[東京 3日 ロイター] - 株主資本利益率(ROE)改善を求めるアベノミクスなどの要請を背景に、日本企業が自社株買いに急傾斜している。2014年度は公募増資とIPO(新規株式公開)の合計額が2.68兆円に縮小する一方、自社株買いは3.36兆円と6年ぶりの高水準に拡大、それぞれの規模が3年ぶりに逆転した。

自社株買いの勢いは15年度も続く見通しだが、市場からは同時に、収益拡大に向けた投資戦略の明確化を求める声も根強い。

自社株買いは09年度以降、2兆円に届かない水準で低迷していたが、野村証券の集計によると、14年度は前年比75%の大幅増となった。それだけでなく、実施した社数も前年比14%増の476社と6年ぶりに増加に転じた。社数はまだピークだった08年度(1188社)の半分以下にとどまっているものの、増勢への反転は自社株買いのすそ野が広がってきた証しとみられている。

実施企業の顔ぶれにも変化が出ており、14年度は、トヨタ自動車<7203.T>や三菱UFJフィナンシャル・グループ<8306.T>など、リーマンショック後に自社株買いをしていなかった大手企業が再開したほか、いすゞ自動車<7202.T>のように初めて自己株取得を行う企業も登場した。

いすゞ自の広報担当者は初の自社株買いについて、資本効率を向上させて機動的な資本政策に備えるためと説明。14年3月期の中期経営計画が終わり財務上の一つの区切りがついたため、実施に踏み切ったと話している。

<アベノミクスなどが圧力に>

企業が自社株買いに投じた金額は、自己資本のマイナス項目として計上される。企業にとっては、利益水準が変わらなくても自己資本が減少するため、自社株買いはROE改善の早道と言える。

日本企業のROEは欧米などの企業に比べて低いため、安倍晋三政権は国際的な水準への引き上げをアベノミクス成長戦略の施策として打ち出した。この意向を受けた経済産業省では、伊藤邦雄・一橋大学教授を座長とする企業価値向上の研究プロジェクトを実施、その報告書である「伊藤レポート」は企業に最低8%のROEを目指すよう求めている。

「伊藤レポート」によると、日本の金融・不動産を除く製造業、非製造業の売上高利益率が3.8%であるのに対し、米国は10.5%、欧州は8.9%と高水準。ROEは日本が5.3%にとどまる一方、米国は22.6%、欧州は15.0%と段違いに高く、その差は明白だ。

通常、株価の回復局面では自社株買いのコストが上がり、企業が株主還元策に費やす費用は高くなる。「財務戦略上は、自社株買いは必ずしも賢明な選択肢にならない」(投資銀行エクイティファイナンス担当者)。それでも日本企業が自社株買いを増やすのは、アベノミクスの要請だけでなく、ROEを国際的な水準に改善するよう求める様々な動きが広がっているからだ。

例えば、株主議決権行使の助言会社である米ISSは、ROEが8%を下回る企業については、株主総会で取締役選任に反対票を投じるよう指針を示している。JPX日経400株価指数は、高ROEを採用の基準の1つに入れており、指数の対象銘柄に採用されたい企業にとってROEを高めるインセンティブが働く。

<最終課題は収益性の向上>

あるファンド会社の首脳は、投資家がROEの極大化を好むか否かは意見が分かれるとしたうえで、「資本コストに対する意識を高め、ROEの向上を目指す姿勢を明確に示す経営を投資家が望んでいるのは確かだ」と話す。

市場関係者が指摘する注目点は、日本企業が短期的な策として自社株買いを進める一方で、M&A(企業の合併・吸収)など中長期的な収益向上策をどこまで拡大できるか、という点だ。

「日本企業はまだ(ROEが2桁になるまでの)途上にあり、海外投資家は厳しい目を向けている」と野村証券の西山賢吾アナリストは話す。ROE比率が国際水準に達すれば、経営戦略のフリーハンドを企業が確保できるため、今後はROEの改善だけでなく「収益性も同時に上げることが重要になる」と同氏は指摘している。 

*数字の出所は自社株買いが野村証券、公募増資とIPOはトムソン・ロイター。

  

(江本恵美 取材協力:白木真紀 編集:北松克朗)