世界で戦う和僑たち_150410

「華麗」なのは経歴だけじゃない

ハーバード卒「事業開発マニア」が語る「日本人の伸びしろ」

2014/4/11

「Criteo (クリテオ)」という企業をご存知だろうか。米ナスダックに上場しているフランス発のインターネット広告会社で、世界各国9000以上のメディアと直接取引関係を結び、7000以上の広告主の広告を生成・配信している。日本市場にも2011年に参入し、東京にアジア太平洋地域事業の統括拠点を配置している。翌年にはヤフーと戦略的提携を行った。

東南アジア担当マネージングディレクターの斉藤祐子氏

東南アジア担当マネージングディレクターの斉藤祐子氏

事業開発のプロ アジアでも早期に頭角を表す

同社が提供する「リターゲティング・レコメンデーション広告」は日本に浸透しつつある。eコマースサイトなどを訪れて商品を閲覧したユーザーの行動履歴を独自のシステムで蓄積し、そのユーザーが他のメディアサイトなどを訪れたときにパーソナライズ化された広告を表示する。

そんなクリテオの東南アジア事業を統括しているのが、斉藤祐子氏だ。斉藤氏は2012年、東京オフィスにアジア太平洋地域のビジネスデベロップメントとオペレーションを担うディレクターとして参画。先述のヤフーとの提携交渉を取りまとめる際にもクリテオ側の窓口として、提携を先導。その後の中国進出準備でも大役を任された。

2013年4月に東南アジア担当マネージングディレクターに就任し、シンガポールへ転勤。以来、シンガポール、台湾、香港、タイ、マレーシア、インド、ベトナム、インドネシア、フィリピンの9の国と地域における事業拡大の陣頭指揮を執っている。一言で言えば、「華々しい実績」である。

しかし意外にも広告に携わるのは初めてだという。大学卒業後、ソニーや米国事業を統括するソニー・アメリカ、ソニー・コンピュータエンタテインメント、トランスコスモスなどでは、100億円以上の投資案件に携わったこともあるという。その後、ウォルト・ディズニー・ジャパンの事業部門、ゲーム開発会社の最高戦略責任者など、メディアとインターネット業界を渡り歩いてきた。

彼女のキャリアに一貫しているのは「事業開発」。ソニーで音楽や映画などエンターテインメント系の新規事業に携わり、その後ハーバード大学のMBAに留学した際にインターネットと出会い、帰国後、トランスコスモスで投資家としてインターネット事業に従事した。クリテオに入社したのもその縁だ。

トランスコスモスが投資していた米ダブルクリックの日本法人で当時社長を務め、クリテオでアジア太平洋地域の事業立ち上げを担っていた人物から誘われた。中国とシンガポールオフィスの立ち上げ準備中にグローバルCEO(最高経営責任者)から声を掛けられ、自ら東南アジア統括担当としてシンガポールに赴任することになったのだ。

昨年1月に東南アジア事業を開始した時には進出が早すぎたと感じることもあった。しかし今では同社の進出先で最も伸びている地域となり、市場が爆発的に伸びていることを肌でもデータでも感じ取っている。優秀な人材に参画してもらえるようマネジメントに注力し、市場とともに拡大していきたいと話す。

日系ホワイトカラー 低労働生産性の課題

日系、外資系、メーカー、IT、エンターテインメント、ゲーム、そして広告。これまで多岐にわたる職場を経験してきた斉藤氏に、参画して感じたクリテオのユニークネスは何かを聞いた。すると「フランスの会社、ということですね」。ここから話は意外な方向に展開する。

ソニー時代にともに働いたアメリカ人を含むアングロサクソン系の人々とフランス人では性格が異なるという。斉藤氏の見解では、フランス人は人間関係を大切にするアジアにも通じるところがあり、裏を返すと人に好き嫌いの好みがある。それが比較的強いそうだ。

例えば、中国オフィスの開設準備で対面したことのないフランス人の幹部とメールやビデオ会議などで交渉を行わなければならない場面があった。相手がアメリカ人ならば難なく目的達成できるのだが、相手がフランス人だと会ったことがないことが原因で話が通じにくくなることもあったという。

しかし、そんな幹部と研修で訪れたフランスで対面し、その後アジアに戻って改めてテレコミュニケーションをしてみると、交渉が円滑に進むようになった。こうした性格は一般的な日本人と似ており、アメリカ人はもっと「ビジネス的である意味ドライ」だと、その多様性を興味深く感じているそうだ。

また、休暇の過ごし方もフランス人は違うという。彼らは夏季休暇を3~4週間、短い場合でも2週間は必ず取る。休暇中、日本人やアメリカ人なら休んでいてもメールぐらいはチェックするだろうが、フランス人はまったくしない。それが徹底している。

初めはアメリカで上場している企業が夏季休暇の間、機能しないことに違和感を覚えたが、今では、関係者が配慮してくれるのならむしろそちらの方があるべき姿ではないかと思うように。多く休んでいるからといって彼らの仕事のアウトプットが少ないわけでは決してないことが分かってきたからだ。

「日本は製造現場の生産性は高いが、ホワイトカラーは正直言って、低い。人間が集中できる時間は限られているので、結局残業しても、だらけてしまうんです」。シンガポールオフィスではスタッフは19時には帰宅し、斉藤氏は休暇中の社内仕事は部下に任せている。生産性の高い環境をつくる意識を根付かせようとしている。

共働きの現実に意識が追いつかない男性社会

失礼ながら、斉藤氏を「女性」という属性でくくって、ビジネスで自分が女性であることを改めて自覚する瞬間があるか聞いた。同氏は「私個人としてはないが、自分が女性であることをネガティブに自覚する人がいることも、そして日本が女性の社会進出という点で遅れているのも事実」と話す。

印象的な出来事として紹介してくれたエピソードが、以前勤務した会社の中に女性社員用の制服があったことと、受けた電話で「男の人に替わって」と言われたこと。それ以外はないという。

クリテオはダイバーシティーを重視しており、女性の役員登用にも積極的だ。アジア太平洋地域では、斉藤氏の他に韓国、中国オフィスの代表が女性である。グローバルのCRO(Chief Revenue Officer)、GPO(Global Privacy Officer)、法務、人事やマーケティングのトップも女性を起用している。特にシンガポールでは男性に兵役があることも、女性の活躍を後押ししているそうだ。

だから、「日本で女性の活躍を推進しようとする動きには違和感を感じる」という。「日本は労働者の賃金が下がっていて夫婦が共働きせざるを得ない。しかし旧態依然とした意識が現実世界に追いつかない。高齢化社会で介護の問題もあるので、今の状況が続けば女性の負担がますます大きくなってしまう」

「ではその負担を軽減するために外国人労働者を受け入れて企業が雇うのかといえば、その話題はタブーみたいな空気になっている。そんな板挟みの中で、能力が男性に対して劣るわけではないのに女性というだけで機会を与えない企業があるのも事実。そして、企業や社会に遠慮する女性がいるのもまた事実」

最後に、海外で活躍してきた斉藤氏に「英語」について聞いた。英語に限らず語学はとにかく喋ることが肝。シャイな日本人は話すことに恐縮してしまうが、他の国籍の人たちを見てほしい。滅茶苦茶な英語で好きなように話す人の図々しさを見習うべきだと真顔で答えた。

子どもに、より低い年齢の頃から英語の授業を受けさせようとする英語教育の動きについては、「なにも日本人の全員が英語を話せる必要はないので、一斉に早めるべきことでもないと思う。それでも3割ぐらいの人は話せる人でいてほしい。語学の最良の習得方法は、その言葉しか話せない人と交流すること」

斉藤氏自身は今後、短期的にはアジアの広告市場をどこまで伸ばせるかというチャレンジな課題に取り組むという。