20150408_ファジアーノ社長

ファジアーノ岡山 木村正明代表インタビュー・第2回

J2クラブ経営に役立ったゴールドマン・サックスの哲学

2015/4/15
木村正明はゴールドマン・サックスを37歳で退職し、ファジアーノ岡山の代表に就任した。あれから9年が経ち、岡山はJ1昇格を狙えるチームに成長している。木村は金融マン時代の経験を、クラブ経営にどう生かしているのか。
第1回:元エリート金融マンがJ2のクラブ経営に挑む、「観客を呼ぶ」ための4つの作戦
さまざまな取り組みで観客数を伸ばし、今季の平均入場者数は1万人を越えている(写真提供:ファジアーノ岡山)

さまざまな取り組みで観客数を伸ばし、今季の平均入場者数は1万人を越えている(写真提供:ファジアーノ岡山)

観客を5層に分けるという発想

──前回は観客を呼ぶために4つの施策を実行していることを聞きました。もっと大枠の話として、サッカーの「集客ビジネス」をどう見ていますか?

木村:スポーツに限らずエンターテインメントを含めて、集客というのはある意味、大ざっぱなビジネスモデルです。

圧倒的に有名な選手、例えば今季リバプールを退団するスティーブン・ジェラードが岡山に来たら、一気に観客は増えますよね(笑)。テレビの視聴率だって、嵐が出れば視聴率は上がるわけです。

また、セレッソ大阪戦のように、対戦相手に人気があれば増えます。クラブが自力で何ができるかというと、実はかなり限られてくると思うんです。

──その限られた中で、なぜ4つ(「Smile for you」「Heartful rainy day」「Stress-free」「Enjoy at stadium」)を選んだのですか?

木村:ビジネスの考えで、顧客層を5つに分けるというものがあります。

1層は1年に1回以上スタジアムに来る人。2層は何かあったら来る人。3層は1回だけ来たことがある人。4層は新聞で結果だけは気になる、およびテレビは見るけど1回も足を運んだことのない人。5層はそれ以外です。

米国で最も人気のあるアメリカンフットボールは、それぞれの層の人に手を打って成功してきました。

例えば3層の「1回だけ来て、その後来なくなる人」を取り上げてみましょう。

1回は来ようと思ったわけで、そういう人にまた来てほしい。もちろん4層の人も来てほしいですが、3層の人がなぜ1回きりで来なくなったかを分析したんです。

すると「スタッフの対応が悪かった」「雨でズブ濡れになった」「ボロ負けした」…そういった理由が多かった。そこでチームは全力で勝利を目指す。フロントスタッフができるところで汗をかいていこう、という結論に達したんです。

木村正明、1968年岡山県出身。東京大学法学部卒業後、1993年にゴールドマン・サックス証券に入社。2002年に債権営業部長に就任し、翌年にマネージングディレクター(執行役員)に昇格。2006年に同社を退職して株式会社ファジアーノ岡山スポーツクラブを創業し、代表取締役に就任した。2014年からJリーグ理事を兼任(写真:上野直彦)

木村正明、1968年岡山県出身。東京大学法学部卒業後、1993年にゴールドマン・サックス証券に入社。2002年に債権営業部長に就任し、翌年にマネージングディレクター(執行役員)に昇格。2006年に同社を退職して株式会社ファジアーノ岡山スポーツクラブを創業し、代表取締役に就任した。2014年からJリーグ理事を兼任(写真:上野直彦)

ゴールドマン・サックスで学んだ競争哲学

──木村代表は元々ゴールドマン・サックス証券に勤めていましたが、前職の経験をどう生かしていますか?

木村:よく聞かれるんですが、基本動作はどの仕事も変わりません。サッカーの指導者と同じで、相手の目線に下りて指導しないと、どんなに正しいことを言っても伝わりません。逆に反発を食らいます。

DeNA創業者の南場智子さんは、前職がマッキンゼーで、今は横浜DeNAベイスターズのオーナーをされています。著書を読んで納得したのですが、昔の経験は生きているとは思うんですけど、経営の最終責任者って立ち位置が、まるで違うんですよね。

仕事には攻めと守りがあります。守りはお金の管理や人事。攻めの方はグッズやチケット販売、ファン、スポンサー獲得などです。

前職の金融の経験が生きているかというと、やっぱり一から勉強しなくてはいけないことが多かった。前職で教わったものとしては「競争が人を伸ばす」「何でも一から勉強しろ」ということにつきます。

変化するものだけが生き残る

──マネジメントをスポーツ界にアレンジして使えると思ったのですが。

木村:むしろ柔軟な考え方のほうが大事です。それこそゴールドマン・サックス時代に、「生き残る生物は強い生物でもなく、大きい生物でもなく、変化してきた生物だけが生き残っている。常に変化しなくてはいけない」と、柔軟に考えることの重要性を学びました。これが一番役に立っていると思います。

──では、どうやってクラブの社長業を勉強しましたか?

木村:やはり同じ境遇の人に聞くのが一番です。幸いなことに、Jリーグのクラブは「ライバル」でもあり「仲間」という気持ちがある。ピッチ上ではライバルなんですが、ホームタウンは独立しています。他クラブが栄えると自クラブも栄えるということで、多くのことを教えていただけるんです。これは本当にありがたかったです。

──対戦相手から学んだのですね。

木村:J2に参入した2009年、Jリーグ全体で36クラブありましたが、2006年に就任以来、20クラブは行ったと思います。最初の3年はもう勉強、勉強という感じで。

──バイタリティを感じますし、やはり柔軟ですね。

木村:本当に皆さん快く教えてくださいました。自分はそれを実践していくだけ。あの時、皆さんに教わったことは大きかったです。

成功しているクラブの社長から言われた言葉

──学んだことの中で印象に残っているものは?

木村:クラブ名は出せないのですが、成功されているあるクラブの社長さんに、試合後にいろいろと教わったんです。1時間が経って、ご飯に行こうかとタクシーに乗った瞬間に「今までの話はすべてきれいごと、すべては『これ』で決まるから」と。つまり、お金です。ガツーンときましたね。

でも、きちんと調べたら、お金とリーグ戦の最終順位がほぼ正比例の関係にあったんです。横軸に順位を、縦軸に選手、スタッフの年俸総額を入れた表を作ると、ほぼ正比例していました。ドラフト会議がサッカーにはないから、超資本主義の世界だと言い切る社長さんもいました。

これは、母体企業があるかないかで全く違う。母体企業があるのか、岡山のように徒手空拳で後ろ盾がなく自分たちでやるのか、それがいい悪いではありません。いわゆるビッククラブと同じことをやっていては、僕たちはダメだということです。

──Jリーグの半分以上のクラブは母体企業を持たないチームです。岡山の躍進から学びたいと思っているクラブは多いはずです。

木村:多くの選手は1年契約で、怪我のリスクを抱え、自分を少しでも高く評価するクラブに移るのは、自然だと思います。負けるとよく「選手はやる気があるのか」と聞かれますが、11人しか先発に出られない、1年で契約満了になるかもしれないという、厳しい生存競争の世界に生きており、やる気はみなぎっています。

チームを本当に強くしようと思ったら、チームとフロントの信頼関係を構築した上で、フロントが頑張らないことには始まらない。

そのためにどうするか。右手にロマン、左手にそろばんということをいつも意識しています。年々、クラブもチームも進化していくことが大事。ベタですが、多くの県民と同じ夢を追いかけていきたいです。もちろんそのためには、いかにお客さんに来てもらうかを考える。

集客は、実は選手はすごくよく見ている。クラブを信頼できるかというのは、選手にミーティングでいい話をするとかではなく、選手と同じ立場で戦っているかどうか。

もっというと、「うちのフロントすげえや」と思われるぐらい背広組としての結果を出していかないと、真の信頼関係は築けないと思っています。ここがクラブの成長にとって最も重要だと感じています。

※本連載は毎週水曜日に掲載予定です。