2024/1/19

ハコベルに学ぶ、大企業とのシナジーの生み出し方

NewsPicks Brand Design シニアエディター
 物流業界の抜本的なDXを目指し、セイノーホールディングス(セイノーHD)とラクスルのジョイントベンチャー(JV)として2022年に誕生したハコベル株式会社。
 物流テックとBtoB運送のトップランナーが手を組んだことに驚きの声が随所で上がり、一気に業界の風雲児となった。
 一昨年、NewsPicks Brand Designでは、新生ハコベルのビジョンや成長戦略を詳報
 同代表取締役CEOの狭間健志氏は、「物流システムの効率化のためには、企業間の垣根を越える共創、共生が必要」と語り、業界のDXを一気に加速させるプランを示した。
 あれから1年。業界存続の危機を招く「2024年問題」が迫る中、ハコベルは想定通り拡大しているのか。
 JV誕生後に示された成長のロードマップの進捗状況を、ハコベルの狭間氏とセイノーHD執行役員の神谷敏郎氏に聞いた。
狭間 2023年はセイノーの胸を借りて大きく飛躍した1年でした。
 何より大きかったのは、セイノーが本格的なハコベルユーザーとなり、全国の支店や営業所でマッチングサービスを使ってくださったことです。
2009年東京大学大学院農学生命科学研究科修士課程修了後、ベイン・アンド・カンパニー・東京オフィスに入社。多岐にわたる業界の日系・外資系クライアントを担当。17年にラクスルに転じ、執行役員ハコベル事業本部長などを経て、2022年8月から現職。
 ハコベルは8年前、東京23区に限定した軽トラック運送のマッチングサービスを始めました。トラック輸送業全体で見れば、非常に規模の小さな領域です。
 JV設立前までの我々は業界の端っこにいるスタートアップ。
 ラクスルはスタートアップ業界の中では名が通ってますが、物流業界の中でのハコベルは「印刷ベンチャーがやっている新規事業」という見られ方でした。
 顧客開拓の際に「カタカナの会社が面白がってやっているサービスだ」と面と向かって言われたこともあります。
 それがセイノーという物流業界のど真ん中の企業、B2B輸送でシェアNo.1の企業が我々に出資し、たくさん使い始めてくださったことで、業界内でのハコベルの信用度が格段に高まり、ビジネスの規模も拡大しました。
 具体的には、セイノーのハコベル発注量・利用頻度が激増したことに加え、新規ユーザー数も拡大し、売上はJV設立当初から1.5倍以上になりました。
 提携する(マッチングする)運送会社も1.3倍程度増えています。
 他業界を含むあらゆるマッチングプラットフォームのビジネスには、需要と供給の「鶏卵問題」が付きまといますが、ハコベルの場合は、セイノーが株主・顧客として需要を生み続けてくれたことにより、供給=キャパシティの問題に集中することができました。
 とはいえ、成果が簡単に出たわけではありません。昨年11月頃には、過去最大とも言える試練にも直面しました。
 私たちからお願いしてセイノーにハコベルの発注を増やしてもらいましたが、それによって輸送需要が一気に増え、荷物の運び手の数が追いつかず、サービスがパンクしてしまったのです。
 通常の取引関係だったら、普通はここで見限られます。でもセイノーは我々を助けてくれた。運び手を増やすためにいろいろなサポートをしていただいたり、新たな取引先も紹介してくださいました。
「ハコベルができることをできるペースでやってください」とも言ってくれました。
 私たちも正直に「解決にはこれぐらい期間が必要です」と打ち明け、マッチングのアルゴリズムの改善などに取り組み、危機を乗り切りました。
神谷 確かにハコベルと当社で二人三脚しながらサービスを磨き上げていった1年と言えるかもしれませんね。
 ハコベルという会社がすごいのは、とにかく現場に足を運ぶこと。お客様の声を一番聞いているのは現場の人間です。サービスが現場に刺さるかどうかが業績を左右する。
 ハコベルの皆さんは、現場の意見をちゃんと取り入れ、UI(ユーザー・インターフェース)やサービスの改善へ確実につなげてくれました。
1997年西濃運輸入社。現場研修として単独トラック乗務を経験した後、東京都内の事業所において輸送の提案等を行う営業に従事。その後、京都支店ならびに北大阪支店等で支店長を歴任した経験を活かし、本社で監査室室長として全国店所業務の平準化に尽力。2019年より経営企画室長としてセイノーHDの中期経営計画を推進し、昨年にはロードマップ2028の策定・発表を行った。2023年から現職。
狭間 セイノーの支店を訪問させてもらった回数は、この1年で1000件を超えます。現場の皆様からの忌憚ないフィードバックは本当に参考になりました。
 この改善を通じてハコベルは、運送会社にとってはたくさんの仕事があるサービスに、荷物の送り手にとっては素早く確実にマッチングするサービスに進化したと思います。
 セイノーが大口のユーザーになってくださったことで、輸送需要(輸送のボリューム)が一気に増えたことに加え、アルゴリズムやオペレーションの改善を進めたことで、マッチング精度が格段に高まったからです。
「(マッチングの)100パーセント保証」「確実手配」。徐々にこれに近づくサービスに進化したからこそ、売上やビジネス規模の拡大が達成できたのだと思います。
神谷 シナジーはいろいろありますよね。私から一つお話しすると、JV設立はセイノーにとっても新たなビジネスチャンスです。
 運送業の市場のパイは、中小企業による貸切便が大部分を占めています。
 これはハコベルの得意分野です。一方、私たちは長距離輸送の混載便がメインで、貸切はあまり注力していない分野でした。
 国内市場がシュリンクし、さらに2024年問題が迫る中、業界全体の効率化に向けて、貸切の分野にいかに切り込んでいくかがセイノーにとっての課題でした。
 今ではハコベルが開発した貸切便の手配システムを導入し、サービスを展開しています。まさに、大きな武器を手に入れた、という感じです。
狭間 ハコベルにもセイノーのアセットを提供してもらっているサービスがあります。
 ハコベル会員向けに燃料などを相場より安価で提供する「ハコベルサポーターズプログラム」です。
 例えば、セイノー商事が販売している燃油をハコベル会員にも提供します。
 ハコベルユーザーは中小規模や個人事業主が大半なので、燃油などの調達力が強くない。一方でセイノーは、グループ全体で保有する約3万台もの車両の使用料をベースに非常に安価で仕入れられる。
 そのセイノーの調達ネットワークにハコベルユーザーが乗れる仕組みです。実際に燃料代を年間数%削減した会社もあります。 
 このネットワークを活かした提供サービスを、今後は他の資材にも広げていきたいと思っています。
 この1年でサポーターズプログラムに参画してくださるサービス運営会社様も増え、自動車保険、所得保障保険、ドライバーの健康安全管理など、提供サービスも多岐にわたります。
 ハコベル会員向けにドライバー採用の広告費用を無料にしてくださる会社もあり、採用コストの低減にもつながっています。
 サービスを提供してくださる提携企業は、自分たちで営業をかけて切り開いたところもありますが、セイノーの紹介で導入に至った取引先もあります。
神谷 我々がハコベルのサポーターズプログラムにサービスを提供するのは、自分たちの利益を上げるのが目的ではありません。
 運送会社の皆様にハコベルを利用するメリットを提供し、ハコベルの会員数を増やし、供給側、つまり配車可能な車両の数を確保することが一番の狙いです。
 それが我々の車両手配力となり、新たなビジネスチャンスの発掘につながるかもしれません。
 またハコベル会員に燃料などを提供することで、我々も仕入れ量が増える。
 量が増えれば、さらにいい条件で私たちも燃料や資材を調達できる。まさにwin-winの関係を築けています。
 サポーターズプログラムへの投資は物流業界内の共存共栄、業界の未来を懸けた先行投資と考えています。
狭間 ハコベルが2022年JV化した背景として、セイノーとラクスルの両社が物流業界で目指す姿が一致したことがあります。
 セイノーとラクスルでJVを設立したときから、将来は他の会社さんも株主で参画していただこう、資本関係がなくても業務提携などでどんどん提携を進めていこうという方針でスタートしています。
 セイノーは「輸送立国」という使命をもち、これからの時代は様々な得意分野を持つ企業同士が協力する「オープン・パブリック・プラットフォーム(O.P.P.)」を目指すと宣言しています。
 ラクスルは「B2Bの産業においてテクノロジーを活用して仕組みを変える」というミッションを掲げています。
 言葉は違いますが、「企業同士が協力し、多様な角度から物流業界の課題にアプローチし、業界標準のプラットフォームを創り上げる」という目指す姿は同じでした。
 ずっと同じ方向性でやってきたこともあり、新たな会社に資本参画いただくのはタイミングの問題でした。
 そして2023年10月、新たに山九、福山通運、日本ロジテムの3社をハコベルの新たな株主として経営に参画していただくことになりました。
 山九は我々が全く知見のない化学品や鉄鋼の領域、港湾や輸出入に強みを有しています。
 福山通運はセイノーと業態が同じで非常にシナジーがイメージしやすく、セイノーと既に業務で連携していたご縁もありました。
 日本ロジテムは2年前から我々とシステムを共同開発しています。
 ハコベルの大きな目標は、主にBtoB輸送をシステムやテクノロジーの力で持続可能な産業にしていくこと。
 その視点に立ったときに、ビジネス面でのシナジーも生まれ、オープンなプラットフォームを作っていくというビジョンにも共感いただけた3社に新たに参画していただいた格好です。
神谷 セイノーからすると、競合にあたる会社もあるわけで、なぜ連携できたのか不思議に思われるかもしれません。
 ただ、物流業界は、もう競合企業だから協力しない、なんて悠長なことを言っていられない状況にあります。
 O.P.P.の構想自体、当社の代表取締役社長である田口義隆が言い出したもの。競合同士が手を組むメリットを見越しているわけです。
 例えば当社と福山通運さんが、A地点とB地点という二つの届け先にそれぞれ荷物を届けるとしましょう。
 2社のドライバーの稼働時間や待機時間は重なるわけですが、A地点へ運ぶ荷物はセイノー、B地点へ運ぶ荷物は福山通運さん、といった役割分担ができれば、互いにドライバーの稼働量を減らせますし、業界全体で目指すグリーン化にも貢献します。
 もっとも、福山通運さんとは客層も近く、10年以上既に業務で連携しています。山九さんは、当社とは客層が異なるなかで、そこからの新たな連携に期待をしています。
 他方、日本ロジテムさんとは別の観点でシナジーを効かせたい。
 ハコベルは現状、荷主の配車を効率化するサービスがメインですが、いずれは荷主の輸送業務全体を管理するシステムを提供したいわけです。そこにはロジスティクスのノウハウが必要になります。
狭間 世の中の大きなトレンドとして、物流のアウトソース化が進んでいます。メーカーなどがどんどん物流をアウトソースし、かつ物流企業の統合も進んでいます。
 荷主としては、配車、請求、運送会社とのやり取りなど輸送にまつわるあらゆる業務を「セイノーさんよろしくね」と丸投げして、自社のリソースを主力事業に注ぎ込むのが理想です。
 そういうシステムをハコベルが創り出す。それがO.P.P.を通じて実現したい将来像の一つです。
狭間 この2年ほどで、まずはラクスルを飛び出し、会社になってセイノーに出資いただきJVを作る、さらにそこに複数社に資本参画していただくという大きな意思決定、チャレンジを進めてきました。
 その中で、サービス崩壊などの大きな試練も乗り越え、ビジネス規模も拡大し、組織としての成熟度も高まっています。
 ただ一方で、階段を上るごとに、理想のゴールが遥か遠くにあることも強く実感します。
 現在我々が提供しているサービスは、物流全体のほんの一部。
 業界を良くし、「持続可能な物流を構築する」という我々のビジョンを実現し、ハコベルが業界にとって、世の中にとって必要不可欠な存在になるためには、まだまだ乗り越えるべき壁があります。
 20年前は誰も想像していませんでしたが、今では居酒屋やゴルフ場、新幹線をスマホで予約するのが当たり前になっています。
 航空券やホテルもダイナミックプライシングで常に価格が変わり続けます。
 それと同様に、誰もが呼吸するくらい自然にハコベルを開き、ワンクリックで輸送にまつわるあらゆる業務が完結する──そんな世界を実現するのが、私たちの使命。
 そのためにもO.P.P.に参画する企業をさらに拡大していきたいと考えています。
GoodLifeStudio / GettyImages
神谷 私たちがなぜO.P.P.にこだわるかといえば、物流は社会のインフラそのものであり、「儲からないからやめます」といった考えを挟む余地がない世界だからです。
 物流のシステムが存続しないと社会全体が窮地に立たされる。その物流業界が生き残るためには、関係者が一つのプラットフォームの上で手を組み、業務の効率化や収益の安定化を図るしかありません。
 こうしたオープンなプラットフォームを作っていくことは、ハコベルなくしては実現しないと考えます。
 これをセイノーが主導すると、業界内でのカラーが影響して警戒されてしまうおそれがありますから。
狭間 この1年、セイノーから大いに支援を受けましたが、それによって「業界の端っこで何かしているスタートアップ」が、業界の本丸に足を踏み入れることができたと実感しています。
 一方で、我々はまだ何かを成し遂げたわけではなく、物流という非常に大きな業界・インフラサービスにおいて、変革にチャレンジするためのスタートラインに立ったに過ぎません。
 ここからは、我々が本当に業界を変えるプラットフォーマーになれるか真価を問われます。
 ただ、そのポテンシャルは間違いなくあります。我々の思いに共感してくださる方には、ぜひハコベルを一緒に拡大していく仲間になっていただけると嬉しく思います。