていくことがあります。実際には関係がないにもかかわらず関係するものと捉えてしまうことは錯誤相関と呼ばれ、2つの稀な事柄に遭遇したとき、それらの事柄同士が結びついた状態で記憶に残りやすくなることからこの錯誤相関は生じると考えられています。特に、少数派である”外国人”と、非日常的出来事である”犯罪”はともに稀で目立ちやすく、それらが同時に起こる「外国人犯罪」というものに関する錯誤相関を生じさせます。

つまり、我々は「外国人」というカテゴリーを頭の中に持ち、それには何らかのイメージがあります。外国人犯罪の報道などに触れるたびに、それが目立ちやすい事柄であるために脳に残りやすく、外国人は怖いというイメージが構築されていきます。外国人は怖いというイメージに沿った外国人犯罪の報道には特に注意を向けてしまい、そのイメージは間違っていなかったんだと思い込んでいきます。このようにして、外国人は犯罪率が高いという偏見が形成されていくのです。

また、ステレオタイプに従って行動することで、そのステレオタイプにあてはまる結果が生まれてしまうという行動的確証効果(又は自己成就効果)というものもあります。どういうことかというと、「外国人は怖い」というイメージを抱いた人はその外国人を避けたり視線をそらすようになります。そうすると、そのような扱いを受けた外国人の方も相手から拒絶されていると感じて態度がぶっきらぼうになり、「外国人は怖い」というイメージが定着してしまうのです。警察官の場合は、「外国人は怖い」という偏見に従って職務質問を続けているとかえってそのような反応が返ってくることになりますし、外国人をターゲットとして職務質問を繰り返して分母が偏ることによって外国人犯罪の摘発数が上がっていき、「外国人は怖い」という偏見が深まってしまうのです。

Getty Images のYOSHIKAZU TSUNO の画像

裁判官も陥ってしまう偏見と差別

裁判官は予断・偏見に気をつけるように教育されています。

しかし、そんな裁判官であっても、人間である以上、偏見や差別からは逃れられません。

例えば、日本の最高裁判所が謝罪した差別的取り扱いとして、ハンセン病患者に対する開廷場所指定問題という出来事があります。

ハンセン病は1948年(昭和23年)の治療薬導入以降、治癒する病気であり感染しても発病率が低いことが認識され、遅くとも1960年(昭和35年)以降は強制隔離の必要性が国際的・国内的に否定されてきました。しかし、裁判所は1972年(昭和47年)までハンセン病を理由として開廷場所を療養所内の仮設法廷などに指定し、裁判を受ける権利や公開裁判の保障を蔑ろにする運用を行っていました。

有識者委員会はこの運用を偏見と差別に基づくものであると指摘。最高裁判所も、「このような誤った指定の運用が、ハンセン病患者に対する偏見、差別を助長することにつながるものになったこと、さらには当事者であるハンセン病患者の人格と尊厳を傷つけるものであったことを深く反省し、お詫び申し上げる」と謝罪しました。

ハンセン病を理由とする開廷場所指定に関する調査報告書59頁

ハンセン病患者に対する偏見は、ハンセン病に対する知識の欠如に加え、患者に接すると感染するという誤解によって生まれています。人間には、行動免疫システムといって、病原菌を持っていることを示す手がかりから離れるよう人間を動機付け、病原菌の体内への侵入を防ごうとする心理作用があるのです。病原菌は目に見えないためその同定のための推論には誤りが生じやすく、病変が表れている場合には感染源と見なされてしまい、ハンセン病患者に近づくと感染するという誤解と偏見が生まれてしまったのです。

また、冤罪に関しても、前科者や素行不良者、知的障がい者、外国人などがしばしば冤罪当事者になってしまっている歴史があります。

Getty Images のWasan Tita の画像

偏見への対抗策

それでは、どうすれば私たちは偏見を予防できるのでしょうか。

注意しなければならないのが、偏見はそれを抑制しようとすると、かえってステレオタイプに注目してしまうために偏見が強まってしまうことがあるということです(リバウンド現象)。

ただし、「人を人種や性別で判断するのは良くない」というような偏見に対抗する信念を持つことはとても重要です。そのような信念が前提にあると、実際に自分が差別してしまったり、差別を見た際に罪悪感を感じたり反省が促され、同じような差別をしないという結果に繋がるからです。

特に有効性が高いと言われているのは偏見の相手方との接触です。接触仮説と言って、偏見は対象への無知や誤解によって生まれるのであるから、接触機会を増やして真の姿に触れれば自ずと偏見はなくなるという考えに基づいています。ただし、接触によってかえって偏見や敵意を強めてしまうということも珍しくありません。対等な立場で、なるべく親密かつ協力的な接触をすることが大事だと言われています。また、自分の同僚や友人が偏見の相手と友好的に接触するのを見聞きすることでも偏見の低減を期待することができるそうです。

様々な人に関わり、その人たちのことを知ることこそが偏見をなくす第一歩といえるでしょう。

プロフィール

西 愛礼(にし よしゆき)、弁護士・元裁判官

プレサンス元社長冤罪事件、スナック喧嘩犯人誤認事件などの冤罪事件の弁護を担当し、無罪判決を獲得。日本刑法学会、法と心理学会に所属し、刑事法学や心理学を踏まえた冤罪研究を行うとともに、冤罪救済団体イノセンス・プロジェクト・ジャパンの運営に従事。X(Twitter)等で刑事裁判や冤罪に関する情報を発信している(アカウントはこちら)。

今回の記事の参考文献

参考文献:西愛礼「冤罪学」、藤田政博『バイアスとは何か』、ダニエル・カーネマンほか『NOISE 組織はなぜ判断を誤るのか』、北村英哉・唐沢穣『偏見や差別はなぜ起こる?』。なお、記事タイトルの写真についてはGetty Imagesのtimsa の写真。


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人はなぜ間違えるのかー女性と冤罪

コメント


注目のコメント

  • 西 愛礼
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    後藤・しんゆう法律事務所 弁護士(元裁判官)

    人がどのようにして偏見や差別に至ってしまうのかについて解説しました。
    裁判官時代、「予断・偏見」には気をつけなければならないと何度も教わったものの、「偏見」がどのように形成されてどのように気をつければよいのかについては知りませんでした。しかし、これはしっかり学ぶべきものだと反省しています。退官後に学んだ偏見に関する心理学について共有したいと思います。


  • 井澤 寛延
    株式会社インターネットイニシアティブ ビジネスリスク・データ保護コンサルタント CIPP/E 中小企業診断士

    西先生の投稿とコメントを拝読しました。予断や偏見の危険性を改めて認識することができました。

    司法の世界ではないですが、冷戦期にアメリカのインテリジェンス機関が、旧ソ連の戦闘機MiG-25の技術や性能を、最先端級のものであると過大評価していたというエピソードがあります。実際は、函館空港にベレンコ中尉が亡命着陸したMiG-25を調べると、インテリジェンス機関が評価していた技術レベルに及ぶものではありませんでした(エンジンは評価以上の性能だったそうです)。
    当時のTimeの記事は、戦闘機に使われていたリベットの打ち方が「町の鍋直し屋が鍋をパッチ当てした程度」と辛辣に報じていました。このエピソードの裏には、米軍の、軍事予算獲得のためのアピールといった政治的意図があったともいわれています。

    私も現役時代は、「ファクト(事実)」と「オピニオン(意見)」を区別するように意識していました。バイアスを未然に防ぎ、真に意思決定につながるインテリジェンスであるか否かは、それがファクトの組み合わせのメカニズムから導き出すことができるかを判断基準としていました。そのおかげで、大きな失敗をすることなくキャリアを過ごすことができたと思っています。

    オピニオンで物事が動き出そうとしている時は、十分注意する必要があると思います。


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