新卒一括採用は、若者の“救世主”か“必要悪”か

2015/4/28

「一括採用社会」は幻想

──岩瀬大輔さんが社長を務めるライフネット生命保険では、新卒採用の応募条件を「学歴不問で、条件は30歳未満のみ」、一次選考には「重い課題」を与えるなど、ユニークな新卒採用の取り組みをしています。
一方、株式会社ニッチモ代表取締役の海老原嗣生さんは「欧米型の若年採用を取り入れていくべき」「既卒3年までは新卒扱いすることが就活失敗からの再チャレンジを促す」などといった新卒一括採用批判の誤りを指摘する。
本日は「日本的な新卒一括採用は是か非か」というテーマで、新卒採用に対するお二人のご意見を戦わせていただければと存じます。
海老原 いや、僕は新卒一括採用は「必要悪」だと思っているんですよ。突っ込んだ話をする前に整理しておくと、日本が「一括採用社会」というのは幻想だよ。
数から言って、大卒の新卒採用は、毎年だいたい35万人から40万人。高校や中学や専門学校や短大を卒業した新卒もいるから、それを合わせれば75万人いる。
でも、転職者は毎年約300万人もいるんだもの。それから転職者のほかにも、一回仕事を長く離れた主婦など、再び働き始める「再入職者」がいて、こちらは約100万人いるから、結局、75万対400万という数字になります。つまり「新卒一括」と言うけれど、日本は中途採用のほうが圧倒的に多い社会なんです。
それに、企業の立場から言えば、新卒採用にはデメリットも多いんですよ。どこの馬の骨ともわからぬ人間の本性を、わずかな機会に見極めなければいけないし、採ったらイチから育てなきゃならない。それなのになぜ新卒採用をやるかというと、いつでも欠員の穴埋めができるようにしておくためですよ。
大手企業の人事を一回でもやったらすぐわかる当たり前の話。たとえば、トヨタでは1年間で退職者が1000人も出るんですよ。アメリカの同規模の企業だったらもっと多くて、ほぼ3000人出ます。
海老原 嗣生(えびはら・つぐお)
ニッチモ 代表取締役
1964年生まれ。上智大学経済学部卒業。リコーに入社後、リクルート人材センター(現リクルートキャリア)を経て2008年、HRコンサルティング会社ニッチモを設立。また、リクルートキャリアのフェローとして、同社が発行する人事・経営誌『HRmics』の編集長も務めている。人材マネジメント、経営マネジメント論が専門。
──そんなに多いんですか。
海老原 だから向こうは年間約3000人採るんですよ。一方トヨタは今、大卒以上の新卒を700人、それに高専卒、専門学校卒、若干の高卒を入れて合計1000人の新卒を採っています。もしこれを中途で1000人採ろうとしたらどうなるか。入った次の日から、即戦力として仕事ができる人を1000人採ることが、いかに不可能に近いか。
家電のエンジニアを連れてきたってダメで、同じ自動車業界から連れてこないと。ということは競合で抜き合うしかない。入ってすぐに同じ仕事ができる人は、同じ業界にしかいないんだから。こちらが抜いたら向こうがまた抜き返す。永遠に取り合いするだけになりますよ。
でも、日本のように内部調達だと、辞めた人のポジションのすぐ下に、ほぼ代替できる人がいる。彼らを「昇格」という人参でモチベートし、一方企業は簡単に穴埋めができる。
でもそうすると、昇進した人のポジションが空く。それをまた上下左右から埋める。するとまたそこが空くから、また埋める。穴埋めして、穴埋めして、穴埋めしていくと、最後の一席が空く。それを埋めるのが新卒です。日本の会社は、こういうかたちでできている。
職務契約の欧米は、この玉突き連鎖を簡単に埋められない。だから七面倒臭くても、中途をやらざるを得ない。要はこの差であり、合理的玉突き連鎖対策の必要悪なんじゃないかと思っているんです。

岩瀬「型にはまらない人を受け入れることが大事」

岩瀬 そうなんですね。僕は日本の大企業で働いたことがないので、よくわかっていない部分もありますが、アメリカに留学していた時の経験からすると、就活に関しては、日本とアメリカはそれほど違わない感じがしますね。
海老原 留学していたのはハーバードのビジネススクールですか。
岩瀬 そうです。ですから、学部の新卒とは事情が違うかもしれませんが、就職活動は似ているところがあります。みんな6月に卒業してその年の9月から働くので、いわば8月、9月の一括採用なんですよね。スタートは8月か9月でほぼ決まっている。それで、1週間だけ学校が決めたリクルーティングの期間があるんです。この1週間は授業もない。企業もキャンパスにリクルーティングに来ていい。その後に面接をしてもいい。
逆に言うと、それ以外の時は面接ができないんです。なぜなら、授業の出欠がとても厳しいから。休んだら、単位を落として卒業できなくなる。そのため、その1週間は「ヘルウィーク」、地獄の1週間と言われています。
その間にみんな死ぬほど面接して、ハーバードの学生も「また断られた」「また内定取れなかった」と日本の大学生と同じことを愚痴っている。ストレスで鬱(うつ)っぽくなる人もいます。だからやっていることはそれほど変わらない。
ただ違うのは、ダラダラ長くやらずに、活動が1週間にギュッと詰まっていることです。必然的に受ける企業数も、面接の回数も絞られていくので、学業に支障が出ない。そもそも日本の場合、大学は行かなくてもいいものだから、そうなっているのかもしれません。
岩瀬 大輔(いわせ・だいすけ)
ライフネット生命保険代表取締役社長兼COO
1976年埼玉県生まれ、幼少期を英国で過ごす。1998年、東京大学法学部を卒業後、ボストン・コンサルティング・グループ、リップルウッド・ジャパン(現RHJインターナショナル)を経て、ハーバード経営大学院に留学。同校を日本人では4人目となる上位5%の成績で卒業(ベイカー・スカラー)。2006年、副社長としてライフネット生命保険を立ち上げる。2013年6月より現職。
海老原 それはそうですよね。
岩瀬 僕は一括採用がすべていけないとは思っていません。ハーバードのMBAでもそうやっていました。ただ違うのは、向こうは新卒一括採用以外のパスもいろいろあるということです。
卒業しても内定がない人も大勢いますが、みんなどこかに働き口を見つけてくる。結局、「新卒一括採用に乗るしかない」という点が、日本の問題のような気がします。
また、日本の企業の採用慣行を不思議だな、と思ったことがあります。当社に中途で入った社員がいるのですが、もともと大手生命保険会社で新契約の引き受け査定という専門職として数年働いた後、ボランティアで1年間海外に行っていたのです。
僕らからすると「すごくいいキャリアだね」となるのですが、本人いわく、他の保険会社では「1年間ブランクがあるのはマイナスだ」と言われるそうです。
海老原 その人、採りました?
岩瀬 採用しました。当社が「回り道、大歓迎」と言っているのは、いろいろな経験をした人のほうが、その分いいインプットを得ていて、当社へ還元してくれるものが多いと考えているからです。
もちろん、ただダラダラしているだけの人はダメですよ。いい過ごし方をして、いいものを得ているなら、そのほうがいいですが。でも、おそらく日本の企業では、外形的に切り捨ててしまうところが多いのでしょうね。
ですから、時期を決めて計画的にまとめて採用すること自体は別にいいと思います。ただ、それ以外の型にはまらない人をどれだけ受け入れることができるか。ここが大事なのかなと思います。
海老原 おっしゃっていることは非常に正しいと思うんですけど、僕から見るとずいぶん違う点がいくつかあるんですよ。
次回へつづく。
(聞き手:NewsPicks編集部・佐藤留美)
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