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特別対談・中竹竜二 × 馬場渉 第5回

サイエンティストに低レベルなことを聞くな

2015/4/3
今、テクノロジーの力によってスポーツの世界が劇的に変わろうとしている。日本ラグビー協会コーチングディレクターの中竹竜二と、SAP社のChief Innovation Officerの馬場渉は、この変化をどうとらえているのか? NewsPicksにおける2つの人気連載、『マネジメントシフト』と『スポーツ・イノベーション』の著者が7回にわたってパラダイムシフトを語り尽くす。
第1回:ビジネスもスポーツも、データが人間の思考を上回る時代になった
第2回: PDCA的思考は限界。これからは「いいね!」の新感覚
第3回:発想を変えれば「ガラパゴス化」は武器になる
第4回:直感的な表面の見てくれにだまされてはいけない

データを面白く見せる表現力

中竹:ビジネスやテクノロジーがスポーツを変えていくという話をしてきましたけど、その逆もあるってことですよね。ビジネスにスポーツが入っていくときもあれば、オーケストラのマネジメントが入ることもある。それが数字で明らかになっていくって、すごくワクワクしますね。

馬場:単に数字でやってもつまらないじゃないですか。IT業界で働いていると、まだ話したことがないのに「いやいや、データはさ…」って否定的に言われることがあるんですよね。テクノロジーやデータが先行しすぎているがゆえに拒絶反応をつくり出してしまっていて、もったいないところはありますよね。

データに興味のない方に、面白く感じてもらう努力も必要です。テクニカル、アナリスト、サイエンティストの次に出てくる人には、そういう表現を期待したいですね。

中竹:スポーツ界やビジネス界では、サイエンティストやアナリストになりたい人が増えています。若い人がサイエンティストになりたいというとき、どういう要素が大事になりますか?

馬場:まずはユーザーエクスペリエンスと言われる、表現の伝え方も含めた部分はやっぱり必要だと思うんですよね。企業のデータサイエンティストもそうですけど、その人口の8、9割はエクセル使いみたいな人が多いんですよ。「大事なのは統計です」みたいな感じで、誰かが「サイエンティストはセクシーな職種」と言った割に、まったくそういう感じがない(笑)。

でも教科書に書いてあるような、「データサイエンティストはこんなスキルを身につけましょう」というのは、多分8、9割うそを教えていると思いますよね、最近は。

中竹:そこ、興味ありますね。

中竹竜二、41歳。32歳のときにサラリーマンから早稲田大学ラグビー部の監督へ転身。2007年と2008年に早稲田大学を全国大学選手権連覇に導いた。現在は日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクターを務めている。

中竹竜二、41歳。32歳のときにサラリーマンから早稲田大学ラグビー部の監督へ転身。2007年と2008年に早稲田大学を全国大学選手権連覇に導いた。現在は日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクターを務めている。

データサイエンスの教科書の嘘

馬場:教科書っぽいことを言おうと思ったら、簡単じゃないですか。多くの本に書いてあるのは、「こうやって分類をして、こういう仮説を立てて、こういうモデルを組んで、それを検証して、サイクルを回すことが重要だ」ってこと。うそですよね、そんなもの。ほとんど機械がやりますから、今は。

そんな無駄な時間を使うくらいなら、ユーザーエクスペリエンスとか、映像で伝えるスキルを身に付けるとか、インフォグラフィックでもいいし。そういうほうがいいと思いますよね。

中竹:どちらかと言うと、アナログ的な?

馬場:アナログ的な。データサイエンスに関しては、かなりの部分を機械がやりますよ。びっくらこくと思います。「えっ、そんなところまで?」って感じになっていますからね。

中竹:それだけテクノロジーの技術が上がっているんですね。

馬場:グーグルやフェイスブックのサービスでも分かるように、人間がちょこちょこやる時代でもないんですよね。どの教科書でもそうだけど、書いてあることは話半分で聞いたほうがいい(笑)。難しいのは、教科書を知らなくていいというのとはまた違います。岡田武史さんの「型」と同じような気がするんですけどね。

中竹:ベースは押さえたうえで、と。

馬場:ベースは押さえたほうがいいですね。教科書を読んで分かったうえで、「この教科書通りにやったら、俺は付加価値ねえぞ」っていうところで、ちょっと変化球を投げる。僕の言ったことが教科書だとしたら、無視していただいて、誰もやってないことをやる。

中竹:確かにその姿勢ですよね。

馬場:誰もがやっていることって、つまんないですよね。それにコンピュータがどんどん置き換えていきますからね。これは避けられないと思います。

馬場渉、37歳。SAP社のChief Innovation Officer。ドイツ代表のブラジルW杯優勝によって同社の高いIT技術に注目が集まり、馬場氏に日本の各スポーツ界から問い合わせが殺到中。3月にはドイツを訪れ、バイエルンやホッフェンハイムの取り組みを視察した。

馬場渉、37歳。SAP社のChief Innovation Officer。ドイツ代表のブラジルW杯優勝によって同社の高いIT技術に注目が集まり、馬場氏に日本の各スポーツ界から問い合わせが殺到中。3月にはドイツを訪れ、バイエルンやホッフェンハイムの取り組みを視察した。

胸を張って仕事をできる環境をつくれているか

中竹:もうひとつ聞かせてください。僕は今ラグビーU20日本代表のヘッドコーチで、チームのアナリストです。サイエンティストと一緒にやるとき、スタンスとして気を付けたほうがいい点は何ですか?

馬場:そのジャンルのプロフェッショナルとして、胸を張って仕事ができる環境をうまくつくっているヘッドコーチは、アナリストをうまく使えている気がしますね。ヘッドコーチがファシリテーターとなり、フィジカル、メディカル、アナリシス、サイエンスが本当に横並びでやれるように努めている方々は、企業でもビジネスでも強い。監督が「どうやればいいですか?」と御用聞きになるのではなく、「そんなのはお前、プロなんだから勝手にやれ」というほうがいいと思います。

中竹:ある種、対等な関係。

馬場:はい。仕事でアメリカ軍のマネジメントを調べたときに、それが「すげえな」と思いました。意思決定の仕組みが、日本も含めたほとんどの国と随分違って。

イラクに化学兵器があると騒がれていた頃、航空写真を撮って、地理学者、地形学者、気象学者など20人くらいの専門家が集められて、それぞれの専門から意見を言うんです。地形学者は「この地形にこんな建物がつくられることは通常考えられないので、うその写真です」とか、化学者は「この煙は、何々をつくっている工場特有のものです」とか。それぞれが専門領域から「この局所的な現象はこう判断できます」というのを20個くらい集めて、大統領なりが総合的に判断する。

最終的な責任は大統領がとりますけど、「あなたはどう思うの?」というのを集めて、「それは目からウロコですわ。まあ、参考にする」と。「そのジャンルのプロフェッショナルとして、あなたの声が唯一の真実なんだ」と。

そういう専門性を持ったプロフェッショナルって、企業のアナリストにはなかなかいません。スポーツのアナリストにはもっといない気がします。スポーツのアナリストには「ルーザーズ・カルチャー」がまん延していますよね。ごめんなさい、口が悪いな。

仕事の品位を下げてはいけない

中竹:いや、大丈夫ですよ。

馬場:本当にスポーツのアナリストとして活躍されている方は違うと思いますけど、大多数の人はプレーヤーとして大成しなくて、でもスポーツに携わりたくてアナリストになった。そこで才能と立場を見出して、10年くらいやっているとします。その立場で覚醒して自信を持てているなら別ですけど、「本当は選手になりたかったけど、今はこの仕事で食べています」という人もいる。体育会の世界なので、「おい、ちょっとメールつながらないから、見ておいて」みたいな人もけっこう多いじゃないですか。

中竹:そうですね(笑)。

馬場:そうすると、「本当のプロフェッショナルとして、データから勝ちパターンや育成モデルをつくって、発信する」とはなりませんよね。例えば戦前のおばあちゃんだと、「うちのダンナにゴミ捨てなんてさせないわよ」という人がいるじゃないですか。大黒柱のお父さんにゴミ捨てをさせたら品位が下がるし、目線が低くなるから。それは、お父さんに目線の高い仕事をやってもらうためですよね。

その賛否はさておき、そのような部分もあると思います。つまりアナリストに高いパフォーマンスを発揮してもらおうと思ったら、しょうもないことは聞くな、と。何がしょうもなくて、しょうもなくないのかを分からなければ、「あなたもちょっと勉強しなさい」っていうのは多少必要ですよね。それは一生懸命本を読め、という話ではなくて。

中竹:そっちの勉強ではないということですよね。

馬場:はい。選手に求めるプレッシャーと同じくらい、高いプレッシャーをアナリストにも課していただくと、ちょうどいいんだと思いますね。中竹:ちゃんとリスペクトしろっていうことですね。すごく大事だと思います。(対談進行:中島大輔、撮影:福田俊介)