20150401_SAP馬場対談_a

特別対談・中竹竜二 × 馬場渉 第4回

直感的な表面の見てくれにだまされてはいけない

2015/4/1
今、テクノロジーの力によってスポーツの世界が劇的に変わろうとしている。日本ラグビー協会コーチングディレクターの中竹竜二と、SAP社のChief Innovation Officerの馬場渉は、この変化をどうとらえているのか? NewsPicksにおける2つの人気連載、『マネジメントシフト』と『スポーツ・イノベーション』の著者が7回にわたってパラダイムシフトを語り尽くす。
第1回:ビジネスもスポーツも、データが人間の思考を上回る時代になった
第2回: PDCA的思考は限界。これからは「いいね!」の新感覚
第3回:発想を変えれば「ガラパゴス化」は武器になる

人間は視覚情報に頼りすぎる

中竹:ラグビーでは走行距離以外でもデータをしっかりとれば、練習という日常が顕在化されていきますよね。練習の何が試合と違うのか。何の要素を上げればカオスをつくっていけるのか、もっと見えてくると思います。

だけど、現場のコーチたちは今まで無意識的にやってきたので、まったくデータ的なものを拾えていないと思う。これから馬場さんたちの役割として、「練習のときにこういう要素を上げると、試合でも絶対役立ちますよ」と言ってくれるようなことが、出てくる気がしています。

馬場:そうですね。人間って視覚の情報でかなり判断するんだなと、改めて思います。でも視覚を数値化して明らかにすると、視覚でとらえたもののかなりの部分は同じだってことに気付くじゃないですか。ラグビーのマネジメントにしろ、アメフトのマネジメントにしろ、よりよくしようと思ったとき、数字でダーッとアプローチしていけば、「この部分を改善するためには、ラグビーよりアメフトのこの手法のほうがいいですね」と、参考になる情報が見えてきます。「この部分の手法は、スポーツではなく小売りでやっているこれのほうがいいですね」とか、解剖できると思うんです。

中竹:絶対そうですね。

馬場:ビジネスのなかで、我々はベストプラクティスという言い方をします。例えば、行列の待ち時間をより短縮化して、かつ並んでいる人たちに体感ストレスがないようにするためのノウハウは、役所や一般的な小売業、サービス業より、ディズニーランドのほうが長けているじゃないですか。そういうのって、直感的に見える表面の見てくれだと分からないんですよね。

それが数字をとってみると、「これは自動車のサプライチェーンに近い」とか、「あれはイラク戦争のときの武器管理に近い」とか、分かることがある。我々は待ち時間管理のプロフェッショナルではないけれど、数字や業務のやり方っていうのがあるわけです。それがアプリケーションの機能のなかに盛り込まれていて、数字を見ると、「これはこっちね」と分かりります。

馬場渉、37歳。SAP社のChief Innovation Officer。ドイツ代表のブラジルW杯優勝によって同社の高いIT技術に注目が集まり、馬場氏に日本の各スポーツ界から問い合わせが殺到中。3月にはドイツを訪れ、バイエルンやホッフェンハイムの取り組みを視察した。

馬場渉、37歳。SAP社のChief Innovation Officer。ドイツ代表のブラジルW杯優勝によって同社の高いIT技術に注目が集まり、馬場氏に日本の各スポーツ界から問い合わせが殺到中。3月にはドイツを訪れ、バイエルンやホッフェンハイムの取り組みを視察した。

ブラインドサッカーがアメフトに似ている理由

中竹:それができるためには、マネジメントを要素分解しておくことですよね?

馬場:ええ。要素分解したうえで、数字で表現すると、初めてほかの要素と比較できますよね。スポーツ界はそれをやっていないんだと思います。

中竹:そうですね。今までの話を聞いて思ったのは、マネジメントって普通は細分化していきますけど、新しいテクノロジーのほうから見ると、「こんな要素が新しく生まれますよ」というのが起こってくるということですか?

馬場:起こっていますし、機械は人間を超えつつあります。人間が自分でした経験や、自分の目で見たものには偏りがあるから、人間は自分が理解しやすいように理解しようとします。一方、機械はパターンとして「こっちのほうに近い」と示唆してくれる。

例えば私たちは、ブラインドサッカーの日本代表チームを手伝っています。11人制のサッカー経験のある健常者の方々が、5人制の障害者サッカーを教えます。そうなると、どうしても11人制サッカーのやり方から発想して、教えたがると思うんですよ。あるいは健常者のフットサルでやっているやり方を、どうやって障害者に教えようかと考える。私も当事者ならそうなりますね。

でも素人の僕が外から数字で見ると、サッカーというよりアメフトのほうが近いんじゃ?って思うんです。その理由を数字で少し表現すると、ゴールキックになる回数が、健常者のフットサルやサッカーと比べて圧倒的に多いんです。

中竹:ボールが外に出やすいんですね。

馬場:健常者のコーチも「もう転がっているから、このまま流せ!」と言って、見送らせるんですよね。基本的に少しミスれば、すぐにタッチラインを割るわけです。

中竹:セットプレーが多くなる。

馬場:そうです。つまりアメフトのクォーターバックがセットするときのポジションから始まる、っていうプレーシーンがものすごく多いんですよ。そうすると見えていなくても、「ここからボールが始まる」っていうのは分かるわけですよね。

アメフトでは誰がどこでボールを持ったかなんて分からなくても、「俺はこのくらいの初速で走って、フェイントをかけて、ガーって30ヤード走ったら、ここにいる」と動いて、そこでQBからのパスを捕るわけじゃないですか。パッケージって言ったりしますけど、ブラインドサッカーもこのやり方が当てはめられるのでは?と。

中竹竜二、41歳。32歳のときにサラリーマンから早稲田大学ラグビー部の監督へ転身。2007年と2008年に早稲田大学を全国大学選手権連覇に導いた。現在は日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクターを務めている

中竹竜二、41歳。32歳のときにサラリーマンから早稲田大学ラグビー部の監督へ転身。2007年と2008年に早稲田大学を全国大学選手権連覇に導いた。現在は日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクターを務めている

機械に聞くと見た目に惑わされない答えが出る

中竹:面白いですね。それは数字ではっきり分かることですもんね。

馬場:はい。タッチラインをどんどん割らせてマイボールになりさえすれば、かなり高い確率でアメフト的なプレーが決まると、ド素人的には思いますね。少なくともサッカーの延長線上に、ブラインドサッカーの勝利はない気がします。でもサッカーっぽいことをやっているから、みんな、サッカーだと思っちゃう。

何を持って猫と判断するか?の話しみたいなもんですよ。アメフトの常識には、ブラインドサッカーが、つまり視覚障がい者がパスプレーを身につけるヒントがあるような気がしてならない。ブラインドサッカーでパスプレーなんて当然無理だとされていますが、いつか世界王者はパスの応酬をやってのけると思いますよ。

中竹:テクノロジーを使って要素分解すると、ほかの要素が消えるということですよね。タッチに出て、ゴールキックから始まる。要するにセットプレーの数だけを見るとサッカーとはかけ離れていて、アメフトのほうが圧倒的に近い。サッカーの要素は見なくていいってことですよね?

馬場:そうですね。サッカーの場合、90分で約2000プレーあります。そのうち、あるひとつの座標にボールがリセットされるケースって、コーナーキックとかゴールキックくらいだから20〜30回くらい。1%くらいですよ。あとは無作為なイベントが起こっている。

一方、ブラインドサッカーでは約10倍ものゴールスローがあります。それがサッカー、アメフトのどちらに近いかと機械に聞くと、アメフトという答えを出してくるでしょうね。

中竹:そう考えると、ひとつのサッカーのなかにも、いろいろな要素からベストプラクティスが当てはまる可能性が出てくるってことですよね。

馬場:そう思いますね。

※本連載は連載『マネジメントシフト』と連載『スポーツ・イノベーション』の特別編として、毎週水曜日と金曜日に掲載する予定です。