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第三者による選手保有を巡る議論 第2回

スペインからイングランドへの移籍金が高くなる理由

2015/5/3

5月1日、ついにFIFAによって、「サードパーティー・オーナーシップ」(第三者による選手保有、TPO)が禁止された。

TPOとは、移籍金の一部もしくはすべてを、投資家や資産家に負担してもらう経営法のこと。その選手が次に移籍したときに生まれた利益を、出資者で山分けする仕組みになっている。出資者が移籍に口を出して、いろいろな問題を引き起こしてきた。

しかし、FIFAが禁止しても、舞台裏でTPOが利用され続けると予想されている。

いったいTPOの何が問題なのか。また、移籍市場はどんな影響を受けるのか。

前回に引き続き、『ブンデスリーガ・スポーツマネジメント・アカデミー』における受講者たちのディベートを紹介する。

受講者Aが賛成派、BとCが反対派だ。

スペインやブラジルが反発か

受講者A:TPOが禁止になったら、特にスペイン、ポルトガル、ブラジルが反発するだろうね。実際のところ、どういうやり方で監視して、最終的に罰するのかな。

受講者B:禁止したとしても必ず抜け道が生まれる。それでもUEFAとFIFAはしっかりとしたスタンスを示すことが重要だと思う。

TPO禁止は経営力が低いクラブにとって損害になるけれど、その分、本当のクラブの経営力がみえてくる。

バイエルン・ミュンヘンみたいなクラブにしてみれば、TPO禁止は痛くもかゆくもない。一方、スペインやポルトガルの大半のクラブは大変なことになるんじゃないかな。

受講者C:第三者が選手の権利をもっているというのは、やはり不自然だ。もしクラブから残留を希望され、同時に投資会社から移籍しろと言われた場合、選手はどうするべきなのか。

実際には投資会社の言いなりになるケースが多いと思う。サッカー界にとってメリットがあるとは思えない。

ムヒタリアン移籍の複雑な事情

受講者A:でも、TPOによってそれまでサッカーに興味をもっていなかった投資家が、今まで以上に応援するのでは? もしかしたら新しいサッカーの楽しみ方なのかもしれないし、富裕層や億万長者のサッカーファンを増やすことにつながるかもしれない。

受講者B:いや、そういうサッカー「ファン」はサッカー界にはいらないよ。「サッカー選手」という名の投資商品が利益をもたらしてくれることを願っているだけだ。株価が上がるのを願っているのと同じだよ。

受講者C:クラブと投資家の両サイドに言えることだけど、株やカジノと同じで、一回利益に味をしめると、やめられなくなるのでは? 投資会社のみならずクラブまでもが、利益に引っ張られる可能性がある。移籍金ビジネスでブレーキを踏めなくなって破産したクラブはたくさんある。

受講者B:似たようなケースがもうひとつあるよ。クラブの会長がTPOを利用して一部選手の権利をもっているケースだ。

この場合、スポーツディレクターや監督は仕事がとてもしにくい。「会長のメリットを考えてこの選手を使おう」「自分が解任されないため、会長のご機嫌を取るためにこの選手を移籍させよう」という考えが生まれても不思議ではない。実際、過去に何度かあった。

また、その選手が他クラブに移籍した場合、違約金の一部は会長の懐に入る。これは法的に問題ないのか。いくら事前に一定の金額をクラブに投資していたとはいえ、会長がクラブを通して金銭的なメリットを得ることには変わりはない。

受講者C:やはりTPOが利用されると、いろいろな面でややこしくなる。それからTPOによって保有権が分散されている選手を獲得する際も大変だ。

たとえば、ドルトムンドによるアルメニア代表のムヒタリアン獲得。それまで所属していたウクライナのシャフタール・ドネツクが保有権の50%、メタルルフ・ドネツクが25%、アルメニアのピュニク・エレバンが25%もっていて、ドルトムントのスポーツディレクターは3つのクラブと交渉をしなければならなかった。サッカー業界外の投資家が保有権をもっていたら、さらに話が複雑になる。

なぜプレミアリーグへの移籍金が高くなるのか

受講者B:皆もう気づいていると思うけれど、最近のヨーロッパ全体の移籍市場を観察すると、ポルトガルやスペインからイングランドやロシアに移籍する選手の違約金が異様に高いよね。

「レベルや実績からして、なぜこの選手がそこまで高いの?」と疑問に思うことがよくある。そういうケースを調べてみると、大半はTPOによって第三者が絡んでいる移籍なんだよね。第三者が利益を上げるために水増しされているんだ。

そうなると選手の市場価値もおかしくなって、選手自身も被害を受ける。どんな代理人と組むのか、選手自身がしっかりと見極めなくてはいけない。

受講者C:TPOが一種のファイナンシャル・ドーピングであるのは間違いないし、「サッカーはいったい誰のものなのか」という話に発展する。

いくらサッカー界全体が商業化されてきたとはいえ、一番大事なのは生活文化の一部であるということ。サッカーの魂を守らなければならない。(文中敬称略)

※本連載は毎週日曜日に掲載予定です。