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ビジネス書の“効能”を高める秘訣は「症状」を知ること

【Vol.5】大室正志「ビジネス書は『西洋薬』、文学は『漢方薬』」

2015/5/1
自分のビジネスに役立てるため、知識や教養を身につけるため……。人がビジネス書を読む理由はそれぞれだろう。実際のところ、ビジネス書は本当にビジネスの役に立つのか? NewsPicks編集部は読書家として知られる各分野のプロフェッショナルにインタビューを実施。ビジネスへの役立て方、良書、悪書をわけるもの、座右の書などビジネス書について語り尽くしてもらった。
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読む目的を明確に

僕がビジネス書を読む理由。それは、産業医として経営者やビジネスパーソンを相手に仕事をしていくうえで、彼らが何に困り、何を求めているのかという「思考の先回り」をするためです。

たとえば、「レバレッジ思考」や「デュアルライフ」が注目されているという現象の背景には、その本が訴えている思考に共感している人たちが数多く存在します。僕はある種のマーケティングツールとして、流行しているビジネス書には必ず目を通すようにしています。

僕は、ビジネス書は精製された“西洋薬”のようなものだと考えています。何らかの症状を自覚している人にとって、とても効きが良いビジネス書がある。けれど、ゴールとする目的が明確であるだけに、合わない薬をいくら摂取しても意味がありません。

風邪でもないのに風邪薬を飲んでも意味がないのと同じです。僕の場合、このビジネス書は誰にとって効くのだろう、どの部分が効くのだろうということを想像しながら読んでいます。

一方、文学や哲学といったジャンルの本は、“漢方薬”。文学は読んで味わうことが目的であり、何かに役立ったというのは、副次的な効能にすぎません。何がどのように、いつ効くかはわからない。でも、のちのちの調子の良さの遠因となることもあります。

漢方薬と西洋薬を考えるうえで、思い出す本があります。それは、世阿弥が記した能の理論書である『風姿花伝』。僕は、有名な「秘すれば花なり、秘せずは花なるべからず」という言葉に、なるほどと感銘を受けたものの、それだけで終わってしまいました。

つまり、日本の美学の古典として、漢方薬のような摂取の仕方をしていたんですね。

しかし、実際に能をやっている人が読んだとしたら、『風姿花伝』は悩みや行き詰まりを解決する西洋薬として、ビジネス書のような読み方ができるはずです。

「秘すれば花なり」の言葉もまた、僕とは違った受け止め方ができるのかもしれません。同じ1冊の本であっても、漢方薬のような読み方もできれば、西洋薬のような読み方もできるのです。

大室 正志(おおむろ・まさし) 2005年産業医科大学医学部医学科卒業。専門は産業医学実務。ジョンソン・エンド・ジョンソン統括産業医を経て現在は同友会春日クリニック 産業保健部門 産業医。メンタルヘルス対策、インフルエンザ対策、放射線管理など企業における健康リスク低減に従事。

大室 正志(おおむろ・まさし)
2005年産業医科大学医学部医学科卒業。専門は産業医学実務。ジョンソン・エンド・ジョンソン統括産業医を経て現在は同友会春日クリニック 産業保健部門 産業医。メンタルヘルス対策、インフルエンザ対策、放射線管理など企業における健康リスク低減に従事。

用法・用量と服用のタイミングに注意

つまり、僕はビジネス書を“服用”するうえでいくつかの注意点があると思う。ビジネス書を読んでも響かないというのは、ビジネス書自体の良し悪しというよりも、自分の問題意識とフィットしていないものを選んでいる可能性が高いです。

たとえば、ドラッカーは大学生が読んでも「へぇ~」と感動するかもしれません。しかし、ビジネスマンや経営者が読み、書かれていることを体現してみてはじめて、引っ掛かりどころの多さに驚き、学びを得ることができる本です。

また、勝間和代さんの著書は、あまり年収が高くなくて将来に危機感をもっている人が、年収600万円を実現するためにはどうすればよいのかに特化して具体的な方法を提示しています。その層にいる人にとっては、ものすごくよく効く薬ですが、その他の人には響かないでしょう。

テンションが上がる本は、エナジードリンクにすぎない

ベンチャーを創業した、上場したなどといった武勇伝は、アゲアゲな物語に気持ちが良くなるエナジードリンク的な作用があります。彼らのレベルに達するにはどうすればよいかという目的意識をもって読むには良い本ですが、気持ちの良さに頼り過ぎるのは危険。エナジードリンクも、飲み過ぎは体に毒です。

同じ意味で、いわゆるマッキンゼー本やリクルート本など、元社員が書いた本を読むのなら、ブームの先駆けとなった“一番茶”であればあるほど当たりの可能性が高い。すべてとは言いませんが、後期に出てきたものほど、出がらしの可能性があります。

著者にとって当たり前すぎることは、言語化されていない

また、ビジネス書を読むうえで留意すべきは、その著者にとって当たり前すぎるほど当たり前のことは書いていないという事実です。昔の日本の書物には、コメのつくり方を解説しているものが少ないということをご存知でしょうか? なぜなら、コメづくりは日本人にとって、誰もが知っている技術だったから。それと同様に、著者は自分の生業として身体化してしまっていることに、あえて触れようとしない傾向があります。

だから、「世の中はカネじゃないんだ!」という主張の本があったとしても、それを鵜呑みにするのは危険です。実は、その著者にとってカネを稼ぐことは日常であり、語るほどのことでもない前提なのかもしれません。

著者の歩んできたキャリアをしっかりと理解し、なぜこの人はこのタイミングで、こんなことを主張しているのだろうかという裏読みをしていくのも、面白いビジネス書の読み方です。

大室正志おすすめのビジネス書4冊

・『黒幕 巨大企業とマスコミがすがった「裏社会の案内人」』 伊藤博敏

メディアには決して出ることはなかった陰の情報フィクサー、石原俊介氏。その半生を明らかにしたノンフィクションからは、自分の周囲に磁場を発生させて社会に影響を与えていく生き方を学ぶことができます。ある専門分野を自分の軸足をしつつ、組織には所属しないフリーランスとしてのポジションのとり方を模索する人にとって、ビジネス書的な読み方が可能な良書です。

・『仕事に効く 教養としての「世界史」』 出口治明

ライフネット生命保険の会長兼CEO出口治明氏による、歴史をテーマにした一冊。出口氏は世界の歴史書を、「人間はもめるとこう考える」とか、「お金をもつとこう行動する」などといったデータベースとして読んでいるということがよくわかります。歴史や文学に慣れていない、歴史書から何を読み解けばいいのかがわからないという人にとっての入門書として最適です。

・『マネジメント【エッセンシャル版】基本と原則』 P・F・ドラッカー

言わずと知れたドラッカーの本。ビジネス書にしては平易な言葉でつづられていますが、ある種言いっぱなしで、まとまりに欠ける印象も。だからこそ、読む者に解釈や想像の余地があり、読むたびに異なる発見があります。特に経営者レベルの人たちに効き目が強いビジネス書です。

・司馬遼太郎の本

司馬遼太郎の著作をビジネス書とするか否かには賛否両論ありますが、「歴史上の人物が行った人生の選択の背景を知りたい」など、明確な目的意識を持って読めばビジネスの参考になる本ばかりです。

大室氏おすすめのビジネス書。左から、『マネジメント【エッセンシャル版】基本と原則』『黒幕 巨大企業とマスコミがすがった「裏社会の案内人」』『仕事に効く 教養としての「世界史」』

大室氏おすすめのビジネス書。左から、『マネジメント【エッセンシャル版】基本と原則』『黒幕 巨大企業とマスコミがすがった「裏社会の案内人」』『仕事に効く 教養としての「世界史」』

(文章構成・朝倉真弓)