2023/12/20
研究者を新規事業へ駆り立てる3つの「覚醒」ポイント
NewsPicks / Brand Design Division
かつて世界をリードした日本企業のファウンダーは、技術や研究畑の出身者が多かった。社会が激変する昨今、新たなニーズに対応した商品が次々と生まれ、グローバル市場での競争も激化。企業がR&D(研究開発)部門を起点に、自社のアセットを生かした新規事業の創出に注力するのは自然な流れでもある。
その際、重要となるのは、研究開発部門と、新規事業開発および事業拡大のシームレスな接続である。とくに大企業では、ビジネスの現場と研究所が分かれているケースも多々あり、研究者が新規事業を生み出すノウハウもまだ不足しているのが現状だ。
だが、新規事業支援のプロフェッショナル集団・AlphaDriveの宇野大介氏は、「研究者こそ新規事業開発に向いている」と明言する。その理由と、研究者が新規事業に向かう際のポイントはどのようなものだろうか。
提案が実った「ガリガリ」の感触
──宇野さんは現在、AlphaDriveのR&D Incubation Center センター長ですが、前職はLIONだったとのこと。1891年創業、日本を代表するメーカーですね。
宇野 はい、LIONには33年在職しました。うち28年ほどは研究開発、生産技術、ブランドマネージャーとして既存事業に携わり、残りの5年は、新たに設立されたイノベーションラボの初代所長を務めました。
もともと私がLIONでやってきた研究テーマは、ひとつといっても過言ではありません。歯みがき粉の「ペーストの使用感」です。
LIONでの商品開発は、通常、企画を立案する事業部やブランドマネージャー、さらに広告代理店がチームになって進めます。そこでできた企画書と目標スペックが研究所に回ってくるので、担当の研究員が試作品をつくり、目標をクリアしたら商品となります。
私自身、これを長い年月やってきたわけですが、「お客さんが求めているのは、本当にそのスペックだけなのだろうか」と思うことが何度かあったんです。
転機となったのが、2012年に発売された赤城乳業さんとのコラボ商品「ライオンこどもハミガキ ガリガリ君」です。
「ガリガリ君」は子供に人気のアイスですから、当初、キャラクターとフレーバーだけで企画開発が進んでいました。ただ、研究者の立場からすると、もっと工夫できる余地がある気がしたんです。
調べてみたら氷菓特有の「ガリガリ」とした感触が出せる成分が見つかって、これなら絶対にお客さまも喜んでくれると思ったんです。さっそくメンバーに提案してみたところ、採用されまして、以来、このコラボ商品は、夏の定番として現在まで続くロングセラーとなっています。
それまでもお客さんのことを考えていなかったわけではないんです。ただ、どこか顧客と向き合うのは別の部署の仕事だという考えもありました。
ですが、ガリガリ君の歯みがきの感触にもこだわって開発する体験を通じて、顧客意識の大切さを自覚することができたんです。
もっと言えば、研究者だからこそ、まだ気づかれていない、顧客が喜ぶかもしれない技術の用途――すなわち「用途仮説」に辿りつけることがある、と気づけたのです。
この用途仮説をもとにして提案していくのが、研究者としての私のウリになっていきました。
研究者と会社員のジレンマ
──2018年には、LIONのイノベーションラボの所長になります。
はい、その前段階として、従来のブランド戦略に則った研究とは異なる、まさに顧客視点の新たな研究開発をしようというプロジェクトが立ち上げられたんです。私の所属部署ではありませんでしたが、何かにつけて顔を出していました(笑)。
さらにそのプロジェクトから派生して、新規事業を行うラボが設立されると聞いて、社長をはじめとして猛アピールをした結果、初代所長になりました。
──イノベーションラボの所長としての仕事は、どのようなものでしたか。
所長となってまず取り組んだのが、組織をピラミッド型からネットワーク型につくり変えることでした。
新規事業の場合、起案者がリーダーとなり、事業の責任を持ちつつ、自らメンバーも選んでチームを組んだほうがうまくいくと思いました。すると、こちらのチームでリーダーの人が、別のチームではサポーターに回る、という自由度の高いネットワーク型の組織が向いています。
私のことを「所長」と呼ぶのも禁止にしました。そして、これもちょっとした意識改革ですが、デニム素材の白衣をつくって、ラボのユニフォームにしました。昔ながらの白衣をまとうのではなく、そこを新しくすることで、チャレンジする心意気を内外に示せたと思います。
在任中に生まれた新規事業もたくさんあります。大きなところでは、口臭ケアサポートアプリ「RePERO」や、京セラさんと共同開発した歯ブラシ「Possi」などでしょうか。
同時に、事業的には失敗したものもたくさんあります。と言いますか、むしろ私は、「どれだけの数のテーマをやめたか」をKPIとして、いちばん重視していました。
たくさん立ち上げて、たくさんやめる。また、新しいテーマを生み出していく――このサイクルを重視しようと思ったのです。裏を返せば、山ほど失敗するということでもありますが、大切なのは、それでも挑戦を続けることです。
ここに至り、「研究者こそ新規事業に向いている」と、私は思うようになりました。仮説を立て、実験を繰り返すというのは、研究者の日常風景ですから。
しかし、企業の研究者ですと、できるだけ失敗を避ける、あるいは、極力失敗を減らすような「効率的な実験」が刷り込まれてしまう、ということが起こりがちです。本来、研究者として持っていたはずの「失敗は成功のもと」という価値観に立ち返ることが、そのまま新規事業開発へのマインドセットにつながります。
また、会社員の場合、「自社のアセットを活用せよ」というミッションが、ハードルになってしまうこともよくあります。事業もサービスも商品もドラスティックに変化していかなければならないのに、マストとされている技術があって、それがカセになってしまう。
いま私がAlphaDriveで企業の研究者の皆さんと伴走するときによく相談されるのも、この点です。
そこで、私がお聞きするのは、「そのアセットは、どんな用途に使えると思いますか?」ということです。用途仮説を伺いながら、「じつは、お客さんに喜んでもらえる使い途は他にもあるのではないでしょうか?」という点を話し合います。
例えば、用途仮説を100パターンつくれば、100人の新しい顧客がいるはずなんです。ですから、「実際にそれをつくってみて、100人のお客さんにヒアリングに行ってみましょう」と提案することもあります。つまり、実験対象として顧客に向き合うことが、新規事業において重要なのです。
社内で完結することの限界
──2023年からは、AlphaDriveのR&D Incubation Center センター長に就任します。
ええ、LIONのイノベーションラボに所属しながら、AlphaDriveの事業を監修協力している時期もあったのですが、2023年5月に正式にジョインしました。
もともとLIONのイノベーションラボの所長を務めていた5年間、様々な企業の研究者からも相談を受ける機会がありました。
そこで聞く悩みは多種多様でしたが、共通する点もありました。「研究所から生まれたアイデアを、社内のどこに持っていけばいいのか」「アイデアを出しても、事業部にすぐ突き返されてしまう」――などです。
せっかくアイデアの種はあるのに、前に進める方法で悩んでいる方が多かった。
改めて思うのは、R&Dの新規事業は自社だけでは完結できないケースが多いということです。社内だけで動いていると、立ち行かなくなってしまうことがある。
研究者は、アカデミアや学会、社会課題など、ビジネスとは異なる接点でネットワークを持っている方が多い。それこそ最先端の研究とグローバルにつながっている方もいるのではないでしょうか。こうした研修者間ネットワークの強みが、新規事業では大いに活かされると思います。
私自身、他社の人たちに意見やアドバイスをもらい、助け合うことで、新規事業を実現したことがたくさんあります。こうした経験や知見をもとに、本格的にR&Dの事業開発支援をしてみようと思ったのが、AlphaDriveに移った理由です。
AlphaDriveにジョインしてまず驚いたのが、新規事業開発のサポートがしっかりと型化されていたことです。私が試行錯誤しながらやってきたことが、何から何までスッキリと言語化されている。非常に学びがありました。
例えば、仮説と実験を繰り返し、そのプロセスで顧客にヒアリングすることの重要性は理解していましたが、メーカー時代は、「お客さんに見せるものは、ある程度の完成度でなくてはならない」と思いがちでした。しかし、AlphaDriveではプロトタイプレベルについての考え方が整理されており、「まずは紙に書いたメモでいい」と。これは目からウロコでした。
求む、研究者たち
現在、私がメインで担当しているのは5社ですが、ご相談は数えきれないほどいただいています。R&D Incubation Centerを拡張していくために、まだまだメンバーを増やしていきたいと思っています。
AlphaDriveには様々な企業で新規事業開発に携わってきた猛者が揃っており、R&D特有の制度設計や知的財産管理、法務などに精通したメンバーもいます。安心して飛び込んでいただければと思います。
また、研究者と聞いて自然科学系の分野を思い浮かべる方も多いかもしれませんが、人文科学や芸術系の研究に携わっている方も求めています。研究者としての専門性はもちろんのこと、周辺分野や新しい技術への好奇心を持った方は、この仕事に向いていると思います。
加えて、新規事業開発のサポートというのは、そこに関わる方々をエンパワーメントする要素もあります。メンター的な役割を求められることもありますから、ある意味、人間力が試される仕事でもあります。
我こそはと思われた方、ぜひお待ちしています。
執筆:小林 翔
撮影:廣田達也
デザイン:田中貴美恵
取材・編集:梅山景央