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【前編】声優・大塚明夫独占インタビュー

職業ではなく、生き方の選択をする覚悟はあるか

2015/4/23
「声優だけはやめておけ」──代表作に『メタルギア』のソリッド・スネーク役、『攻殻機動隊』のバトー役などで知られる、声優・大塚明夫の思いが込められた新著『声優魂』(星海社新書)が大きな反響を呼んでいる。声優を目指す若者に徹頭徹尾「No」を突き付けた本書は、自らの道を歩もうと考えている職業人すべてに対する強烈なメッセージだ。今回、彼の仕事・人生・演技論を聞いた。

「本当にやりたいこと」を勘違いしていないか

──声優業界の第一線で活躍されている大塚さんが「声優だけはやめておけ」と語る理由はどこにあるのでしょうか。

大塚:今回選んだ言葉が刺激的で物議を醸したかもしれませんが、これは僕からのおせっかい、親心なんですよ(笑)。

声優という仕事が「本当にやりたいこと」ではないにもかかわらず、それを勘違いして目指した結果、取り返しがつかなくなってしまう人がたくさんいるんです。そこに対する問題意識は、ずっともっていました。

──声優志望者の多くが、それを「本当にやりたいことだと思い込んでいる」という指摘が印象的です。

大塚:それがキモですね。声優志望者の皆さんは、子どもの頃からアニメが大好きだったという理由だけで、声優になろうと決めつけてないですか。「子どもに夢を与えたいから」などと言っているけれど、そのためには「本当に声優でなければダメですか」という話です。

その他の選択肢を持っていないときに、そう思い込んで目指しても不幸になるだけ。自分の物差しをもって将来を考えた人は、この世界に入ろうとは思わないんじゃないかな。

──声優業界の厳しい現状も書かれていますね。

大塚:1万人のうち300人しか食べていけないとも言われる世界です。努力は報われないことのほうが多い。

一発当てられるわけでもなく、いつ仕事がなくなるかもわからず、ほとんどの声優はローンも組めない。まさに「ハイリスク・ローリターン」ですよ。

──それでは、なぜ大塚さんは、この厳しい道を選んだのでしょうか。23歳の時に文学座の門を叩いたことが、芝居人生のスタートですよね。

大塚:はい。資格に頼らず、他の誰でもない、自分自身の人生を歩いてみたいと思ったとき、安易に役者を選んだんですよ(笑)。

たぶん、「承認欲求」だったんでしょうね。僕は大学を中退後、いろんな職業を転々としていました。トラックの運転手もしていたのですが、昔だったので大卒初任給よりもずっと稼げた。でも、これを稼いでいるのは俺自身じゃなくて大型車の「免許証」だよなと思ったんです。

──はじめから役者になりたいという信念があったわけではないんですね。

大塚:そうです。でも役者の世界に飛び込むと、楽しくてしかたなかった。自分の名前ひとつで勝負する刺激的な日々の中で、役者が「本当にやりたいこと」になったんです。

そこで僕は、役者として生きていくと決めました。代わりに、どんなリスクも引き受けようと思ったんです。自分が選んだことだから後悔はしない、と。博打に負けて人のせいにしちゃいけないですから。

職業ではない、生き方の選択だ

──本書の中にある、職業の選択ではなく「生き方の選択」として役者を選んだという言葉に象徴されていますね。

大塚:僕は役者として生きていきたいからこの道を選びました。「声優という職業に就きたい」と思ったことは一度もないんですよ。

声優と呼ばれるようになったのは、役者として声の仕事が突出するようになっただけのこと。演じるという生き方を覚悟し、選んだ結果です。

──声優志望者が、声優学校を安易に目指すことに疑問を投げかけていますね。

大塚:声優学校に入ること自体は悪くないんですよ。自分が本当に何をやりたいのかは、はじめの一歩を踏み出さないとわからない。それは僕も同じでしたから。

でも、皆さん勘違いしているんじゃないでしょうか。学校に行ったって声優になれるわけじゃない。そんな保証はどこにもないんですよ。もし、卒業して声優事務所に所属できたとしても、スタートラインに立ったにすぎない。

そもそも、声優になるためには、事務所の門をたたくなり、いろいろな方法がある。だから、高い授業料を払う親が気の毒じゃないかと、いらないことも言ってしまうわけです(笑)。

──なるほど。この4月から声優学校や養成所に「行ってしまった」若い人も多いと思いますが。

大塚:別に声優にならなくたっていいんですよ。もし「違うな」と思った場合は、撤退すればいいだけのこと。飛び込んだ結果、周囲の人間と比較したり、業界の仕組みを知ったりすることで、自分自身がもっている本当のモチベーションがわかるでしょう。

すると、声優にこだわる必要がなくなりますよね。アニメに関わる仕事はもちろん、まったく違う道も視野に入ります。しかし、大多数の人が、それを論理的に考えられていない。なんとなく「声優になりたい」と錯覚したまま、流されているだけです。

大塚 明夫(おおつか・あきお) 声優/役者。1959年生まれ。東京都出身。代表作に、『メタルギア』シリーズのソリッド・スネーク役、『機動戦士ガンダム0083』のアナベル・ガトー役、『攻殻機動隊』シリーズのバトー役、『Fate/Zero』のライダー役、『ONE PIECE』の黒ひげ役。洋画吹き替えでは、スティーヴン・セガール、ニコラス・ケイジ、デンゼル・ワシントンなどを幾度となく演じる

大塚 明夫(おおつか・あきお)
声優/役者。1959年生まれ。東京都出身。代表作に、『メタルギア』シリーズのソリッド・スネーク役、『機動戦士ガンダム0083』のアナベル・ガトー役、『攻殻機動隊』シリーズのバトー役、『Fate/Zero』のライダー役、『ONE PIECE』の黒ひげ役。洋画吹き替えでは、スティーヴン・セガール、ニコラス・ケイジ、デンゼル・ワシントンなどを幾度となく演じる

「本当のモチベーション」を見つめるべき

──大塚さんは、若手声優の中でも「自分のモチベーション」がわかっていない人が多いと指摘されていますね。

大塚:はい。それがわからないまま、「やりたいことができない」「ギャラが安い」と不平不満を口にして事務所を転々とする若手がいます。でも、そういう人はどの事務所にいっても、うまくいかずに辞めていく。それは、やみくもに転職を繰り返す人と同じなのではないでしょうか。

自分の気持ちに正直になればいいんです。たとえば、学生時代に演劇を見て感動して「どんな役でもいい」と役者を目指した人が、「良い役をやりたいし、お金も稼ぎたい」という思いに変化したとします。

でも、それは全く悪いことじゃない。問題は、そこで本心ではないのに「小さな役でもギャラが安くてもいい」としてしまうことです。自分自身に対してうそをついた時点で破綻するんですよ。

自分の思いを口にすることで、マネージャーもその価値観に合わせた仕事を探してくれるし、なにより本人もその視点で仕事を選べるようになります。

どんな望みがあってもいい。いわゆる「アイドル声優」の中には、「若いうちにお金を稼いだら、それでやめるんです」と言っている子もいます。それもひとつの生き方の選択です。

──本書に対して、声優仲間から反響はありましたか。

大塚:僕の周囲からは、それほど反響はありませんね。長年にわたって声優として活躍している人にとっては、「当たり前だよ」っていう話なんじゃないかな。

今回、声優業界以外の方が、自分の仕事に当てはめて読んだという感想をもらうことがあって、それが非常にうれしいです。

僕がほかの業界で活躍されている方に何か言うのはおこがましいですが、誰でもない自分の責任で生きることが、後悔しないことになると思いますね。

──最初から最後まで、一貫した主張が支持を得ているのではないでしょうか。

大塚:当たり前のことを正面から言っているだけですよ。僕の本を読んで声優への思いが揺らぐのであれば、すぐに諦めるべきです。

「うるさい、それでも声優目指すんだ」と腹を立てる人が、この道に進むための「チケット」を持っているんじゃないでしょうか。それでも、声優になることはお勧めしませんけどね(笑)。

※後編は明日、掲載予定です。

(聞き手・構成:菅原聖司、写真:福田俊介)