2024/2/22
NECが金融に挑む理由は、「責任あるAI」の追求だった
NEC コーポレート事業開発部門 | NewsPicks Brand Design
生成AIが大きく話題となり、それにまつわるビジネスの変化の兆しも多く見られた2023年。
しかし同時に、著作権の侵害やディープフェイクなど、AIに関するさまざまな危惧も顕在化し、確たる倫理観をベースとした「責任あるAI活用」の重要性も浮き彫りになった。
では、責任あるAI活用とは、何だろうか。
その一つの解になるかもしれない先駆的なAI事業を始めたのが、NECのグループ会社として立ち上げられたスタートアップ「Painter(ペインター)」だ。
Painterが挑戦する領域は、NECグループで初となる“個人向けの金融サービス”。
同社は2023年9月、資産コンサルティング事業を行う株式会社Japan Asset Management(以下、JAM)と資本提携。JAMの金融ナレッジと、NECのテクノロジーを掛け合わせ、生成AIを活用したIFA(独立系フィナンシャルアドバイザー)サービスを開始した。
同事業の特徴は、生成AIをモノを売るためというよりも、「人間性の発揮」に重点をおいて使う点にある。そのビジネスモデルとあわせ、人類とAIのあるべき関係の一端を探る。
顧客コミュニケーションに生成AIの技術力を活かす
──Japan Asset Management(JAM)との資本提携により、具体的にどのような事業を展開していく計画なのでしょうか。
岩田 今まさに展開中なのが、生成AIを活用した資産運用アドバイスを行う「Shines(シャインズ)」というサービスです。
これは、福利厚生の一環として企業に導入していただくもので、従業員のフィナンシャルウェルネス(将来の金銭的な状況に安心感をいだける状態)の向上を通して、所属する企業への満足度やエンゲージメントを高めるサービスになります。
すでに2024年1月から、NECグループの約12万人の社員に向けてShinesの提供を開始しており、他の企業への導入も進めていきます。
また、JAMはこれまでアスリート向けの資産運用支援「アスマネ」をはじめ、さまざまなBtoCサービスを展開してきました。それらのサービスにも、NECグループのAI技術を搭載していく計画です。
──Shinesでは、どのようなプロセスでユーザーにアドバイスを行いますか。
まずは、行動経済学の考え方なども用いながら、お客さまが自身の行動特性を理解することを支援します。
具体的には、お客さまにオンライン上でさまざまな質問に答えてもらいます。質問は投資関連だけでなく、たとえば心理的リスク許容度など、その人の行動特性がわかるものになっている。
その質問の生成や選択、そして回答の分析に、AIの機械学習を活用します。
そのプロセスを経て、資産運用に関するアドバイスを行い、最適なポートフォリオを提案します。このように、「その人を理解し、その人自身が自分の理解を深めてから、投資運用に関する話をすること」が、私たちのサービスの大きな特徴になります。
──とくにAIが活きるのは、どのプロセスでしょう? やはり最適なポートフォリオを組むところでしょうか。
いえ、むしろ「どのようにアドバイスするか」のところに、AIの能力を活用しています。
優秀なフィナンシャルアドバイザーは、お客さまの金融リテラシーや性格に応じて、提案の順番も話すトーンも変えます。
お客さまが論理的なタイプであれば、まず結論から話すようにするし、心配性なタイプなら、その心配の中身をきちんと理解するように努める。金融リテラシーの高いお客さまであれば、いきなり金利の動向から話すのに対し、高くなければそもそも金利とは何かのところから説明する。
初めに行動特性を学習させるのは、そのコミュニケーションの仕方を対象の人に最適化させるためです。リスクに対し、どれだけ反応される方なのか。AIのサポートに対し、どのくらい信頼感を持っているか。
そうしたさまざまな特性を理解することで、その人にとって最適なアドバイスの仕方も見えてきます。
顧客コミュニケーションに生成AIを活かす点が、Shinesの一番の特徴なのではないでしょうか。
──“人間らしさ”のために、AIを活用するのですね。
はい。そうしたアドバイスをすべて人間が行うとなると、限られた人しかサービスが享受できません。そこで生成AI技術を活かし、個々のユーザーに最適化した提案を、人々があまねく受けられるようにする。そんなサービスなんです。
また、私たちは特定の金融商品の販売を前提としたアドバイスは行いません。ポートフォリオを提案する場合であっても、たとえば株、債券、保険といったさまざまな金融商品の種類を「このくらいの割合で持つのがいいかもしれないですね」といった形の提案になります。
したがってユーザーによっては、最終的に金融商品の販売につながらないケースもあります。その場合、われわれには販売仲介料は入りませんが、「こんなポートフォリオなら、将来は安心なんだ」という体験をユーザーにご提供できることが一つのゴールになります。
──では、事業としての収益源は何になるのでしょう。
一番は企業に福利厚生として提供するので、その導入費になります。
もちろん金融商品を提案するのでその販売仲介料もありますが、先も述べた通り、そこにはこだわりません。
ユーザー自身も自覚できていないようなニーズをきちんとくみとり、長期的な視点のもと最適なポートフォリオを提案すること。その提案に対するフィードバックによって、さらに最適なサービス体験を提供することを目指しています。
AIの使われ方を改めて問う
──話は少し戻りますが、なぜコミュニケーションのあり方の部分に、生成AIの力を注ぐのでしょうか。
根底には、AIの使われ方に対する危機感があるからです。
特に海外の広告における多くのAIの使い方は、やっぱりモノやサービスを売ることが何より優先されています。お客さまの心理的特性を徹底的に理解し、モノを売ることに使う。
でも、その個人データの解析方法は開示せず、ブラックボックスにすることが多い。一部では開示が求められてきてはいるものの、それでも多くの企業は、率先してホワイトボックスにしようとは基本的にしません。
一部の学者は、AIが人間の行動心理に対し、深く影響しすぎるのではないかと危惧しています。 心理的特性ばかりを分析し、ユーザーの行動を企業が思うままに変えることに、AIが使われようとしていると。
また、今後はフェイク情報や好ましくないもののためにも、AIがますます使われていくでしょう。
だからこそ私たちはそれとは反対に、「人間性が発揮される部分」に、AIをとことん使っていきたいんです。
お客さまの行動特性は、お客さまとともに理解し、一緒に歩んでいきましょうと。解析の内容や提案の根拠も、すべて説明していきますよと。そういう使い方をしないと、AIとの関係が、本当に危ういものになってしまいます。
実はこうした考えは、NECのパーパスがベースになっています。
──NECのパーパスとは?
NECグループのパーパスには、かなり前から「人間性の発揮」というフレーズがあります。
正確には、「安全・安心・公平・効率という社会価値を創造し、誰もが人間性を十分に発揮できる持続可能な社会の実現を目指します。」がパーパスです。
そこにもある安全・安心・公平・効率、そして人間性の発揮のために、NECではAI開発においてもホワイトボックスであることにこだわってきました。
そもそもAIは、人間をエンパワーするものである。
だからこそ、その結果を出した理由も含めて見える化し、使う人が納得できるものにする必要があると。こうしたグループの姿勢が、私たちのサービスのベースともなっています。
──では、NECのグループ会社として、事業領域に「金融」を選んだのは、なぜでしょう。
理由の一つは、金融のデジタル化が、ほぼ不可逆である点です。
金融は広く言えばサービス産業で、デジタルとは親和性が高い上、ほとんどの産業なり行政なりと関わるので影響や広がりも非常に大きい。だからこそ、私たちのようなデジタル技術の会社が、本気で取り組むべきだと考えました。
その中でも、個人がお金をどう運用するかや、どう守るかに関しては、まだまだ満たされていないニーズが多く、成長余地も大きいと考えました。
ただ、BtoC事業を手掛けることに関しては、それとは別に大きな理由があります。
「責任あるAI活用」が競争優位性となる世界
AIを使ったデジタルサービスの強みの一つは、パーソナライズされた新しい顧客体験を届けられる点にあります。
ただ、その顧客体験を届けるには、試行錯誤のサイクルをものすごいスピードで行ってアップデートを重ねていく必要がある。
NECはこれまで、企業向けにサービスを提供していました。その先にはtoC、つまりエンドユーザーがいる。そのエンドユーザーの体験にこだわらないと、今後は良いサービスは提供できないでしょう。
お客さまからのフィードバックを得て、さらなる価値を追求するための検証サイクルは、自身でやらない限りなかなか猛スピードでは回せない。
グローバルを見ても、実際にそれをやった企業が大きくなっています。だから私たちも、その環境を整えて挑戦することにしたんです。
──では、Painterの今後の展望を聞かせてください。
大きめの展望でいえば、今後も創意工夫や挑戦心を持ったさまざまな企業と手を組み、NECのAI技術やクラウドノウハウなどと連携していきたいですね。
さらには、そうしてPainterで得たノウハウを、NECの金融系のお客さま企業に還元する。
そんなふうに、いい意味での「不安定さを起こすための仕掛け」ではないですが、NEC本体の変化も促していきたいです。
──それを実現するためのPainter“ならではの強み”とは何でしょう。
やはり、責任あるAI活用の部分だと思います。
この先は、AIがもしかすると人類のビッグリスクになるかもしれないという思いを抱えながら走る時代になると思います。
そんな時代こそ、「そっちは危険だからこっちに進むぞ」と人間的な意志をしっかり持ってAIを使う。それが私たちの責任であり、結果的にそれが競争優位性にもなるのかなと。
そんな強みを携えた金融サービスとして、ぜひグローバルにも挑戦したいです。そこを目指しつつも、まずは目の前にある、企業で働く方々の幸福度を高めるサービスをとことん磨いていきます。
執筆:田嶋章博
撮影:吉田和生
デザイン:藤田倫央
編集:福田啄也
撮影:吉田和生
デザイン:藤田倫央
編集:福田啄也
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